WEB拍手お礼ログ(〜2009/12/27分:沖田姉弟、土ミツ沖、土ミツ)



(沖田姉弟)

「そーちゃん、どーっちだ」
 調子をつけてそう言い、差し出された両の拳をじっと見つめ、彼女の弟は熱心に考え込んでいる。次第に焦れて小さな手でなんとか姉の手をこじ開けようとするものの、「ずるしちゃだめよ」と笑っていさめられると、ばつの悪そうな顔をして首をひねるのだった。
「じゃあ……こっちです」
 充分に考えても納得のいく答えが出せないと悟ったのか、右手が心もとなげに彼女の左の拳を指さす。
 ミツバは目元をふわりと緩ませた。
「あたり」
 ミツバが開いた白い掌の上に、小さな丸い飴玉が乗っていた。ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせている総悟の椛のような手に飴玉を手渡してやると、ありがとうございますと言って両の手で大事そうに包み込む様子が愛おしい。思わず空いた手で頭を撫でて、
「飲みこんだらだめよ」
 といさめると、子供は真面目くさって「はい」と頷いた。

 総悟がひとしきり礼を言って去ったあと、ミツバは端坐したまま目を閉じた。遠くで風の音がする。
(……母様も、こんな気持ちだったのかしらね)
 両の拳をつきだして、どちらに飴があるか当てさせる遊びは、今は亡き母が彼女によくしてくれた事だった。ミツバが負けたら母さんがもらっちゃうわよ、と宣告されて、絶対に勝たなければと躍起になったものだ。
 他愛ない勝負に一度たりとも負けなかった秘密にようやく気付いたのは、彼女がもういなくなってからのことだったけれど。

 クスリと笑って開かれた右の掌の上で、総悟に手渡したものと同じ色の飴が静かに転がった。







(土ミツ沖)
「みて、十四郎さん。お月さまがあんなに綺麗」
 手を合わせて無邪気に喜ぶ姉の横顔に、月の光があたっていた。総悟は薄目をあけて、ぼんやりとそれを見ていた。力を抜いて凭れていた男の背中が少しこわばるのを感じる。
 こいつ見惚れてやがる、と思うほどに腹立たしいが、眼を開けて殴ってやるのも億劫なほどに稽古後の身体は疲れていた。仕方なく眠ったふりを続けていると、総悟を少し負ぶいなおして十四郎は低く呟く。
「……満月か」
「ええ」
 少しまぶしげな眼をして、嬉しそうに藍色の天空を眺める彼女の無防備な手のひらが、先ほどから宵夜の薄闇に白く浮いている。ふらふらと危うげな蝶のように、その手はさり気なく揺れて隣を歩く男のすぐ傍を幾度も通り抜けるのに、いつだって彼はその手が彼にとって何の意味も持たないものであるかのような態度を貫いた。そのたびに、総悟は舌打ちをしたい気持ちになる。
(ヘタレ土方。……手ぐらい繋げねーのか)
 そうしたら、こっちにだって文句のつけようもあるってのに。
 けれど彼が姉の手を引くことができないのは、背中に負ぶさる子供が落ちないよう、両腕でしっかり脚を抑えているからなのだ。
 いつだって、ほんとうは知っていた。








(土ミツ)
「あ、わ、悪い」
 何かの拍子に触れてしまった手を慌てて引っ込めようとすると、思いがけずにぱしりと捉えられた。何事かと息を飲んでいると、ミツバは十四郎の手を掴んでまじまじと眺めながら何かをじっと思案しだした。
「おい、……なんだよ」
 ぎこちなく身じろぎをするものの、彼の右の掌を掴む彼女の手の感触にばかり意識が行ってしまう。剣ばかりを握る筋立ったそれと同じ器官とは思われないほどにしなやかでほっそりとした指。このまま少しでも思わぬ方向に力を入れれば壊してしまいそうだ。
 一刻も早く離してほしい。だが、無理やりひきはがしてしまうには酷く名残惜しい。
 葛藤していると、ミツバがそっと身体を進めたので十四郎はびくりとして後ずさりをした。高くくくった髪が揺れる。そっと伸ばされた白い手が、ぴたりと彼の額に張り付いた。
「やっぱり」
「………!?」
 もっともらしく呟かれた言葉の意味を問い返すこともできず、十四郎は口をぱくぱくさせるしかなかった。額にふれる柔らかく冷たい手の感触と、胸元まで来た彼女の頭の辺りから漂う甘い匂い。年若い青年の声を奪うには充分な凶器であろう。言葉を発することもできず固まっている青年を上目づかいに見上げ、ミツバは心配そうな顔をした。
「少し熱いわ。熱があるんじゃないかしら」
 帰って休んだほうがいいわ、と姉然として言い、ミツバは洗濯物を抱えて奥に引っ込んだ。
 十四郎はふらふらとなり、近くの柱にごつんと頭をぶつけた。拳で抑えた額の中で、何かがガンガンとうるさく音を立てている。胸の早鐘が、当分収まりそうにない。
(なにが『熱いわ』だ、馬鹿女……)
 ――誰のせいだ。