一生に一度の恋をした
その気持ちは穢れきった自分には似つかわしくないほど澄んだもので
とてもとても大切なものだった
けれど生きる価値のない俺達が恋をすることは
やはり罪なのですか?
なぁ、神様よぉ?
カルマの坂 ―1―
「泥棒だ〜!!!」
空気を切り裂くような声が町中に響く。
声の出所は街角にある洋菓子屋。店主と思われる大男が棒を振り回しながら走っている。
通行人は目線を送るだけで後は無関心。
泥棒など日常茶飯事なので、別段取り立てて騒ぐことでもない。
この街は―この世界―は腐りきっているのだから…。
頻発する盗み。麻薬無法地帯。人身売買は当たり前。女は一人で出歩けない。
ここでは全てに無関心を貫くしか生きる方法はない。
――これは、そんな街でのとある物語―――
はぁはぁっ
息を切らせながら少年は路地を右に曲がった。
その右手には包装されたホールケーキ。
走ってきた方向を振り返り、追っ手がいないことを確認するとふぅと息を吐く。
―どうやらにげきれたようだな
手元のケーキを見やると少々変形していた。
少年は軽く苦笑いをしつつも、まぁいいかと帰路を急ぐ。
所詮俺たちには綺麗なものなんて似合わない
少年の名は三上亮。
この街で生まれ育ったストリートチルドレンである。
「お帰りぃ。」
建物とはいえないようなボロ屋の歪んでいる玄関(隙間がここしかない)から中に入ると真上から声がかかる。
顔を向けると、なんともいえない楽しそうな顔をした少年が顔を覗かせていた。
齢は三上と同じ15歳。
名を中西修二という。
三上と共に育った仲間であり、家族でもある。
そして・・・・・・三上が苦手とする唯一の人間であった。
「・・・・・・。」
気配を消して近寄るなよ!!!と怒鳴りたい衝動に駆られたが、こいつと関わるとろくなことがない、と無視を決め込み中へと進む。
「あれ〜何よミカミン。それは反抗期ってやつかな?思春期真っ盛り子供と大人の狭間で漂うマージナルマンって感じ?ってことは何、ミカミン夜は右手フル活動なの!!!?うわ〜可哀想〜。」
馬鹿にしたような言い回し。中西はおそらく三上をからかうことで生気を養っているのだろう・・・・・・。
「・・・・・・っせぇよ。バカ西。」
「うっわ。三上のくせに生意気。」
といっても頭にきた様子はない。これが彼らの普段の会話なのである。
「阿呆ネギはどうしたんだよ。」
声にもならない声で呟く。
中西が絡んでくるのは大抵根岸が留守の時だ。
そして根岸は不幸にも三上の憂さ晴らしの道具として使われる。
「靖人はおエライさんとデート中。」
地獄耳…。何はともあれ、今の中西の近くにいるのはヤバイ。
情報収集の為とはいえ、大人と会って無事なはずはない。
いつもは中西がさり気なく根岸の代わりに行くのだが、今日根岸がいったということはどうしょうもない何かがあったのだろう。
こういったときはさっさと退散するのが賢い手だ。
「お前も苦労するな。じゃ、俺用事あるし――」
「三上センパイ〜!!!」
ドドドドドドッ!!!
