0061太田の善光寺楼門

フルーツラインを笠間方面へ向かい、吾国山の麓に近い太田の集落に入ると、右手に茅葺きの大きな山門が見えてきます。

 国の重要文化財に指定されている善光寺の楼門です。

 建物の様式から、千五百年代前半に建てられたと推定され、室町時代の特色を持つ貢重な建造物として、昭和58年に国の重要文化財となりました。

 楼門は両側に阿畔の仁王像が安置された仁王門で、行方市(旧玉造町)の西蓮寺仁王門と極めて類似しているといいます。

 500年前に建てられた木造建築物が残っているのは珍しく、市内では最古、県内でも五指に入る古いものといってよいでしょう。

 面白いことに、楼門の造りは平屋建てなのですが、屋根裏部分の造りが二階建て構造になっていて、何らかの理由で予定変更したことが想像されます。戦国時代の不安定な世相を反映した、謎めいた楼門です。

 善光寺は真言宗豊山派に属し、室町時代の文亀元年(一五〇一) に小田城主であった小田成治の母堂が善光寺如来を深く信仰していたため、万世安楽の地として太田を選び、当寺を建立したといいます。

 山門をくぐり奥へ進んでいくと、傾斜地の一角に大きな五輪塔が整然と並んでいます。これが、当時の小田一族の墓所といわれています。

 無住となっている本堂は傷みが激しく、右手の屋根は崩落し、痛ましい様相を呈しています。立派な彫刻や装飾、建物の規模から察すると、かつては荘厳なお堂だったことが容易に想像できます。

 また、旧暦の614日には夜を徹して行われる「太田の万灯」は、古くから賑わってきた伝統の祭りの一つです。

 地域の歴史を見つめてきた古い楼門。そのたたずむ姿は、私たちに何かを語りかけてくるかのようです。


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