Whirl −前編− 「ねぇ、最近三上先輩変だと思わない?」 「へ?そう?」 隣で答える友人の声は明らかに同意していないことを示している。 というか真面目に聞いていないのだろう。 こんなに真剣な表情で話しかけているのにお菓子を食べる手は止まらないようだ。 まぁいつもの事だ。それでも実は真剣に考えてくれているのを知っている。 「気のせいかな・・・・。」 ふぅ、と溜息をついた笠井はその話を自ら打ち切ろうとする。 恋人の心の内がわからないのは正直辛い。 けれど根拠のない憶測に過ぎないと願う自分がいる。 俯いてしまった笠井を前にようやく藤代は手を止めた。 「なんでそう思うの?俺にはいつも通り態度デカイし口悪いし、でもサッカーは上手いし。 いつも通りの先輩に見えるけど・・・・。」 「うん・・・なんでだろう。わかんない。」 俯いたままそう答えて笠井は口を閉じた。 まさか夜になるといつもと違うなんて言えないし。 何が違うのかもうまく言えない。 続きを期待して藤代はしばらく黙って待つ。 が、ひたすら沈黙が続いた。 最近よく見せる、この表情。 タクの辛そうな顔をこれ以上見ていたくない。 それだけは確かだがこの沈黙を自分から破るのは違う気がした。 余計な言葉はかえって彼を悩ませる。 タクは自分がどれほど辛そうな顔をしているのか気付いていない。 「三上先輩。」 「あ?なんだよ、・・藤代?珍しく早起きだな。」 翌日の朝練前。藤代はいつもより早起きをして三上に会いに行った。 彼が早くから一人で練習している場所を知っている。 見えない所から突如現れた後輩に驚きつつ、三上はボールを止める。 「ちょっといいですか?タクの事なんスけど。」 微かに表情が曇った。 でも真剣な目をした自分を避ける事はなく、話を聞いてくれるようだ。 とりあえずここじゃタクが来る可能性があるよな・・・。 背を向けて歩き出すと黙って後についてきてくれたので藤代は少し安堵した。 本題はこれからだ。人目につかない水道裏へ歩くと三上へ向き直る。 「・・俺、あんま口出すべきじゃないとは思ってるんスけど・・・ タクの辛そうな顔黙って見てるのはヤなんです。」 「・・・で?」 「だから先輩の今のキモチ、教えて下さい。」 お前その目、こぇーよ。 後輩が先輩に向かってそんな目していいと思ってんの? 笑ってそう言おうと思ったのに、出来なかった。 今目の前に立つ男はただ親友の為に必死だ。 そしてその親友に対して罪悪感を感じている自分に、笑って済ます事など出来るはずがない。 でも・・・。 「言わねぇ。竹巳より先にお前に言うなんておかしいだろ?」 「・・そりゃそうですけど・・・・・。」 三上先輩の言う事は確かに正しい。 俺だってそれは考えたけど・・・。 「なら早くタクに話して下さい。」 「・・・・・。」 ほら、やっぱり。すぐに話す気はないんだ。 それを確信してたから、きっとまだしばらく何も言わないつもりだとわかったから、失礼を承知で聞いた。 「三上先輩、わかってるでしょうけど・・・何か言わなきゃタクはずっと辛い思いをするんです。 ・・・・先輩が何を考えてんのかなんてわかんないけど、タクに何か言って下さい!!」 思わず声を荒げてしまった。 だって、タクに必要なのは俺の慰めなんかじゃない。 先輩のたった一言だって、わかってるから。 俺が頼むなんておかしいけど、それしか俺に出来る事がない。 これは余計なおせっかいだろうか。 そうかもしれない。自分は勝手だ。 でも嫌なんだ。 自分だけキャプテンと幸せにしてるのは。 幸せなのに、悲しいんだ。 「・・・・っ・・。」 今自分は泣き出しそうな顔をしているだろう。 いきなり大声を出した自分に先輩は驚いているだろう。 