Whirl −後編−






藤代は走っていた。
ただひたすら笠井だけを求めて。
周りを見回しては懸命に走り続けるがなかなか見つけられない。
とはいっても寮を飛び出してからはまだ5分と経っていないはずだ。
ただ、焦っていた。


探し始めて10分経ったか経っていないか。
ある公園に座る黒髪の少年に目がとまる。
藤代は一目見た瞬間それが探していた笠井だと確信していた。
ためらうことなく、しかしゆっくりと公園へ足を踏み入れる。
下を向いたまま顔を上げることのない親友の前に立つ。


「・・・・タク・・。」

「・・・・・心配・・かけて・・・ごめんね、誠二。」


返事が返ってきたことに藤代は緊張をといた。
もしも、もしも何も返ってこなかったら何て言えばいいのかわからなかった。
恋愛においてあまり辛い経験をしたことがなかったから。
だからこそ、こういう時に必要な言葉がどんなものかわからないっていう不安があった。
でも、正しいかなんてわかんないからこそ、正直に話してもいいよね、タク。
俺の言葉は目を合わせない親友に届くだろうか。
届くと、信じたい。


「・・タク、一緒に、帰ろう?・・俺、何があったのかよくわかんないけど・・。
俺はタクと一緒に帰りたい。タクが辛くても、帰りたいよ。」

「・・・・・・・辛くなんて・・ないよ?」

「・・・嘘つくなら顔上げて、目見て言って。強がることが必要ならそのままでもいいよ。
でも、このままここにいちゃ駄目だと思う。それに・・・頼ってよ、俺を。」

「・・・・・じゃあ、立ちあがらせて?」


真剣な声音のまま、笠井は少し笑って言った。


「・・・・へ?」

「・・・・・立ち上がるの、なんか億劫だから。・・・手伝って?」


そう言って笠井は顔を上げた。
泣き腫らした目で微かに微笑む笠井に藤代は胸を痛めつついつもの笑顔で答える。


「いいよ!」


別にタクが元気になったわけじゃない。
わかってるけど嬉しい。
それでももしかしたら少し立ち直ってくれたのかもしれないと思えるから。
藤代は笠井を立ち上がらせ、手を引いて歩き出す。


三上先輩、俺の心は変わりませんから。
泣いて泣いて、気付いたことは。
変わらずにあなたを想うこの気持ちだった。
変わることが出来ない俺は、このままでいるしかないってわかったから。
誠二の言葉に元気を分けてもらって、俺は迷わずに帰ります。







寮内を一周しても三上はいなかった。
渋沢は迷うことなく学校へ向かう。
普段自分から向かうことのない屋上に真っ直ぐ向かった。
限られたものしか集まることのない屋上は、三上の絶好の逃げ場だ。
とりあえず近くから探したが、やはりここにいるかもしれない。
重い扉を開けて、見慣れた背中を見つけた渋沢は安堵した。


「・・三上。」

「・・おはよ、渋沢。」


相手はここに来ることを予想していたように、待っていたかのように返事をする。
フェンスの傍でしゃがんで校庭を見下ろしたままの三上の隣に並ぶ。
三上は俯いて何も言わない。
躊躇いながらも横を見ると、滅多に見せない涙が頬を伝っていた。
渋沢は戸惑いつつも聞く。


「・・・何があったんだ?」

「・・っ・・・なっんも・・ねぇよ・・・」

「何もないはずないだろう。話してくれ。」

「・・・なにもっ・・ないって・・・・」


辺りは静かだ。
三上の嗚咽だけが響く中、渋沢は何も言わずにその場にいた。
もとよりすぐ話してくれるとは思っていない。
話してくれるまで傍で待つつもりで来たのだ。
自分に話したからといって正直的確なアドバイスが出来る自信はない。
三上が楽になるかどうかはわからなかったが、それでも何か力になりたいと思う。
ルームメイトである渋沢は三上の脆い所をなんとなく理解していた。


「・・無理だと・・思った・・」

「・・何がだ?・・」

「・・笠井に・・これ以上近付くこと・・」

「・・・・・・・」


段々落ち着いてきた三上は、少しずつ喋り始めた。
泣きながらも強気な物言いは、渋沢にとって違和感を感じさせない。
それでもきっと、他の誰も聞いたことのない声だった。
いつもの雰囲気からはまるで考えられない声。
きっと、笠井もまだ聞いたことのない声。
渋沢は何も言わずに話を聞く。
だから別れたのだと、そう呟く三上は低い声で笑っている。


