『データノート』

「誕生日おめでとうございます!」
部活の朝練の終わり。部室の手前で呼び止められた乾が振り返ると、カチローが乾を見上げていた。その手には1冊のノート。わざわざピンクのリボンがかけられている。
「いつも乾先輩には練習とかアドバイスとかしてもらってお世話になっているので」
そう言ってそのノートを乾の方へぐいと差し出した。いつも乾が愛用している購買の大学ノートと同じものだった。
「ありがとう。ちょうどなくなりそうだったんだ。使わせてもらうよ」
乾は礼を言ってから、ノートを受け取った。
カチローは乾の言葉に安堵の表情を見せ、まだコートの片づけがあるからと、すぐに走り去った。
最近データ集めと兼ねて何かと部員の面倒を見ることの多い乾だが、どうもそれが当たり前のようになっていて、滅多に感謝の言葉など聞くことはない。(それが特製汁のせいだということもあるのだが。)特に誉めて欲しくてやっているわけではないが、やはりこういう風に態度で表されて嫌な気持ちはしないものだ。
ふしゅううう〜〜。
聞き慣れた吐息とただならぬ圧迫感を背中に感じて、乾はおそるおそる振り返った。
部室の壁によりかかり、バンダナをしめたままの海堂が不機嫌な顔のまま、大きな目でにらんでいた。もともと海堂はいつも不機嫌そうだし、にらんだように見えるのだが…乾は焦った。
今の見られた…よな(汗)
「あの、あのさ、折角くれるっていうのを受け取らないのも悪いじゃん」
「そースね」
「後輩だし」
「オレも後輩っス」
「別に深い意味もないと思うし」
「深い意味ってなんっスか?…」
きかれてもいないのに焦って饒舌になる乾に、海堂はワントーン低い声で短く冷たく答えるだけ。
「えーっと…」
めずらしく海堂の前で乾が沈黙した。
本当は今朝一番に海堂に会って、どの部員よりも早く海堂から誕生日おめでとうとか言われて、さらには何かプレゼントとかもらって、あわよくば甘い愛のおねだりなんかしちゃったりして…と乾の夢は膨らんでいたのだが。人間悪巧み(?)はできないもので、今日に限り、乾は寝坊してしまった。朝練に遅刻して手塚にグラウンド20周をいいわたされ、海堂と会話すらままならないうちに現状にいたったわけなのだが…。まさか海堂以外に自分の誕生日にプレゼントを用意してくる部員がいようなどとは思いも寄らなかった。しかもそれを海堂に目撃されてしまうとは…。
「プレゼント…ノートだったんっスね…」
海堂がつぶやきとも確認ともわからない淡々とした口調で言った。。
「えっ?うん。でも購買で売ってる誰でも持ってるヤツだよ」
とりあえず何か言い訳めいたことを言ってみる。
「先輩がいつも使ってるヤツ」
「まあ、そうだけど」
「しかもリボン付き」
「プレゼントだから…かな」
答えれば答えるほど空気が重くなっていく。
同時に乾は海堂が何かを手にしているのに気づく。
背中に隠すようにしている様子からして、たぶん乾へのプレゼントではないだろうか。普段海堂は自分の持ち物を見られないように隠すなどという動作はしない。
「もしかして海堂も俺へのプレゼント用意してくれたんだ」
その場の雰囲気を和ませるように、明るく乾は海堂に語りかけた。
海堂はビクッとして、更に手を後ろにまわして乾から隠した。
相変わらずわかりやすいリアクションだった。
「駄目だ!」
「なんで? 俺のために用意してくれたんでしょ? 渡す順番なんて気にしなくても」
「駄目だったら、駄目だ!」
「いーよ、海堂」
乾は知り尽くしている海堂の弱点をついた。
--- 脇腹くすぐり ---
「わっ!やめろっ 」
不意打ちに海堂は思わず持っていたモノを手から取り落とす。
ぱさっ…。
地面に落ちたのは、カチローがくれたのと全く同じ購買部の大学ノート。
「…」
「…」
タイミング最悪…。
「…リボンとかもつけてねえし」
海堂があきらめたようすで、そっぽを向いたままつぶやいた。
乾はそのノートを拾って、ついた砂を丁寧にはらった。
「海堂、気持ちの問題だよ。俺にはこれが海堂からもらったノートっていうだけで他のノートよりも何倍も価値があるし、充分うれしいから…」
「一年生坊主に、渡すのもリボンも負けた…」
ふしゅうううう〜〜。
本当にくやしいのだろう、唇をぎゅっとかみしめてうつむいている。
ただ単に負けず嫌いなのか、乾に対してのことだからここまで悔しがるのか。割合は4対6くらいかもなと乾はクールに判断しながら、それでも海堂が悔しがってくれるのが困るけど結構うれしい。
乾は海堂の頭をバンダナごとくしゃりとなでた。
「これで海堂からの熱いキスでも添えてくれれば、リボンなんて目じゃないんだけど…」
さりげなくおねだりを実行してみる乾の言葉を聞いていたのかいないのか。海堂はハッと何かを思いついて、急いでテニスバッグの中から筆記用具を出す。
「それかしてください」
「もらったから、俺のノートだよ」
「まだプレゼントしてねぇ! いいから、ちょっと貸せ」
乾からノートを奪い取るとごそごそと何か書き込んでから、乾の胸にバシッと押しつけた。
その表情は先ほどとはうって変わって明るい。
「誕生日おめでとうっス」」
「海堂?」
「これでオレの勝ちだ!」
めずらしく得意気な笑みを浮かべてみせた海堂は、乾の問いかけにも答えず、そのまま着替えのためにさっさと部室へ入っていった。
海堂の様子に唖然としながら、乾は海堂からのノートを見る。
表紙には見慣れた海堂のクセのあるボールペンの字で『海堂薫専用!』と書いてあった。
このノートいっぱいになるまでデータをとってもいいということらしい。
さらに何気なくノートをめくると1ページ目にも海堂の字。
今週の海堂家の土日のスケジュール。
土曜 AM11:30 父、母、葉末 温泉旅行出発 
日曜 PM18:00 家族帰宅予定
部活時間以外フリー
これって、これって、そういうことだよなあ。
「海堂!!」
思いも寄らぬ海堂からのビッグプレゼント。
さて、土日は海堂の家へ押しかけて何をしようか。

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イベントでチラシと一緒に無料配布したものです。
乾カチ(カチ乾?)もいいでよね。

小笠原奄美さまよりいただきました。
海堂ってば…w (アイコ)

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