RESISTANCE vol.1
自分の荒い息遣いばかりが耳につく中、どこかで車のクラクションが鳴った。
さして遠くもないはずのその音を遥か遠くに感じ、セリカは目を閉じた。
ここは真っ暗で人気のない路地裏だ。
車の行き交う音を聞く限り、真っ直ぐ行けばすぐに大通りに出るだろう。
またクラクションが聞こえた。今度ははっきりと、近くに。
セリカは壁に寄りかかっていた身体を無理矢理起こして、身体中に走る痛みを無視した。
衣服は乱れ、腰まで伸びる長い黒髪はボサボサだ。
髪ゴムがどこへ行ってしまったかわからないので結う事は出来ず、手ぐしで適当に押さえつける。
幸い服の釦は飛んでいないのできちんと留め、汚れを出来るだけ掃った。
ショックだった。確かにこの身体は動かなかった。
だが今はどうしたことか、いやに冷静な自分に気付く。
ふと空を見上げた。建物の隙間から見える空はほんの僅か。
でもそこには確かに輝く星があった。都会では滅多に見れない程の綺麗な星が。
視線を再び自分に戻す。一応身なりは整えた。
ただここにいても仕方がない。終電はもう行ってしまっただろう。
今日の寝床を探さなければ。
大丈夫だ。目立つような傷はないし、なかなか普通に見える。
多少の汚れは消えないが、そんな細かい所を見る人もいないだろう。
これなら怪しまれる心配はない。
自分自身に言い聞かせ、セリカは歩き出す。
光の洪水の中へ。真夜中の都会へ。
だって、仕方がない。自分は独りで、無力で。
手を差し伸べることも、差し伸べられることもなく。
ただ、この世に、ひとり。
思った通り、真っ直ぐ進んだ先に大通りがあった。
深夜なのにやけに人が多い。にぎやかな声が、今はうるさい。
ただ、溜息ばかり出る。どこに行けばいいのかさっぱりわからない。
それは当然だ。来たばかりの東京で全く慣れていないのだから。
今までいたトウキョウとは違うのだから。
でも別に、心配をかける相手などいない。両親は2年前に他界した。
親しかった友は先月から行方不明だ。
だから今はこの世界に、ただ求める。
とりあえず駅に行こう。セリカはそう決断して真面目そうなおじさんに道を聞いた。
つい15分程前の事だった。
とりあえず探索をしようとして、つい最近から東京を歩き回っていた。今日は家から4駅先の所にいる。
帰りに道に迷ったのだった。
近道だとその男の指す方向に行くと後ろから襲われた。
咄嗟のことに困惑しつつも抵抗したが、思った以上に男の力は強く、なかなか逃げられなかった。
髪を引っ張られ逃げ場をなくした時に瓦礫のような物を見つけて、セリカは一瞬の隙にそれを手に取り、男を殴った。
さすがにふらりと倒れた男は当分起きないように見えたので放っておいた。
まさか死にはしないだろう。焦って思い切り殴ってしまったが、所詮女の力だ。
そうして今再び駅を探すが、見えるのはホテルばかりだ。
いつのまにか夜に栄える場所へと入り込んでしまったらしい。
どうりで人も多いはずだ。
さて、どうするべきか。
思案し始めた時、突然騒がしい言い合いが聞こえた。
視線を向けるとしつこく誘う女を振り切ろうとしている男がいる。
「困りますって。離して下さい。」
男はしばしの言い合いの後ようやく女を振り切り、セリカの方へ歩いてくる。
茶髪にピアス、ラフな服装で遊び人らしく見えるが、言動を聞く限り幾分マシなようだ。
しかし先程の男には見かけで騙されてひどい目にあったので、不安が押し寄せる。
すれ違う瞬間、咄嗟に口が動いた。
「あの、すみません。マトモな道に出るにはどう行けばいいのでしょう?」
言ってから焦った。何だ今の聞き方は。
言動は元の自分からこの通りだから変でもしかたがない。
しかし、マトモな道とは・・。
どこからがマトモなのか・・・?
「は・・・?」
男はいきなり早口で話しかけられて聞き取れなかったようだ。
内心ホッとする。今逃げられたら誰に聞くかまた迷う。
不審な目を向けてきた男にもう一度はっきりと言い直す。
答えはすぐに返ってきた。
「俺も駅行くとこだし、ついてきてもいいですよ。」
そう答えて振り向きもせずに歩き出した。
ついてきてもいい・・・。こちらの気持ちを配慮してのことだろう。
だが迷いはない。
きっと今度こそ大丈夫だという確信が何故かある。
セリカは早足で後を追った。