Happy Birthday To You






「あっついわ〜・・・。」


声の主は団扇で扇ぎながら部屋へ入って行く。
独り呟く声はあっけなく外の元気な虫の声にかき消された。


この部屋にはクーラーなんてないのでやけに暑い。
今日は湿気もあって本当にひたすら暑い。
おまけに今は風呂上がりでさらに暑い。


畳の上に座ってふぅ〜と一息ついた藤村成樹は自然と窓の外へ視線を動かした。
開け放した窓の外には暗く曇った空が広がっている。
梅雨が明けたと思ったら今日になってまた湿気と雲が襲ってきた。
それでもどんよりした空が今日この日に現れたことに違和感を感じたりはしない。
少し悔しいとは思いつつもむしろとても自然な事のように思えた。





今日、七月八日は藤村の誕生日だ。
今年は当然のごとく、恋人と過ごしたいと思っていた。
といってもその恋人は女ではない。
どんな女とも比べようのない程良い男だ。
しかし今日はその恋人と話すら出来ていない。
今日はいつもよりずっと笑えるはずだった。
会えなくてもせめて声を聞きたかった。


しゃーないやん。
たつぼんも俺も、所詮サッカー好きなんやから。


そう心の中で呟いた時、外の木がざわざわと鳴った。
なんとなく顔を上げた藤村の目には黒い影が映っていた。






昨日、藤村は明日が自分の誕生日だということに気付いた。
恋人である水野竜也はもちろん気付いていたようで、少しでも会えないかと誘ってくれた。
その言葉には少し照れたけど藤村はすごく嬉しかった。
もちろんやで。
明るく返事を返した。
何が何でも会いに行こうとその時は決心していたから。
それからはお互いそのうち旅行をしに行きたい場所を話して盛り上がっていた。
しかしそれはもうずっと先まで無理な事だと藤村はわかっていた。



藤村もサッカーへのやる気に火がついてしまったから。





もうすぐ夏休み。
灼熱の太陽が照らすこの時期にだって部活はある。
ましてや中学生はたいてい部活にほとんどの時間を取られてしまうのだ。
熱い陽射しの中、あるいは蒸し風呂のような屋内で、
ほとんどの部活が朝から夕方まで続けられるのだ。


もちろん、水野はサッカーが好きだから苦痛ではなかった。
ましてやもうすぐ選抜合宿が始まるのである。
藤村の誕生日が出発前だから会えるということもあって張り切っている。
しかし藤村は水野にも知らせることなく関西の方へ毎週行っていた。
今までの自分とは打って変わって本気でボールを追いかけるようになっていた。
もちろん関西選抜の練習にも参加するのだ。


夜ならぎりぎり帰ってこれる。
というか絶対帰って来て水野に会おうと思っていた。



誕生日当日。
あいにく天候は最悪だ。
こりゃ無理かもしれへんな・・・
そう思わざるをえない状況だ。

それでも藤村は躊躇うことなく新幹線に乗った。
サッカーをするために。
今日中に帰って来れることを祈りつつ。




夜になって、曇ったまま雷を鳴らす空は電車の出発を遅らせた。
案の定無理やな。
そう思って水野に電話をした。
でも考えてみたらきっとまだ練習をしている時間で。
藤村は結局呼び出し音を鳴らしている電話をすぐに切った。
そして遅れた電車に乗り込んだ。


帰りついた頃にはもう本当に真夜中だった。
それから連絡をしても練習で疲れた水野は寝ているはずだ。
だからもう連絡すら取れずに藤村は風呂に入って寝る準備をしていた。


話は最初に戻る。
突然現れた黒い人影に藤村は目を凝らす。
まさか。そんなわけないやんか。
そう思っているのに心臓は早鐘を鳴らしていた。


目に映ったその人は、まぎれもなく水野だった。


「なっ・・・何やっとんの・・・たつぼん・・。」


驚いた自分の口から出たのは情けない弱弱しい声だった。


「何って・・・会う約束しただろ。・・・人がせっかく苦労して来てやったのに。」


水野は暗くてよく見えない表情でそう言った。


「そやかて・・もう夜中やで。親御さん心配するやん・・・。」


もう自分が何を言ってるのかも藤村には分かっていなかった。
なぜか泣き出しそうに声が震えていた。


「だって今日誕生日だろ。一目ぐらい見ないとって思って。」


「・・・・・。」


言葉も出て来なくなった藤村に、
隠し事があるとなんとなくばれていても、それでも隠し続けている藤村に、
水野は暗い中でもわかる明るい笑顔で言う。
本当に嬉しそうな笑顔で言う。


「誕生日おめでとう、シゲ。」


その言葉は今にも泣き出しそうな自分に力を与えた。
だから藤村も笑顔で言う。


「おおきに。たつぼん。」








040612