未成年〜雅之編〜



タイムリミットまであと3時間。3時間後に俺の世界は一変する。


「本当にそれでいいのか?」
もう一人の自分が問う。
「……いいんだ。」
俺は答える。


こんなどうしようもない問答をもう何度繰り返してきただろう。
‘正しい答え’なんて誰にも導き出すことはできないのに。


否、方法はあった。それは全てを曝け出すこと。そうして二人で未来を決めていけば、何かが変わっていたんだ。それこそが一番‘正しい答え’なのかもしれない。
だが、そのときの俺にはそれが出来なかった。


結局、無限から有限になったあの日から何も変わってない。進むことも出来ず、ただ
その場で足踏みをしていただけだった。気づかないふりをして、自分自身を欺いてきた。
そのツケが漸く廻ってきた。

…漸くっていうのは語弊があるが。






俺が、修と出会ったのは小学校低学年の時だった。
転校してきたばかりの俺に、

「一緒に遊ぼうよ。」
と眩しいくらい笑顔を俺に向けて言った。
「う、うん!」
初めて見た俺へ向けての人間の‘喜’の表情に戸惑いつつ、俺は返事をした。

その時から、俺たちは何時も二人一緒にいた。

そうして何年も過ごすうちに、俺の中では、修に対して恋愛感情が芽生えていった。

どうしようもないくらいの独占欲。ガキなりに考えて、周りの奴等をなんとか蹴散らしてた。

性に目覚めた頃、好奇心から二人でマスターベーションをした。
自分の理性が抑えられなくなって、だましだましで、修と寝た。


それからは、何度もカラダを重ねあった。


その日はいつもと違っていた。情事が済み、二人で後の余韻に浸っている時だった。

「オレ、雅のこと好きだから。」
この瞬間は忘れられない。初めて修に貰ったこの言葉に、俺は嬉しさを隠せない。
いきなりどうした?と聞くと
「だって雅から貰ってばかりでオレは口にしたこと無かったから。今日は記念日だから、今までの分、心を込めて伝えようって思って。」
…あまりのことに修の顔が見られない。
「何の記念日?」
「雅、忘れちゃったの?ひどいなぁ。雅と初めて寝た日だよ。」
「いつの間に記念日になったんだ?毎年、気にしてこなかっただろ。」
漸く、修の顔を見て答える。
「ッいいの!……あのさ、20歳になったらこの町出て二人で暮らさない?」
「……。何で20歳なの?」
いきなりのことに驚きつつ、不平を言う。
「選挙権が得られるから。」
「は?」
「と、とにかく、どう?ずーっと二人でいよう?ね?」
「今でも二人だろ。ま、でもいいよ。約束する。」
「本当?じゃあオレ達の20歳の誕生日、3月30日の午前0時に出発しよう。」
嬉しそうな顔を俺に向ける修。俺もまたつられて微笑む。永遠の時間が約束された。
もう孤独に脅えることは無い。愛しい人は自分に笑いかけてくれる。本当に幸せだと思った。
その2時間後に修は帰った。
 
修が帰って俺は一人、やることも無くダラダラしていた。
…プルルルルッ
鳴るはずも無い着信音に一瞬怯む。
半信半疑でケータイを掴み、電話に出る。
「はい、もしもし。」
「雅之か?私だ。おまえの父親だ。と言っても覚えているはずも無いだろうが。おま
えに大事な話がある。今から1時間後にそっちに着く。さっさと話が済むよう支度し
ておけ。」
プツッ、プーップップッ…。


…なんて一方的な電話だよ。親父?知るかよ。15年間ほったらかしといて今更何の用がある?


その夜、俺にとって死刑と同然の通達を受けた。折角、掴んだ幸せだったのに。…数時間後にはタイムリミットをつけられてしまった。

「あと約2年半か。」
…ハハハハ。自嘲気味に笑う自分。そういえば、笑い方を教えてくれたのは修だったよな。

「このこと、修には伝えるべきだろうか?」自分に問う。

「あの約束を交わしたんだ。伝えるべきだろう?」もう一人の自分が答える。

「……。」

「修を失いたくはないのだろう?」もう一人の自分が囁く。

「言えるわけない!言えるわけ、無いじゃないか…。」

暗闇の中で俺は感情を高ぶらせ答える。一寸の光を見ようとして、探す。掴もうとして手を伸ばす。
しかし、光は紛い物に過ぎなかった。本物は何処に?

「まだ時間はある。ゆっくりと考えろ。自分の答えを見つけろ。」もう一人の自分は
諭した。


その日以来、より一層、修を求めた。飢えた獣が生きた血肉を求めるように。貪欲に。精を吸い尽くしてしまうほどに激しく。修も応えてくれた。お互い、若さゆえになせる業だった。

修は気づいていただろうか?そんな俺の変化に。気づいていて、何も聞かないでいてくれたのだろうか?






約束の時まであと10分。タイムリミットまであと10分。俺が社会に認められた青年になるまであと10分。


風が騒ぐ。
木々は揺れる。
狂ったように咲く桜は舞い散る。
全てを見守ってきた月が、堕ちてきたら地上の人工物を飲み込んでしまいそうな雲に隠された。
ふと、頬を伝う一筋の雫。


「…こんなの、俺らしくない。」
――俺だって本当はもっと、現実にもがきたかった…。だけど精神的にも肉体的にも、経済的にも、地位的にも未熟な俺にはもう、限界だったんだ――
声にならない叫びが俺の決心を揺るがす。
だが―

「本当にそれでいいのか?」
もう一人の自分が問う。
「いいんだ。」
俺は答える。


「ごめん…修。さよなら。」


いつの間に風は凪いでいた。
残った桜は儚げに咲いている。
散った桜は、その姿でも人に愛でられる。変色するまでの短い命を徒然に紡ぐ。
月は再び静かに見守る。

一台の車が俺に近づいてくる。俺を確認すると、冷酷な口調で言う。
「お迎えにあがりました。」
どこまで俺は嫌われているんだろうか?使用人にまで嫌われているとは、これからに希望などあったもんじゃない。…最初から希望など期待して無かったが。

ついに、母親譲りの漆黒の瞳の奥には約2年半の年月を経ても一寸の光すら差し込む
ことは無かった。
―――修といた時間を除いては。