0060峰寺山西光院 |
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古生の北端に、襟高380mの峰寺山があります。その中腹に「関東の清水寺」といわれている天台宗西光院があります。ここは、通称峰寺と呼ばれ、馬頭観音が古くから知られていました。寺伝によると、平安初期の大同2年(八〇七)、徳一法師の開基と伝えられています。 徳一法師は、藤原中麻呂の第九子として生まれ4歳で仏門に入り、20歳のときに奈良の有名な法相宗の学僧となりました。 その頃の堕廿洛した都の仏法に飽き足らず、関東に来て筑波山の中禅寺をはじめ、東北でも法相宗の布教に専念し、三十余の寺院を建立した名僧といわれています。西光院もその一寺といわれ、筑波山に沈む夕日の美景から、西方極楽浄土の想いを寄せて「西光院」と名付けたと伝えられています。建立当時は法相宗でしたが、いつの頃か真言宗となり、江戸時代の元禄期になって天台宗に改宗されました。 西光院本堂は。間口・奥行共に7.6m。総高22mの寄せ棟造りで、巌石上に組まれた脚高は11m余の懸造りという珍しい建造物になっています。堂内には、高き10mの自然石の上に直径1mの丸石が重なり、あたかもコケシ人形のような形状の自然石があり、霊石・馬頭観世音として深く信仰されてきました。 現在の堂宇は寛政3年(一七九一)に再建されたものですが、回廊からの眺望は素晴らしく、八郷盆地をはじめ、霞ケ浦や遠く太平洋までも望めます。 また、筑波連山の四季の変化や月夜の風景も格別です。昭和25年に「茨城百景」 の一つに選ばれ、昭和49年には県の重要文化財に指定されました。本堂正面からは八郷盆地の全景が望めますが、足がすくむような高さです。
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