「笠三の日?〜守れ!俺の貞操を!!!〜」


6月10日。
梅雨入りしたばかりでじめじめした空気にもなれない。
晴れたかと思えばすぐに雨に降られる。
折り畳み傘が必需品である。そんな毎年のように繰り返した、何の変哲もない1日だ。


そんなある意味平和なこの日に全くそぐわない空気を醸し出しているのは、広大なグラウンドと校舎の丁度空間という絶好のポジションに設置されている武蔵森学園サッカー部部室の右隅一角。
一人の少年を壁際に追い詰めるような形で、少年達は円を描くように立ち並び、何かを話し合っているようだ。
その顔にはある一部を除いては一様に困惑が浮かび、中には泣き出しそうな者すらいる。

彼らの議論の中心はただ一つ。




「どうしちゃったの?今日の笠井竹巳は?!!!」




いたって彼らは真剣だ。






笠井竹巳の性格はいたって温厚。
天上天下唯我独尊何様俺様三上様と自他共に認める三上亮と付き合っているというのだから、破天荒な性格のわけがない。
常に周囲に目を配り、誰彼構わず気をつかうその様子は、一学年上の某年齢詐称男をみているようだ。
例え、黒い部分がちらほらしていても、それをあえて表に出すことはしない。
それが苦楽を共にしている一軍レギュラーからみた笠井竹巳だ。
常に一歩引き、自らを目立たせるとこを好まない。
そんな笠井竹巳が「誰彼構わず色目を使い、纏う空気は鬼畜攻め!」だったとしたら、この重苦しい空気を若さ溢れるサッカー少年らが出していてもしょうがないといえる。


「いや、ほんとおかしいんすよ!今日のタク!!!」
相変わらず空気をよまず(よんでいないようで人一倍よんでいるのだが…)、大声でまくし立てるのは藤代誠二。
笠井と同室の藤代の年間目標は笠井を守ること。
守られるような男ではないのは分かっているけど、それでも守りたいと思わせるのが笠井竹巳だ。
そんな笠井が急におかしなことになっているのだから、藤代の興奮度もひとしおだ。
「ちょっと落ち着け藤代。どこがどうおかしいか、説明してみてくれ。」
突っ走る藤代のセーブ役はいつだってキャプテン様様。それか、この場にいない笠井だけだ。
渋沢は手でドウドウと馬を宥めるように、藤代を制する。
見方によっては厭味のように見えるそれを、藤代が厭味ととるわけもなく(勿論渋沢も厭味のつもりなんて毛頭なく)「はいっ!」と元気に答えて自分の見解を語りはじめる。
「まずですねっ!朝、あっいつもタクが起こしてくれるんですけど、いつもなら誠二!早く起きないと遅刻しちゃうよっ!って可愛く起こしてくれるんです。でも今日は、誠二…起きないと人参そのお口に突っ込むよ…って、タクが突っ込むよって・・・。で、驚いて跳ね起きた俺の頭撫でて、全く、誠二は可愛いなって、タクが可愛いなって!!!もう俺何が何だか分からなくて!!!」
ここまでの台詞を一息で言い切ったのは賞賛に値するが、中身にはいろいろ突っ込むべきところがある。
その証拠に仲間に取り囲まれている三上亮の口元が引きつるのを、何人かが目撃した。
しかし、所詮はへタレ三上。
三上の可愛いヤキモチに付き合っている暇はない。
今、重要なのは自分達の大切な仲間の笠井竹巳の突然の変化の理由。
問題なくスルーされた。
「確かにそれはおかしいな。」
「あぁ。笠井らしくもない。」
笠井は基本的に猥談は好まない。
ストイックなわけでもないが、年頃の少年男児にしては珍しくそういったことは口に出さないというのが彼の常識なのだ。
それが、
「突っ込む、かぁ。」
笠井は受けだとここにいる誰もが認識している。
直接確認したことはないが…。
「まさか…。」
誰が呟いたかは分からないが、三上以外の少年達の心は今ひとつになり、視線は三上に注目する。
「っんだよ!」
「まさか三上…お前受けだったのか!!!!!」
「―――!!!」
「…んな別ないか。」
驚きのあまり固まっている三上は無視され、少年達は議題に戻る。
「他に笠井に関して、かわったことは?」
いつものように自然にしきる渋沢は、この議論のくだらなさを分かっているのだろうか。
「はい…。」
「どうした、根岸。」
おずおずと手を挙げたのは根岸。
笠井は根岸のお気に入りだ。その笠井がおかしくなっているのだから彼の焦燥もわからないではない。
「実は…今日。朝急いでたから走って階段下りてたんだ。そうしたら誰かとぶつかって階段からおちそうになって・・・。」
その時の様子を思い出したのか、根岸は顔が青くなったり赤くなったりしている。
「うわっ落ちる!って目瞑って、気が付いたら笠井にお姫様抱っこされてたんだ…。」
「姫抱き〜!!!!!」
流石にこれには全員が全員驚いた。
笠井が姫抱き。
いや、お前がされるほうだろう!という突っ込みを口に出せるものはいない。
「大体がさ〜。今日の笠井って纏ってるオーラが違うんだね。」
このずーんとした空気の中で中西だけが嬉々としている。
彼は三上苛めを糧にしているからしょうがないといったらしょうがない。
「中西・・・。」
「いつもは江戸時代の日本女性と三国時代の中国男児が入り混じったようなオーラなのに今日は誰を食べちゃおうかな〜ってオーラ全開なんだよね。」
オーラなんて見えないが、確かにそんな感じだ。
今日の笠井は可愛いというよりも格好いい系なのだから。
「あの・・・。」
「どうした?辰巳。」
今まで口を閉ざしていた辰巳が重々しく口を開く。
その表情は身内に不幸があったのか!?くらいに暗い。
「実は今日、クラスの女子が話してたんですけど・…。」
ちらっと三上のほうを見、言葉を続ける。
「今日は笠三の日らしいですよ。」
「笠三の日ぃぃぃぃ?」
「はい。6月10日。背番号が6番と10番の日。6―10だから笠井×三上先輩。つまり、笠三の日ってことらしいです。」
再び三上が固まる。
やはりスルーされるが。
「そうか。それならば笠井のあの態度も納得できるな。」
「今日は攻めモードってことか。」
「いや、今日をきっかけにこれからずっと攻めを狙ってるのかも。」
「頑張れタク〜。」
謎が解けたのか、一軍メンバーの表情は晴れやかだ。
「ま、三上頑張れよ。」
「明日、つらかったら朝練休んでいいぞ。」
「三上受けデビューかぁ。」
「何だか感慨深いものがあるな。」
「今までは突っ込むしか能がないような感じだったもんなぁ。」
「そりゃ違いねえ。」
「あっはっはっは。」
口々に勝手なことをいいながら部室を去っていく。

一人残されたのは三上亮。15歳。
部員の暴言に耳を傾ける余裕はなかった。






次。






もう10日過ぎてるし!まぁいいのです。
愛があれば!!!

04.6.11