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学習&科学は何故休刊? [2009年12月04日(金)]
 小学生時代にお世話になった「科学」と、『学習』という学研の小学生学習氏が3月までに休刊、と報道された。「学習」が数年前から季刊誌と成っていたのも知らなかったが、東急ハンズで個別販売されていた「科学」は最近話題に成る事も多かったため、休刊するほど売上低下とは驚いた。
 売上低下の理由として「価値観の多様化と少子化」とされていたが。それだけなのか、と感じた。
 調べてみる内、同社の学習参考書の宣伝文句に気づいた。「学習の障害になるまんがは一切御座いません。」
 ....「科学」には、異常な高品質の実験教材が「ふろく」に付いてくる事が有名だが、同時に学習マンガが記憶に残っている。例えば全国を取材し回って理科に繋がる見聞を集め、マンガにしていた内山安二氏(故人)や、その後を次ぐ形のあさりよしとお氏の最新科学リポート「まんがサイエンス」など。教科書に無い科学の(一部無駄?)知識と興味を自然に根付かせる工夫が巧みであったと思う。ただし、学習効果が学業成績に直接反映する、という物でも無かった。売上の低下は、掛けた金額による「点数効果」を選ぶ傾向に拠るのだろう。  現在「学力低下」を騒ぐマスコミは試験点数の低下のみを煽り、問題に取り組む意欲の低下については余り考慮させない。けれど、実際に科学を駆使する現場で必要となる応用力は、科学への意欲から生じるものではないか。
 このまま「科学」と「学習」を廃刊に追い込むようなら、この国の先も余り明るくないだろう。

Posted at 20:22 | よの中なのよ。 |

憲法九条の会と北朝鮮ら致被害者 [2009年11月14日(土)]
 憲法九条の会・東京連絡会にて、北朝鮮ら致被害者家族会の蓮池透さんの講演。これまで護憲運動に批判的、と考えていたので意外に感じ、拝聴に行ってみた。
☆ 北朝鮮ら致被害者家族会の蓮池透さんといえば、これまで護憲運動に批判的。それが「九条の会」で講演とは意外に感じ、宗旨を理解しようと拝聴した。
 壇上に登場した蓮池さんはやや疲れて見えた。「お前のところは(兄が)帰ってきたから黙っていろ」「対話を、と言うと変遷した」等と言われる厳しい状況を話した。
 兄を「帰国」させた際も、兄は北朝鮮を賛美し、周囲や政府も土産を用意して諦めていた中、一人で半ば脅して何とか説得できたこと。その上で、これまでの政府の対応については疑問で「5人帰国の際も両政府に密約があったのではないか」「経済制裁を’06年核実験後に発動したのは政府の強気パフォーマンス。準戦争状態なので慎重にするべき、と主張したのだが。前政権は解決の戦略無しで強行して失敗した。」と批判。
 更に「これまで憲法九条は解決の妨げ、とも言ったが反省している。マスコミで有頂天になっていた」「甘いと言われようと今後は対話と交渉しかない」「過去の清算を、と言われるから何をすれば良いか戦略立て、準備を。」など、対話を強調。「表で強気、裏で謝罪しつつジャーナリストを救出したクリントン長官はファインプレー。」「新総理も表裏を使い分けて強かに交渉を。」と、国連で「ら致問題解決」を主張しながら国内では殆ど触れない鳩山総理に強く訴えかけた。
 その他、桂敬一氏の講演では「アジアと共同体を築くならEUより柔軟に。竹島・北方領もコモンズ(共有)にしてはどうか」等主張.他にきたがわてつ氏の「憲法前文唄」もあり盛りだくさんだった。
Posted at 09:56 | よの中なのよ。

てんのうへいかばんざい!? [2009年11月12日(木)]
 かつて某戦艦アニメが流行った頃、教室に入ると「デスラ‐総統万歳!」と声をそろえる遊びが一部で流行ったそうな。(?.?)
 天皇20周年式典が開かれて、エグザイルがコンサートしたらしい。とかいうワイド症ネタはともかく。当の陛下は意外なご発言。
  ★この夜、国家放送で中継された「天皇在位20周年式典」を見る。
 肝心の陛下のお言葉は意外だった。まるでお祝い気分に水を差す「戦争の惨禍を忘れぬ様」との発言。一見、「空気を読まない」この発言は、有る意味正常な感覚に思えた。冷静に考えれば、現代の皇室の存在意義は薄れる一方に思える中、自称愛国者など「皇国」を願うごく一部は、この「国の象徴」をカリスマとして祭り上げたがっていると見える。
 一見皇室を賛美している様だが、そうした神輿に乗ればどう云う事態になるか。前大戦の記憶の有る今の陛下は十分理解しているだろう。下手をすれば、大部分が厭戦の国民に見捨てられかねない。そうと解っているからこそ「国旗・国歌は強制しないのが望ましい」発言や「海外視察は程々に」そして今回の発言などで、担ぎ上げられる前に「対抗」したのだろう。
 しかし、そうした発言をどう理解したのか(TV中継で見たところでは)最後は参列者は全員「天皇陛下万歳!」連発で締めくくっていた。「万歳突撃」「万歳クリフ」の惨禍を皆は忘れたのだろうか。
Posted at 23:07 | よの中なのよ。

