「・・・・ってか、食べてから来れば良かったんじゃね?」
 
 
 
三上は思わず呟いた。
お昼から登り始めた山で四人は今おにぎりを食べている。
登ってから十分経ったかどうかという時にすでにお腹が空いてしまったのだ。
 
 
 
 
出発前、笠井は微妙な時間だったので渋沢に訊いていた。
 
 
「あの、お昼・・・どうしますか?」
「あぁ、それなら食堂のおばちゃんに頼んでおいた。おにぎりだ。」
「・・・・・。」
 
 
別にまだお腹空いてないし、いいかと思ったのだ。
でも登ってから全然進んでない所で座り込むというのはなかなかに情けない。
他に登山者は見当たらないし、別に誰かが見るわけでもないけど、やっぱり情けない。
それでもおにぎりはおいしかった。
 
もくもくと食べ、次々とおにぎりは減っていく。
渋沢は自分の分を完食して静寂を破った。
 
 
「うん。やっぱり山で食べるおにぎりは美味いな。」
 
 
それが目的か・・・。笠井は閉口した。
ぶんぶんと頭を縦に振る藤代は満足気な笑みを浮かべている。
三上は最後の一口を食べようとしていた。
それを見て、あまり食べるのが速くない笠井はちょっと焦って急いだ。
 
 
やがて全て食べ終えた四人は再び山登りを開始する。
しかしまた十五分後に一行は止まった。
まだ身体は軽い。
何故止まったか。
それは目の前に見える暗い洞窟のせいだ。
その入り口を見つめる三上と笠井の表情はやっぱり暗かった。
 
 
 
 
「さて、行くぞ。」
 
 
渋沢は藤代を連れてさっさと中に入ってしまう。
一人一個しっかり懐中電灯を持ってきたので三上も笠井も鞄から取り出す。
そして思わず顔を見合わせた。
 
 
「これ、マジで行くわけ?俺ホント帰りてぇ。」
「二人もう行っちゃいましたし。行くしかないんじゃないですか?」
 
 
とぼとぼと二人は暗い洞窟へ入っていく。
 
 
 
 
 
 
その洞窟は本当に真っ暗だった。四つの懐中電灯で照らす道の先も闇に吸い込まれていくようで、
自然と慎重な足取りになってしまう。
四人はしっかり集まって歩いていた。あんなに張り切っていた藤代も無言だ。
本当にたくさんの挑戦者がいるのかと疑いたくなる程、本当に怖い。
 
 
 
ゆっくりと進んでしばらくすると、予定通りの壁が見えた。
これはわかってることだったので何となく四人はホッとする。
 
 
 
 
 
「さて、ここからが問題っすね。」
 
 
藤代が珍しく真顔で壁を見つめている。
 
 
「円周率をどう使うか・・・・。あっ、ありましたよ!3.14!!」
 
 
笠井の示す所を見ると確かに『3.14・・・・・』と彫ってある。
三上は口元を引きつらせた。何気に笠井まで何マジになってんだか。
 
 
 
 
 
四人はしばらく考え込んだ。笠井は気になってきたようで周りにヒントがないか調べ始める。
そして沈黙に耐えられなくなった三上がついに口を開いた。
 
 
「だぁっ!!こんなんずっと考えててもしかたねぇっ!!!とにかく唱えてみりゃいいっ!!!」
 
 
そうしてぶつぶつと壁に向かって呟き始める。
こうなりゃもうヤケクソだ。どうにでもなれ。
 
 
「ホントに覚えてるんすね、すごいや三上先輩。」
 
 
藤代がぼそりと呟く。その隣で渋沢はニヤリと笑う。
笠井はずっと三上の背中を見ていた。
 
 
「・・・・と、俺が覚えてるのはここまでなんだけど・・・。」
 
 
言い終えた三上は壁に話しかけてみた。
明らかに馬鹿らしいが誰一人として笑わない。
代わりに笠井がすっと三上の隣に立つ。
何が起こるのか誰にも予想出来ない。
 
 
 
 
 
心臓がドクドクしていた。喉がゴクリと鳴った。
ものすごいスリルと、ほんのちょっとの期待と。
 
 
 
 
 
 
ズゴゴゴゴ・・・・。
壁が動く。二つの大きな人型の入り口が現れる。
 
 
「やっぱり二人しか入れなさそうだな。頑張って来い。」
「ファイト〜ッ!!」
 
 
嘘・・・・。本当に開いちまった・・・・。
あっさり言ってくる二人を睨む余裕もなく、三上は笠井を見た。
覚悟を決めていた笠井も動揺を隠せず不安そうな瞳をしている。
 
入り口は二つ。
二人は同じ歩調で入り口の目の前まで進んだ。
 
声はかけなかったがほぼ同時に中に入る。
二人を入れた壁は元の通り塞がった。一体どんな仕掛けなんだか。
渋沢と藤代は呆然と閉まる入り口を見ていた。
 
 
「行っちゃいましたね・・・・・。大丈夫っすかね?」
「さぁな。まぁ信じて待っててやろう。」
 
 
意地悪く微笑む渋沢に藤代もニヤッと笑い返した。
 
 
 
