Whirl −中編− 「・・・え?」 突然何を言われたのか理解出来なかった。 行為を終えてすぐだからといって聞き取れなかったわけじゃない。 今、先輩は何を・・・・? 「今日で終わりにしようぜ、竹巳。」 「・・・やだなぁ、先輩。冗談にしてもひど・・」 「本気だ。わりぃけど、冗談なんかじゃない。」 「・・・・。」 何を。 何を言ってるんだろう、この人は。 せっかく無意識にも笑顔で返事を返したのに、脆い仮面は一言で崩れ落ちる。 表情は凍りついて口の端だけが少し上がったままだ。 言葉も涙も何も出てこない。 何を・・・・。 「いきなりでごめん。でも、マジだから。さっきので最後にしてくれ。」 言った。 ついに、言ってしまった。 表情はいつも通りの、デビスマ。 それでも、自分で口を動かしてるはずなのに何も考えられない。 痛い。痛い。痛い。 声を紡ぎだす喉が痛い。 竹巳を見る目が痛い。 震えることも出来ない手足は自分のものじゃないみたいだ。 竹巳の見開かれたまま動かない目が、視線が、痛い。 「・・な・・んで・・・・」 「もうお前の事別に好きじゃない。それに俺ら男だぜ?もう充分だろ。」 あぁ・・俺今最低だな。 やけにベラベラと酷いことばかり口にする。 覚悟を決めたはずなのに口が止まらないのは、やっぱり「怖い」からだろうか。 でもどうせなら、思いっきり傷つけて、嫌われてしまえばいい。 そしたら竹巳を、解放できるだろうから。 そうやって人の為だと言い聞かせる。 俺ってホント、最低。 「勝手だけどこれが理由。ホントこれだけ。俺出かけてくるわ。 朝には戻るからよろしく。じゃ。」 「や・・っ!先輩っ・・・待っ・・・・!!」 思考も体もついていかない。 ついてきてくれない。 なんで?どうして? 動けないのに目は必死に先輩を追っている。 バタン。 ドアが閉まった瞬間に視界が歪む。 冷汗が全身を覆って崩れ落ちる。 鬱陶しく頬を伝って落ちるものを拭くことも出来ない。 笠井はそのまま床に座り込んで涙を流し続けた。 目を見開いたまま。体に残った熱を感じたまま。 翌朝は皮肉にも気持ちのいい晴天だ。 カーテンを閉めたままの窓にも明るい陽射しを感じる。 一晩中声も出さずに泣いていたので頭がガンガンする。 それでも笠井はそこから動けずにいた。 笠井はまだ昨夜のことを受け入れられていない。 理解は出来たかもしれないがただ茫然と現状を見つめることしか出来ない。 いや、今の目には現状すら映っていないかもしれない。 もうすぐ、誠二が戻ってくる。 ふと頭に浮かんだ事を認識し、笠井は視線を上げる。 誠二に心配、かけちゃうな。 のろのろと起き上がった体を叱咤して、笠井は部屋を片付け始める。 冷静とは言えないこの状態で果たして誠二相手にごまかせるだろうか。 ・・・出来るはずがない。 片付けを終えた笠井はよろめきながら部屋を出た。 シャワーも浴びずに、人目につかないように、外へ。 朝には帰ると言っていた。 たまたま三上が帰ってくるかもしれない。 悪かったって。冗談に決まってるじゃん。 そう言って抱きしめてくれる。そんな期待が少しあった。 同時に湧き上がる不安は心臓を大きく鳴らすけれど。 あ〜ぁ、この先俺どうするよ? いつまでも抑えていられるだろうか? 無理に決まってる。 嫌なヤツを演じる自信はあるが、昨夜から続く痛みは消えない。 三上は今が何時かもわからずに家路につく。 一晩眠りもせずに黙り込んで過ごしたら意外と冷静になれた。 これならきっと、戻れるだろう。 そう思って歩き始めたけれど、ふと大きな問題に気付く。 渋沢と、藤代。 あいつらが気付かないはずはないし、放っておくはずもない。 やっかいだな・・・。 いろいろ考えてみるけれどいい考えは浮かばない。 なんだかどうしようもなくなってきてしまったので、三上は放っておくことにした。 もう何も考える気力はなかったし、どうにでもなれと一言呟くことしか出来なかった。 昨夜、笠井を残して部屋を出た三上は、外の冷たい空気で落ち着きを取り戻した。 耐え切れず早口に別れを告げてしまったことを悔やみながら歩いていた。 本当に、愛してたから。 別れはちゃんと、相手をよく見て言いたかった。 例え別れの理由が己の情けない恐怖心であるとしても。 例え相手をボロボロに傷つける言葉しか言えなくても。 ほんの20分程で松葉寮に帰りつく。 冷静さを取り戻したはずの頭がいきなり重くなった。 心臓が早鐘を打ち始める。 さて、マジでどうすっかな・・・。 玄関に足を踏み入れようと伸ばす。 その瞬間中から聞こえた誰かの声に、三上は反射的に隠れた。 「待ってよ、タク。どうしたの?朝っぱらからどこ行くの?」 「誠二、大丈夫だってば。ちょっと外歩いてくるだけだよ。」 「何かあったんじゃないの、三上先輩と・・・」 「何もないって。三上先輩はまた練習に行っちゃっただけだから。すぐ戻るよ。」 「・・・・・・」 藤代と、笠井。 心配そうに引き止める藤代より、何より、笑顔で答えている笠井の声が頭に響き渡る。 さっきから聞こえる心臓の音と笠井の声が、動けない三上の全身を巡る。 藤代はそのまま出て行く笠井をもう何も言えずに見送る。 笠井は前だけを見つめて外へ出て行く。 今自分が通って来たばかりの道を、歩いて行く。 その姿が見えなくなった時、藤代が部屋へ戻って行ったことを確認してから三上は玄関へあがった。 静かに部屋に入って気がつく。 入ったのは笠井と藤代の部屋だった。 綺麗に片付けられた部屋に自分がいる意味がない。 自分の部屋には渋沢と藤代がまだいるだろうから戻るわけにもいかない。 居場所が、ない。 朝食を食べる気もないし談話室に行って仲良く喋る気なんて毛頭ない。 しばらく立ち尽くしていた三上は、また静かに部屋から出て行った。 どこですか? 三上先輩、どこにいるんですか? 日の昇った明るい道を笠井は前だけを見て歩く。 たまたま出くわすなんて、もうこれだけ歩いて無いんだから無理だ。 わかっていたけど、だからといってどうしたらいいのかわからなかった。 ふと左を見ると、公園があった。 喧嘩をすると時々三上先輩が逃げ込んだ場所。 ふらふらと中へ入ってベンチに座る。 もう涙は流れていないが、痛む頭を両手で抱え込んで下を向く。 その眼にはさらさらと風に吹かれていく白い砂だけが映っている。 「やっぱ、絶対何かあった気がする。」 「・・・だろうな。笠井が朝から外へ歩きに行くなんて不自然だ。 三上もきっと、練習なんてしてないだろう。」 「俺、やっぱタク探しに行ってきます。」 真剣な目をする恋人に渋沢はしっかり頷く。 それを見て、藤代はすぐに部屋を飛び出した。 渋沢は走りはしないものの、いつもより速歩きで寮内を探し始めた。 あの決意の目は、何を意味していたのだろうか。 なんとなく予想がつくけれど、それを選択する理由はわからない。 ルームメイトでありながら話を聞いてあげられなかった自分に苛立つ。 三上が自分から話すことなどあまりないからこそ、自分が聞くべきだったのに。
040621