Introduction aux études rousseauistes

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ルソー作品の導入:『社会契約論』の翻訳

日本で最初に出版されたルソーの著作は、『社会契約論』の翻訳である『民約論』(服部徳訳、1877年)である。しかし、本書は原文の内容を正確に伝えておらず、また、恣意的な削除も数多く行われており、問題の多い翻訳であった。
その後、1882年、思想家・政治家の中江兆民(1847‐1901)による『民約訳解』が出版されると、ルソーの思想は自由民権運動に大きな影響を与えることになる。中江自身がそのように意図していたのだが、そのため、彼にとっては都合の悪い貴族制民主主義などを説く章は削除されている。
中江は1871年から74年までフランスに滞在しており、その間にルソーの作品に触れているのだが、日本人で初めてルソーの名を聞き、作品に触れたのが彼であるという保障はない。オランダ語や英語からルソーの名や作品を知った人物がいるかもしれないし、ベルンからジュネーヴへ抜けている徳川使節団(1867)などが何らかのかたちでルソーに触れていた可能性も否定できない。

『エミール』の人気

自由民権運動が弾圧され始めると、ルソーの名を聞く機会は少なくなって行く。
しかし、第一次世界大戦が終了すると、リベラルな気風の中、自由教育論として『エミール』の人気が高まっていく。

自伝文学の創設者

ヨーロッパでは、ルソーを自伝文学の創設者と捉えることが多い。
日本においても、島崎藤村が『告白』の影響を受けたことは広く知られており、また、私小説の流行を生み出したともされている。

日本におけるルソー研究

多くの研究者が、政治経済、哲学、文学、教育、音楽、植物学などの分野でルソーを専門に活動している。京大研究班による『ルソー研究』(岩波書店、1951年)、白水社の『ルソー全集』(1978-1984)、『思想』の二つのルソー特集号(no. 648-649, 1027)などが、その成果と言えるだろう。
なお、日本フランス語フランス文学会、及び日本18世紀学会の2008-2009年の名簿には、専門を「ルソー」と記入している研究者が、前者には23名、後者には35名いる。専門を「18世紀」としている研究者もいるし、他の学会の存在も考慮すると、何らかの形でルソーに関わる研究者は、最低でも50名、実際には100名前後になるのではないだろうか。

アンチ・ルソー

東京やジュネーヴで日本人向けの講演をすると、「ルソーは女ったらしなんですよね」、「ルソーのイメージは、あまり人から好かれない自分勝手な人間というところでしょうか」といった意見をよく耳にする。残念ながら、これが最近の日本における支配的ルソー像のようである。D・ロビンソン『絵解き ルソーの哲学』(渡部昇一訳、PHP研究所、2002)や、ウィキペディア日本語版の記述の影響なのだろうか。
ただ、ルソーは確かに矛盾が多く、弱いタイプの人間ではあるが、彼の著作や信用に足る同時代人の証言、研究書などをしっかりと読みさえすれば、否定的なイメージの殆どは誤った思い込みや部分読みの結果であることが分かるだろう。「学会動向」や「ルソートリビア」、「ゆかりの地」などに示したように、世界中に彼を真剣に研究する人々や団体が多数存在し、その滞在を記念するプレートが各地に残され、特にスイスでは地元の誇りとなっていることは、理由のないことではないはずである。
アンチ・ルソーの要因としては、主に三つの事項を理解しておく必要があるだろう。
まず、ルソーは18世紀においてあまりにも華々しく活躍し(権威ある賞の受賞者にしてベストセラー作家、さらには国王の前で演奏までした音楽家)、また独自のライフスタイルを貫いたため(社交界の仕来りや流行には従わず、国王からの年金を断り、さらには田舎暮らしを選んだ)、友人の一部も含め、多くの人々の妬みや反感を買ってしまったこと。また、特に『エミール』や『社会契約論』において、当時の宗教界や政治体制を刺激する言説を提示したため、権力者の目の敵となってしまったこと。そして、フランス革命期、ルソーに影響を受けたとされるロベスピエールなどによって恐怖政治が展開されたため、時としてルソーの思想は全体主義を導くものと解釈されて来たことである。結果、彼に対する誹謗中傷やデマは凄まじい勢いで広まり、それらと共にルソーのイメージは構築され、今日でも、特に英語圏において(フランスへのライヴァル意識も関係しているのだろう)、ルソーの作品は読んだことがなくとも、彼への否定的見解はどこかで聞いたことがあるという状況が生まれてしまっているのである。


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