028宮下町のこと |
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石岡史跡保存会発行の 「石岡郷土資料23」 によれば、石岡の地番振り出しは常陸国総社宮となっています。 宮下町は、その1番地・総社宮を中心として南東から南西に広がる一帯です。町内を横断するのは県道石岡つくば線で、府中橋を越えて志筑へ向かいます。 総社宮の参道は、もともとこの県道側にあり、宮下児童公園の脇に古い鳥居が立っています。そこには、「天保十年九月 世話方 宮下町」の文字が刻まれていて、170年前に宮下町で寄進したことが分かります。鳥居の高さは4・6mで大きなものですが、現在の参道にある大鳥居は8.7mあり市内で一番大きい物です。 同町には、宮部へ通じる御水洗下という田んぼに「子泣き塚」という次のような伝説が残っています。 その昔、田の草取りをしていた子を背負った女性が、大地震の地割れで親子共々そこにのみ込まれてしまいました。以来、夜な夜なその場所から子供の泣き声が聞こえてきました。村の人たちは、その場所に塚を盛ってこれを弔い、その場所を子泣き塚と呼んだそうです。 総社宮祭礼での宮下町の出し物は、幌獅子です。土橋町と仲之内町と共に、例年獅子を出しています。 昭和53年7月1日、住居表示法施行により、占呂下町は総社二丁目となりました。
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