何故か、なんて自分でもわからない
気が付いたら体が動いていたのだから
この気持ちをなんと呼ぶのかさえも分からない
カルマの坂 ―3―
「み〜かみセンパイ!」
耳元で響いた馬鹿でかい声に我にかえった。
背中から全体重をかけてきているのは、間違いなく藤代だ。
反射のように藤代をひったぱき、そんな場合じゃないと気付き少年のほうを振り返る。
が、すでに少年の目は逸らされていた。
長い、とてつもなく長い間、見つめあっていたような気がしたのに、実際はほんの一瞬だったようだ。
もう売りは終わったのか、少年はスーツを着た、いかにも金持ちそうな大人に無理やり引っ張られ、馬車のなかに連れて行かれる。
抵抗するでもなく、全てを諦めたかのように従順だった。
それでも、真っ直ぐと前を見据える瞳だけは濁っていなかった。
ぞくっと何故か三上は身震いをした。
「何見てたんすか?あれっ!?あれってタク?」
藤代が示したのは先程の少年。
馬車の扉は閉められていて、こちらの声は聞こえないようだった。
「っお前!知り合いかっ!!!?」
「多分そうっす!!!前いたところで一緒だった奴なんすけど!何か金持ちになっちゃったんすかね!!!」
「馬鹿野郎っ!!!」
バチコーンッと藤代の頭を叩く。
少しは頭を使え頭をっ!!!
「何すんすか!もう〜。」
「何処をどう見たらそう見えんだよっ!売られてんの!ヒ・ト・ウ・り!!!わかったかこの馬鹿!」
1字1字嫌味ったらしくアクセントをつける。
そうこうしている間に馬車は動き出す。
―――ヤバイ!
何故か体が動いた。
人売りなんて、この町じゃ日常茶飯事なのに。
「おい!馬鹿代!」
「何すかもう!!!」
「渋沢に先帰っとけっていっとけ!」
そう言い残して、目の前に置かれていた自転車に飛び乗る。
意外に聡い少年はそれだけで全てを理解したようだ。
「了解っす!!!」
ラジャーと軍人宜しく敬礼する藤代を視線の端で捉え、猛然と自転車を漕ぎ出す。
「あ、あと!そいつの名前なんていうんだっけ!?」
「竹巳っす!笠井竹巳!!!」
馬鹿でかい声だからよく聞こえた。
カサイタクミ
たった6文字の言葉。
どう書くのなんて分からない。
だけれども、それは三上の心に深く刻まれた。
「そうか、三上が・・・。」
遅くなってしまったと急いで待ち合わせ場所にたどり着いたが、出迎えたのは藤代だけだった。
理由を尋ねると、きちんと把握はしていないのか、「タクを追いかけたみたいです。」となんとも意味の分からない説明をされた。
しかし、普段突拍子のない行動をしない三上が、前触れもなく一目散に追いかけたということは、よっぽどその少年が大切だったのだろうと推測した。
三上が誰かに執着しているという噂は聞いたこともないし、渋沢自身気付きもしなかったが、渋沢の知らないところで何かが育まれていたのかと、何だか悲しいような嬉しいような気持ちになった。
藤代が来るまでの人形みたいな自分を一番心配してくれたのは三上だった。
素直じゃない分、それは分かりにくかったが、確かな優しさを三上は与えてくれた。
そんな三上を差し置いて、藤代という恋人をつくってしまったことを渋沢は少しだけ悔いていたのだ。
藤代を愛する気持ちに迷いはない。
しかし、自分だけが心のよりどころを手にしたみたいで。
だからこそ早く三上を愛し、また三上も愛する人が現れればいいなぁと常々考えていたのだ。
しかし、藤代の話によると、もうその相手は現れていたらしい。
詳しい事情は全く分からないが、何でも市場にかけられていたとあっては、三上でなくとも慌てるだろう。
「タクはいい奴っすから!俺が保証します!!」
にっこりと藤代が笑いかける。
それに渋沢も穏やかな微笑で返す。
「そうか。それじゃあ三上が、その――」
「笠井です!笠井竹巳!!」
「笠井を無事につれて帰ってこれるように祈っていよう。」
それは簡単なことではないと渋沢は分かっている。
大人の、それも市場に参加するような金持ちの大人から何かを奪うということがどれだけ難しく、またどれだけ危険であるか。
それでも――
「大丈夫っすよ!子供は風の子元気の子ですから!!きっとタクと一緒に帰ってきます!」
「そうだな。」
祈らずにはいられない。
愛する人たちの幸せを。
――どうか、無事に戻ってきますように
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