 
 
 
 
 
「か〜〜さ〜〜い〜〜??」
「は〜〜あ〜〜い。」
 
 
懐中電灯だけが照らす真っ暗闇の中で、三上はキョロキョロ笠井を探す。
すぐ近くの入り口から入ったからすぐ近くにいるはず。声も近い。
でもどこを見ても壁が見当たらない。広い空洞のようで天井はかろうじて照らし出すことが出来た。
ふと左に向けた光の中に笠井はいた。
 
 
「うわっ!まぶしっ!!」
 
 
思わず目をつぶる笠井に三上は近づく。
内心ホッとした。声が聞こえてももし見つけられなかったら。
はっきりいってここは恐すぎる。
笠井もそれは同じだったようだ。近づいてきた三上の手に無言で手を伸ばした。
 
 
 
ここは真っ暗で寒い。
何でこんなとこにいるのかよくわからないし、これからどうするか決めてない。
ただ自然とつないだ手は温かかった。
じんわりと。確実に。
お互いの存在を主張している。
 
 
 
 
「さて、どうすっかな・・・・。」
「とりあえず、前に進んでみます?」
「だな。」
 
 
 
前にはやっぱり何も見えてこない。
ひたすら暗くて、ひたすら静かだ。
でも意外と足取りは軽い。
 
 
 
 
しばらく無言で歩いた。
今度は耐え切れないんじゃなくて、話したくて、三上は声をかける。
 
 
「そーいえば、手つなぐの久しぶりだな。」
「ですね。むしろ二人で並んで歩くのも久しぶりですよ。」
「最近練習忙しかったからなぁ。ま、ベッドの中ではつないでたけど?」
「・・・・・・・・。(バコッ!)」
「いって!!!」
「なんだったら今すぐ離しますけど?」
「やだね。離さねぇ。」
 
 
手に力がこもる。目の前は真っ暗なのに。いや、真っ暗だからか。
なんだかいつもよりお互いを近くに感じる。心が軽くなる。
無言で力を返してきた笠井に、三上は口元を緩めた。
 
 
 
 
 
だいぶ歩いた。ひたすらまっすぐ歩いた。何度か横を確認したけれど何も見つからなかった。
でも今は目の前に光が見えている。
 
 
「・・・・出口ですか?」
「俺に訊くなよ。」
「行方不明者見つけてませんが・・・。」
「知らねぇよ。」
「引き返すのは嫌だし。出てみるしかないですよね。」
 
 
そうして手をつないだまま光を目指す。
 
 
 
 
 
眩しくてわからなかった。しばらく出口なのかどうかさえ。
でもどう考えても出口だ。空が青い。
 
 
呆然とする二人の目の前に看板が置いてある。
 
 
『お疲れ様でした。洞窟探検、ご苦労様です。
右に曲がってしばらく行きますと、元の入り口前となっております。
なお、これはほんの遊びで作ったものですので苦情は受け付けておりません。』
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 
 
もはや言葉もない。二人は手をつないだまま身動き一つ取れなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「タク、びっくりしてんだろーな−。]
「三上も何も言えないだろうな、さすがに。」
 
 
入り口の前で渋沢と藤代は持ってきたお茶を飲んでいた。
二人がここに戻るのはもうしばらく後。
そして例のごとく、三上が喚いて笠井は溜息をつく。
 
 
 
 
 
 
後に知らされたのはあの洞窟をガイドマップで見つけた藤代が二人をはめよう、
もとい二人の仲を深めようと渋沢に話を持ちかけたこと。
それで渋沢と藤代も二人の時間を過ごせるわけでバッチリだ。
渋沢の言っていた二人の行方不明者は現実には出口から出ていた。
ただ三人が気絶していたのは本当らしい。原因は不明。
気絶させられる前にと渋沢と藤代は猛ダッシュで入り口へ戻っていた。
6秒フラットはダテじゃない。
こっちの方が洞窟の奥に進むよりスリルがあったのだ。
それを聞いてようやく三上も口を閉じた。
 
 
まぁ、二人っきりで歩くのも楽しかったし。
 
 
 
 
笠井は入り口に入ったばかりのことを思い返した。
どこにいるか、何となくそこだと思って近づいた所に三上はいた。
暗い闇の中に。いつもよりほんの少し強張った顔で。温かな熱を放って。
 
 
 
あなたが行くなら俺も行くしかない。
だって、俺しかいないでしょう?
真っ暗な闇の中であなたを探し出せるのは。





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