035香丸町のこと

平成20年の年番をつとめた香丸町には、平成2年に完成をみた三層欅造りの豪華な山車があります。

 その年の夏、山車完成に際して大相撲の大関小錦と水戸泉関が駆けつけ、盛大なお披露目式が行われました。山車人形の聖徳太子が見守る中、両関取は山車の舞台に登って餅まきをしました。

 巨漢の二人が乗ってもびくともしない堅牢な造り、それはまさに伝統ある香丸町が全町の力を結集して築いた栄えある山車でした。

 明治時代、水戸に次ぐ県内第2の商都として栄えた石岡町の中心は、香丸町でした。香丸上町・中の組・下町の三つに分かれていた香丸の通りは、酒・醤油・砂糖・下駄・荒物などの豪商が軒を連ねていました。

 そのほとんどが、卸売が主で小売りは従という形態。当時の岩間・八郷・千代田・小川・美野里方面、遠くは鹿島の方から多くの商人や買い物客がここに集まってきたといいます。

 江戸時代の古文書「府中雑記」 には、「香丸という人あり。居所は今の照光寺地面なりと云伝う。……今は絶えてなし。何れの時にかこの香丸絶えしにやわからずなり。祭りを務むる六人の内一人なり」とある。祭りとは青屋神社の祭礼であり、それを司るのは中世府中の六名家といわれた弓削(ゆげ)・税所(さいしょ)・小仁所(こにしょ)・香丸・金丸・中宮部でした。その六名家の一つである香丸氏は、江戸時代にはいなくなってしまい、名前だけが町名として残りました。

 香丸町の名を刻んだ町名碑は、香丸通りのほぼ中央・浜近商店の前の歩道に建っています。

 昭和5371日、住居表示法施行によって「府中一丁目・二丁目」に改められました。


034 目次 036 037