その瞳にうつすのは?
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薙ぎ倒した。
誰を、という認識はなかった。
ただ、自分の行く手を遮るものを払いのけた。
血が舞う。
辺り一帯に響く声。
そのどれも今の三上には意味のないものだった。
尾花沢の家に辿り着くと、正面から屋敷に入った。
止めるものは全て切り捨てた。
逃げ惑う人の流れに沿うように進むと、一際大きな部屋が目に入った。
導かれるようにそこに入ると、尾花沢が部屋の隅で縮こまっていた。
誰にも助けてもらえなかったのか。
無意識に口端が上がる。
ガッと音を立てて剣を尾花沢の後ろの壁に突き立てた。
鼻につく匂い。
尾花沢は失禁していた。
ちっと舌打ちをし、鳩尾を蹴り上げる。
力は半分に抑えた。
話が出来なくなられては困るからだ。
「笠井は、何処だ?」
低い声で尋ねる。
ふと、自分はこんな声をしていたか?と頭の隅で思った。
それ程に口から出たのは見知らぬ男の声だった。
尾花沢はぜぃぜぃと荒い呼吸をし、やっとのことで「何が欲しい?」といった。
今度は右首を蹴った。
その反動で左につき立てていた刀に耳が食い込む。
「ぎゃぁ!」と悲鳴をあげた。
「笠井は、何処だ。」
もう一度尋ねた。
ちらりと三上を見上げた尾花沢はひぃ!と体を震えさせた。
それ程に三上の顔は恐ろしかった。
震える手を持ち上げ、部屋の奥に続く扉を指差した。
「むっ・・・・・・向こうだ!向こうの部屋にいる!だか・・・・・・だから・・・・・・命だけ――――――!!!!!」
言い終える前に三上は剣先を右にはらった。
「笠井・・・・・・?」
部屋の奥に進むと、地下に続く階段があった。
それを下ると、扉があらわれた。
精巧な作りのそれは、しかし鍵はかかっておらず、押すと簡単に開いた。
部屋は小さな造りだった。
中央にベットがあり、というよりもベットしか家具と呼べるものはない。
部屋の隅に備え付けられたバスルームには、遮る壁がなかった。
人の気配がしない。
入った瞬間にそう思った。
しかしベットの脇に放心したように座り込む少年がいた。
「笠井・・・・・・?」
もう一度呼びかけた。
反応はない。
ゆっくりと歩み寄り、肩に手をかけると大きく体が震えた。
血が怖いのかもしれないと思い、剣を部屋の隅に投げた。
笠井の前に回りこみ、その顔を覗き込む。
すると小刻みに体が震えているのが分かった。
次第が呼吸が荒くなる。
熱い呼吸の合間に吐き出される言葉に三上は目を見張った。
「・・・・・・ほ・・・しい・・・・・・す・・・・・・り・・・・・・おねが・・・・・・なん・・・・・・もする・・・・・・ら」
薬を、使われていたのか。
症状を見る限り、かなりの量を使われていた。
舌打ちをした。
ここにはもう何を使われていたかわかる人間はいない。
治療すらできない。
「笠井。」
壊れ物を扱うように、ゆっくりと抱き締めた。
瞳と同じ、真っ黒な髪の毛を梳く。
すこしだけ、震えが収まった気がした。
しばらくの間抱き締めた体制で過ごしていると、腕の中の笠井が身じろいだ。
「笠井?」
顔を覗き込むと、ゆっくりと焦点があっていく。
「・・・・・・み・・・かみ・・・・・・せんぱ・・・い・・・・・・?」
それでも何処か夢心地に笠井が首を傾げた。
「お前、何で俺の名前しってんの?」
「街・・・・・・で、誠二の・・・・・・声して・・・・・・そし、たら・・・・・・貴方・・・が・・・・・・追いかけて・・・・・・きた・・・」
だから三上”先輩”なのか。
成る程、と三上は納得し、苦笑した。
「前・・・から・・・・・・少しだけ、誠二の話・・・・・・聞いてて・・・・・・・・・追いかけて・・・きてくれて・・・・・・嬉しかっ・・・・・・た・・・・・・」
「そっか。」
抱く腕に力を込めた。
遠目でみた時よりも、細く感じた。
身長は自分と同じくらいでも、体重はかなり違うだろう。
長い間地下室に閉じ込められていた為か、その体は冷え切っていたが、それでも微かなぬくもりを感じた。
少しずつ、少しずつ、笠井の体が震えを取り戻す。
正気でいられる時間は限られているのだろう。
震えを止めるように抱き締めたが、意外にもしっかりとした力で押し返された。
「笠井?―――――っ!!!」
息を呑んだ。
目の前には、先日見たあの瞳があった。
細められる。
口端は上がっていた。
「俺を、殺してください。」
荒い呼吸を押さえつけて、一文字一文字しっかりと発音した。
頬に流れた涙だけが、全てを語っていた。
最後の一振りを――――――
口付けをした。
もう動かない笠井に。
魅せられた瞳は自分の手で閉じた。
その顔が安らかだと思ったのは、自分の思い込みだろうか。
涙は流れなかった。
どう流すのかが思い出せなかった。
覚えているのはあの温もりと、あの微笑だけ。
それだけが静かに、存在していた。
「腹、減った。」
鳴り始めた腹を抑え、三上は燃え盛る武蔵森をあとにした。
お話は、ここで終わり。
ある時代のある場所の物語。
(完)