怪我・弁当は職人諺!? [2009年11月09日(月)]
 この前『怪我と弁当は自分持ち』なる聞きかじりを紹介したら、元は誰の言葉か気になった。ぐーってみると、どうやらかつて職人がその日暮らしの頃「労災」などあり得なかった厳しい実情を皮肉ったものらしい。
「職人は怪我と弁当自分持ち」というのが元の諺らしい。この「職人諺」の意味は、「職人は昼飯も出ない上、怪我をしても補償も無い」という厳しい状況を指す。一見フリーで気楽な稼業、と憧れる奴に忠告する意味もあったろう。
 これと同じなのが「冒険あそび」。自然な中での遊びは一見自由で気楽そうだが、それは危険と引き換え。怪我をしても自分の性、と自分で責任を取れることが条件だ。
 けれど今の「先進国」日本では、子どもが怪我した場合に原因となった物の責任者を訴える権利が保証済み。学校で怪我すれば教職員、公園遊具で怪我すれば遊具メーカーを訴えるのが常だ。
 結果、訴訟リスクを回避するため公園でも学校でも野球禁止、など規制事項が増加。子どもの外遊びが制限され、木登りも釘刺しも失われた遊びとなった。
 そこで近年あちこちで始まったのが「冒険遊び場」。管理役の『プレイリーダー』は最低限の危険回避の術など指導はするが、基本は遊ぶ子の責任&自由に任されている。その前提となる決まりごとが『怪我と弁当は自分持ち』。あくまで協定レベルで、法的義務ではないので訴訟を抑止するものではない。
 それでも「自由なら危険もかまわない」と認める子どもと保護者を選抜するのにはこの『怪我・弁当』フレーズは覚えやすいし役立つはずだ。
Posted at 18:51 | 里山ってふる里?

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[12.21]
「里山らしさ」協定づくり 里山らしさってなんだろう?
 今日は「南山の自然を守り育てる会」会合。「美の条例」や「グリーンチェーン認証」のような里山環境を生かす仕組み作りがテーマ。そこで議論になった。
 本日12/21のテーマは「里山ルールづくり」というべきもの。今後の開発が進む中で、今の南山の自然や環境を残すための指針となる文面について、議論された。
 まちづくりに環境や自然を保つ仕組みとしては、8つの視点から50余りの細かい基準を町が決めた「真鶴町・美の条例」や、環境に配慮した家造りなどに市が3段階に認証を与える「流山グリーンチェーン認証制度」などがある。
今の「自然を守り育てる会」では条例作りなどは困難なので、来年秋くらいまでに内容を決めて専門家に相談する事に成った。そこで問題となったのが、何を目標にすれば今の南山の「里山らしさ」が保たれるか、であった。
例えば、「オオタカと棲める町」など生物指標を提示するか。または「景観」を中心に「生物多様性」も折り込むか。幾つか案は出たが、異論も出て絞り込めなかった。代わりに、これまでの観察結果や、「里山とは何か」を調べて行く中で目標を考えて行くことになった。
 また、公園予定地など緑の残る部分への管理、希少種以外の生物調査と保全策の提案も先行して行うべき、と一致した。

[11.17]
南山民有緑地についての提案 南山の「民有緑地」について幾つか提案です。
(1)まずコンセプトを決める。
 この緑地の解りやすい目標。「オオタカも見に来る丘」など。
(2)南山の中で、この緑地の位置付けを決める。
 例えば「奥畑自然公園とコモンズの緑を繋ぐ」など、今後の活動に広げられる様に。
(3)現状の植生を保つ部分と、伐採・植栽を行う部分のデザインを決める。
 植栽も含め緑が繋がる様に。
(4)建築物は最低限必要なものに留め、仮設で代用出来るものはないか考える。
(5)細かな活用法・場所の名前などはできるだけ募集した参加者に案を募集して決める。カイコ、カヤネズミなど移動しなければ居ないものより、カブトムシ、バッタなど今も居るものを活用するべき。
 とりあえずこんなところです。宜しくお願い致します。
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