俺は涙を堪えるので精一杯で。なんでこんなに泣きそうなのかもわかんない。 内側から何か込み上げて来て、喉の辺りで突っかかってて苦しい。 視界が少し歪んで、必死に力を入れるけど奥から奥から溢れ出す。 脳裏にタクの顔が浮かぶ。 いきなり叫んですぐに俯いてしまった藤代に、三上は何と言うべきか考えていた。 確かに自分は竹巳を苦しめているのだ。そして目の前で少し震えている後輩までも。 その自覚は確かにある。 何も言わないのは、言えないのは、俺が弱っちぃから。 愛する人を傷つけても、見て見ぬフリをしているから。 「・・・悪い、藤代。」 ずっと下を向いている後輩に言えるのはせいぜい謝罪の言葉のみ。 情けなさに口元が歪んだ。 こいつに謝ってどうすんだか。 藤代は諦めることしか出来ない。これ以上何を言っても三上先輩は何も言わないだろう。 そのままペコリと少し頭を下げて、感情の昂った自分を隠すように小走りで立ち去る。 三上はすぐに練習を再開した。 ボールはことごとく自分の望まない方向へ飛んでいく。 そして力無く落ちて転がる。 苛立った自分の目が熱い。 弱ぇな、ホント。 ただ「怖い」なんて、今の自分には言えやしない。 竹巳ともっと愛し合いたいって気持ちは間違いなく感じるのに。 それがこんなにも、「怖い」なんて。 わかってた。なんとなくだけど。 所詮自分はそんな人間で。 もしかしたら変わるかも、なんて思ったりしてた。 けど、このままあいつを苦しめていたくない。 それが自分の、今のキモチ。 「今日も、部屋交換な。」 いつもより表情を険しくしてそう言った三上に、渋沢は何も言わずに頷いた。 感じたのは何らかの決意。 三上の様子がおかしいのは薄々感じていた。 笠井と結ばれてからしばらく経つし、なにかしら悩みがあるのかもしれないと考えていた。 そろそろ声をかけてみようかと思っていたが。 何か決着がついたのなら、口出しするべきではないだろう。 そう思い、そのまま出て行く三上を見送る。 「お〜い、バカ代。あっち行け。」 ノックもせずに部屋に入って、今朝の話など何もなかったように声をかける。 「バカって言わないで下さいよ〜!!じゃ、おやすみタク!!!」 「おやすみ、誠二。」 いつも通りの反応を返してきた藤代に三上は少しホッとする。 すれ違う時の視線は少し痛かったが。 いつも元気な分、藤代の空虚な目はこたえる。 何も、知らないフリ。 今はとにかく目の前の恋人をじっと見て、これからのことに竦む自分に気合いを入れる。 気合いなんて入れたって、カッコ悪いだけなんだけど。 自分で自分に呆れて苦笑すると、相手は少し伏せ目がちな視線を上げる。 「なんか今日ちょっと暑くねぇ?」 「もうすぐ夏ですからね・・。」 とりあえず床にどかっと座る。そのままじっとしてる気は全くないけど。 「さっそくだけど、竹巳。俺今超やりてぇの。」 「暑いのに?」 「暑いから。明日は朝練ねぇしな、容赦しないぜ?」 「望むところですよ。」 いつものようなセリフを、笠井は微笑で返す。 あぁ、俺何やってんだろう。 もやもやした心はいつまでたっても晴れない。 なのに自分は待ってるだけ。 なんで夜になるとそんなに哀しい目をするんですか・・・? なんで・・・? 夜は更けてゆく。 あまりにも自然にベッドへ倒れこむ。 あぁ、もういいや。今は何でもいい。 確かに今お互いを求めてるから。 快感に思考が麻痺してく。 いつもの、いつも通りの行為。 汗が飛び散るのもおかまいなしに。 聞こえるのは自分たちの音と、荒い呼吸と。 竹巳の、嬌声と。 何のためらいもなく、貪ってやる。 いつもよりずっと激しく、攻めたててやる。 「・・っ・・んあっ・・・ぁあああっっ!!!!・・」 だって、最後だから、さ。