033若松町のこと |
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若松町は、人口約三千余人・世帯数千余戸の石岡一の大町内です。住居表示法施行によって、若松町は昭和53年7月1日に 「若宮一・二・三丁目」、昭和54年7月1日に 「若宮四丁目、若松一・二・三丁目」と地名が改められました。 古くはここを 「長峰寺」 といいましたが、正徳4年(一七一四) 3月20日郡奉行井上源蔵の時代に 「若松町」と改称しました。 若松町の名の由来は、町内に鎮座する若宮八幡宮境内の、八幡太郎義家旗立ての松にちなんだといいます。「若松」の地名は全国各地にあり、めでたい嘉字として名付けられたものと思われます。 戦前までは、通称で長峰寺と呼ばれていましたが、これは若宮一丁目の馬頭観音堂近くにあった大きな寺院の名称を取ったものです。現在、観音堂には、昭和40年2月24日に県指定文化財となった十一面観音が鎮座しています。この仏像が、昔の長峰寺の御本尊であったといいます。 長峰寺は、明治3年2月10日夜、長峰寺付近からの出火によって、折からの北西風にあおられ全焼しました。この長峰寺の大火によって、若松町・青木町・香丸町・金丸町が焼失しました。 若松町の名の元となった若宮八幡宮は、息長足姫専、誉田別尊、姫大神が祭神です。神亀5年(七二八)9月、この地に若宮八幡宮を建立されたと伝えられます。 永保2年(一〇八二)には、八幡太郎義家が奥州征伐のみぎり、当社へ参籠して朝敵退散を祈願しました。 天正18年(一五九〇)、佐竹氏の府中攻略の際に焼失し、寛永4年(一六二七) に、皆川山城守が本社ならびに拝殿を建立し、御供免十石を寄付しています。
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