0055大正時代の石岡

石岡に初めて電気が灯ったのが、大正元年10月のことでした。電力供給元の石岡電気株式会社は、浜平右衛門を始め石岡町の有力商人が中心となり創立されました。

 石岡電気の供給範囲は、志筑村・竹原村・堅倉村でしたが、逓信省の奨励のもと高浜電気と合併して、その範囲を玉造町・田余村・三村・関川村へと拡大しました。

 そのころは、金丸町の本社脇に設置された蒸気とガスの発電機から送電されていましたが、大正5年以後は利根川からの水力発電による電力を購入するようになりました。

 これより数年後の大正11年、もう一つの公益事業・鹿島参宮鉄道が設立されました。東京の実業家の計画を受けて、浜平右衛門と高木市兵衛らが中心となり石岡?玉造16kの路線が決定しました。

 アメリカの弟から 「バスとの併行運営を」 と提案された浜氏は、「人間には見聞の広さと郷土愛が必要」と述懐しています。郷土のリーダーの活躍によって活気づく石岡町で、盛大な新治郡物産共進会が開催されたのもこの時期です。


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