怖いという気持ちはわからなくもないものだ。
人の気持ちは不確かで脆いものだと、少ない人生の中でもわかっているから。
でも、それは違うだろう、三上。
笠井の想いは?
三上。お前の、想いは?
怯えるだけの想いではないことくらい、見ていればわかる。
俺だって、お前達に幸せでいて欲しい。


「・・三上。自覚があると思うが、お前は逃げていると思う。」

「・・わかってるよ。・・俺もそう思う・・」

「それはお前の望むことか?もう無理だと、本当にそう思うのか?」

「・・・・・あぁ。」

「傍から見ている立場で言わせてもらうが、お前はそんなにヤワじゃないと思うぞ。」

「・・・・・」

「笠井だって、別れを選択される方が辛いと思う。」

「・・・・・」

「お前はここで、逃げるべきじゃないと思う。」

「・・・・・・けど・・」

「好きなんだよな?笠井のこと。」

「・・当たり前じゃん。」


段々普段の自分を取り戻してきた三上は、涙の痕を拭きながら顔を上げる。


「お前の想いは、笠井ならきっと届くと思うぞ。
笠井だからこそ、時間はかかっても受けとめられると思う。
俺にはそれがどんなものか、わからないけどな。」

「・・・渋沢・・」

「言葉でうまく言えなくても、こうやって笠井の前で自分を曝け出せたら
きっと、笠井に伝わるんじゃないか?」

「・・・・・・」

「立ち向かうことは大事だと思うぞ、三上。お前が大事に思うなら尚更。」

「・・・・あぁ・・」


渋沢の言葉は不思議に俺を落ち着かせる。
渋沢が言うんなら大丈夫だって気がしてくる。
今まで感じてた正体のハッキリしない靄が少しづつ霧散していく気がする。
それは単純かもしれないけれど。
同時にいきなり泣き出した自分が少し恥ずかしくなってくるけれど。
いや、嬉しいんだけどさ。
なんかずっと、すげぇ考えてくれてる渋沢の言葉がさ。
でも、ちょっとそろそろ、照れるかも・・。


「きっと、大丈夫だ。お前達なら、大丈夫だよ。」

「・・・・・渋沢・・わりぃ、なんか照れるんだけど・・・」

「・・・・・俺もだ。」


そういって渋沢は三上を見て笑い出す。
三上もぷっと吹き出して笑いが止まらなくなる。
朝っぱらから屋上に響く笑い声は明るい空に負けじと響いた。



数十分後、寮の玄関には藤代に連れ帰られた笠井がいた。
待っていた三上は目を合わせることが出来ずに下を向いてしまう。
同じく下を向いていた笠井は何も言えずに部屋へ歩いていく。
後ろから三上、と呼ぶ渋沢の声に押された。
三上は笠井が入って閉じる直前のドアにしがみつく。
驚いた笠井は思わず後ずさるけれど、三上は笠井を引き寄せた。

部屋に入った二人を見て心配そうな藤代を、渋沢は自分の部屋に連れて行く。
すぐに隣から聞こえ始めた泣きそうな三上の大声に藤代は驚きを隠せないようだった。

必死に話す三上の想いはきっと、笠井にとっても予想外だ。
今までずっと、そんな弱さは絶対に出さなかっただろうから。
それでも、やがて止んだ声は渋沢を安堵させる。
まだはっきりと二人の仲が戻ったのかはわからないが。
それはきっと、これから二人がなんとかすることだから。


まだ見ぬ三上を、笠井はきっと見る。
計り知れない笠井の心の中を、三上はこれから見ていく。




「三上先輩・・・ちょっと意外でした、先輩の泣き顔。」

「・・・・いや・・・忘れて・・・。」


あっけなく解決してしまったこの事件(?)は確かに二人の愛を育んだ。
しかし三上は思う。
微笑む笠井は何か強いオーラを感じさせると。
ていうかなんか怖い。
それは今までのような恐怖じゃなく、ただ笑えるような怖さなんだけど。
三上はもう笠井に逆らえない気がした。






040701