その瞳にうつすのは?




*****







 薙ぎ倒した。
 誰を、という認識はなかった。
 ただ、自分の行く手を遮るものを払いのけた。


 血が舞う。
 辺り一帯に響く声。
 そのどれも今の三上には意味のないものだった。
 

 尾花沢の家に辿り着くと、正面から屋敷に入った。
 止めるものは全て切り捨てた。
 逃げ惑う人の流れに沿うように進むと、一際大きな部屋が目に入った。
 導かれるようにそこに入ると、尾花沢が部屋の隅で縮こまっていた。
 誰にも助けてもらえなかったのか。
 無意識に口端が上がる。
 ガッと音を立てて剣を尾花沢の後ろの壁に突き立てた。
 鼻につく匂い。
 尾花沢は失禁していた。
 ちっと舌打ちをし、鳩尾を蹴り上げる。
 力は半分に抑えた。
 話が出来なくなられては困るからだ。
 「笠井は、何処だ?」
 低い声で尋ねる。
 ふと、自分はこんな声をしていたか?と頭の隅で思った。
 それ程に口から出たのは見知らぬ男の声だった。
 尾花沢はぜぃぜぃと荒い呼吸をし、やっとのことで「何が欲しい?」といった。
 今度は右首を蹴った。
 その反動で左につき立てていた刀に耳が食い込む。
 「ぎゃぁ!」と悲鳴をあげた。
 「笠井は、何処だ。」
 もう一度尋ねた。
 ちらりと三上を見上げた尾花沢はひぃ!と体を震えさせた。
 それ程に三上の顔は恐ろしかった。
 震える手を持ち上げ、部屋の奥に続く扉を指差した。
 「むっ・・・・・・向こうだ!向こうの部屋にいる!だか・・・・・・だから・・・・・・命だけ――――――!!!!!」
 言い終える前に三上は剣先を右にはらった。









 「笠井・・・・・・?」
 部屋の奥に進むと、地下に続く階段があった。
 それを下ると、扉があらわれた。
 精巧な作りのそれは、しかし鍵はかかっておらず、押すと簡単に開いた。
 部屋は小さな造りだった。
 中央にベットがあり、というよりもベットしか家具と呼べるものはない。
 部屋の隅に備え付けられたバスルームには、遮る壁がなかった。
 人の気配がしない。
 入った瞬間にそう思った。
 しかしベットの脇に放心したように座り込む少年がいた。
 「笠井・・・・・・?」
 もう一度呼びかけた。
 反応はない。
 ゆっくりと歩み寄り、肩に手をかけると大きく体が震えた。
 血が怖いのかもしれないと思い、剣を部屋の隅に投げた。
 笠井の前に回りこみ、その顔を覗き込む。
 すると小刻みに体が震えているのが分かった。
 次第が呼吸が荒くなる。
 熱い呼吸の合間に吐き出される言葉に三上は目を見張った。
 「・・・・・・ほ・・・しい・・・・・・す・・・・・・り・・・・・・おねが・・・・・・なん・・・・・・もする・・・・・・ら」
 薬を、使われていたのか。
 症状を見る限り、かなりの量を使われていた。
 舌打ちをした。
 ここにはもう何を使われていたかわかる人間はいない。
 治療すらできない。
 「笠井。」
 壊れ物を扱うように、ゆっくりと抱き締めた。
 瞳と同じ、真っ黒な髪の毛を梳く。
 すこしだけ、震えが収まった気がした。




 しばらくの間抱き締めた体制で過ごしていると、腕の中の笠井が身じろいだ。
 「笠井?」
 顔を覗き込むと、ゆっくりと焦点があっていく。
 「・・・・・・み・・・かみ・・・・・・せんぱ・・・い・・・・・・?」
 それでも何処か夢心地に笠井が首を傾げた。
 「お前、何で俺の名前しってんの?」
 「街・・・・・・で、誠二の・・・・・・声して・・・・・・そし、たら・・・・・・貴方・・・が・・・・・・追いかけて・・・・・・きた・・・」
 だから三上”先輩”なのか。
 成る程、と三上は納得し、苦笑した。
 「前・・・から・・・・・・少しだけ、誠二の話・・・・・・聞いてて・・・・・・・・・追いかけて・・・きてくれて・・・・・・嬉しかっ・・・・・・た・・・・・・」
 「そっか。」
 抱く腕に力を込めた。
 遠目でみた時よりも、細く感じた。
 身長は自分と同じくらいでも、体重はかなり違うだろう。
 長い間地下室に閉じ込められていた為か、その体は冷え切っていたが、それでも微かなぬくもりを感じた。
 少しずつ、少しずつ、笠井の体が震えを取り戻す。
 正気でいられる時間は限られているのだろう。
 震えを止めるように抱き締めたが、意外にもしっかりとした力で押し返された。
 「笠井?―――――っ!!!」
 息を呑んだ。
 目の前には、先日見たあの瞳があった。
 細められる。
 口端は上がっていた。
 「俺を、殺してください。」
 荒い呼吸を押さえつけて、一文字一文字しっかりと発音した。
 頬に流れた涙だけが、全てを語っていた。






最後の一振りを――――――












 口付けをした。
 もう動かない笠井に。
 魅せられた瞳は自分の手で閉じた。
 その顔が安らかだと思ったのは、自分の思い込みだろうか。



 涙は流れなかった。
 どう流すのかが思い出せなかった。
 覚えているのはあの温もりと、あの微笑だけ。
 それだけが静かに、存在していた。











 「腹、減った。」
 鳴り始めた腹を抑え、三上は燃え盛る武蔵森をあとにした。










お話は、ここで終わり。

ある時代のある場所の物語。













(完)