家の奥からけたたましい足音とともに、猪のごとく黒い固まりが三上のほうへ向かってきた。
「うぎゃ〜!!!」
運動神経抜群の三上でさえ、50mを6秒フラットで走り抜ける藤代誠二の突撃を避けることはできず、そのまま押し倒される形となった。
ぶちゅ。
嫌な音がした。
唇に生暖かい感触・・・・・・。
咄嗟に閉じた目を恐る恐る開くと、見慣れた顔のドアップ。
そう、倒れた勢いで三上と藤代はキスをしていたのだ。
「む〜っ!!!むぎゅ〜むご〜!!!!!!」
言葉にならない声でうめく。
藤代が三上の上から覗く気配はない。
あろうことか
「っ!!!むむぎゅ〜っ!!!」
舌までいれてきた。
必死の抵抗も押し倒された形では無力化される。
頭上では中西の笑い声が響く。
いつか殺してやる!冗談ではなく本気でそう思う今日この頃であった。
「藤代。その辺で離してやれよ。」
今度は近い処から声がした。
藤代の体でその姿は見えないが、この年にそぐわない温和な声色の主は間違いなく渋沢克朗。
ここら一帯のストリートチルドレンのリーダーである。
そして、三上に濃厚なキスをかましている藤代の恋人でもあった。
「キャプテ〜ン☆」
「ふぎゅっ!」
飼主の声を聞きつけた愛犬よろしく、藤代は渋沢に飛びついた。
勿論、 三上を踏み台にして。
本日二回目の殺意が三上の中に芽生えたのはいうまでもない…。
「俺だってたまにはヤキモチくらいやくんだぞ。」
「うっわ。俺すっげえ嬉しいっすよ!たまには据え膳も食っとくもんですね!!!」
誰が据え膳だ!という突っ込みは虚しくもかき消された・・・。
涙を浮かべて睨み付ける三上なんてお構いなしに、渋沢と藤代はあつい抱擁を交わす。もし、尻尾があったら思い切り振っていたに違いない・・・。
「何処いってたんすか〜?俺キャプテンいなくてめっちゃ退屈だったんすよ〜!」
ぷぅと頬を膨らます。
しかし1%も険を含んでいない言葉に渋沢は微笑む。
渋沢がこんなに柔らかく微笑むようになったのはごく最近のことだ。
一年前、藤代がこの地域に迷い込み、何故かリーダーである渋沢に懐いた。悪意の欠片も ない純粋な好意に心が溶かされていったのは間違いない。三上達古参のメンバーも渋沢がその強い責任感故に心に負担をかけていたことは承知していたので、リーダーとしてではなく、渋沢個人の笑顔を喜んだ。
勿論、出来れば自分達が彼の心を溶かしたかったのだが・・・。
終わりよければすべてよしである。
「すまんな。今日は近隣の地域との話し合いがあったんだ。」
話し合いというかストリートチルドレン同士での情報収集。
生きるためには情報が不可欠である。
だからその為には大人に足を開くことも厭わない。
全てが生きる為だから。
「何かあっ――」
「何か新しいことあったんすか!!?」
三上の台詞は案の定さえぎられた。
「最近、ストリートチルドレンに対する取締りが一層厳しくなったらしい。」
「・・・・・・。」
空気が一転して険しいものになる。
取締りが強くなるということはイコール生きるのが難しくなるということだ。
勿論食料の入手も困難になる。
場合によっては死に至ることもあるかもしれない。
「大人はこれまで以上に武器を使うことを許されたらしい。だから、より一層生活必需品の調達には気をつけないとな。」
「はっあんな奴らに俺たちが捕まるわけねぇよ。」
「そうですよキャプテン!子供は風の子元気な子っていうじゃないすかっ!!!」
「・・・・・・使う場所が違うんだよ、馬鹿代。」
思い切り頭を引っぱたく。
勿論拳骨でだ。
「そんなぱかぱか殴らないでくださいよ〜。本当に馬鹿になったらどうしてくれるんですか〜!!?」
「てめぇはもう既に手遅れなんだよ!ば〜か!!」
「キャプテ〜ン!三上センパイがいじめる〜!!!」
はっ。たまにはビシッといってやれ渋沢!
「三上、あまり苛めないでやってくれよ。」
「っ!!!」
「キャプテ〜ン☆」
ふと上を見上げると中西の姿はなかった。
甘い空気に当てられる気はないらしい。
自分も逃げ出したかったが、手元を見やり溜息をつく。
「おい馬鹿代。」
「何ですか?バカミセンパイ。」
「っ!!!」
殴りたい衝動にかられたが、早くここから逃げ出したい気持ちが勝りやっとのところで拳を静める。
早くここから離れないと砂糖にまみれて死ぬ!!!
どうにか笑顔をつくり
「ほらっ。」
手にもっていたケーキを差し出す。
先程のどたばたで箱は見事に崩れているが、中身は無事なはずだ。
「オタンジョウビオメデトウフジシロセイジクン。」
ここの仲間達で自分の誕生日を知っているのは新参者の藤代くらいだ。
だからその分祝おうと思った。
皆の分まで。
自分の思考に恥かしくなり三上はその場を後にする。
後ろからはやかましく
「ありがと〜ございます〜三上センパイ〜!今年も宜しく〜!!!」
などとの声が響いた。
今年も宜しく…ねぇ。
三上の顔には痛々しい笑みが浮かぶ。
夢も希望もない俺たちには明日のことすら分からない
だから誰も先の話なんてしないっていうのに・・・。
第2話へ→