0062旧格内の薬師さま

八郷地区の足尾山の麓に最近まで、狢内(むじなうち)という名の集落がありました。合併前に名前が変わり、今は「龍明」と呼ばれています。

 その集落の中に、立派な薬師堂が建っていました。薬王山長楽寺。真言宗のお寺で、最初は滝本本坊という名でしたが、慶長10年(一六一四)に長楽寺と改めたそうです。

 鬱蒼とした参道の正面に仁王門があり、両側に阿畔の仁王像が目を光らせています。なんだか江戸時代のままといった雰囲気で、時代劇のロケに何度か使われた場所です。

 江戸時代の国学者・平田篤胤の「仙境異聞」に出てくる空中飛行の杉山大僧正の寺といわれ、境内は、神秘的な空気に包まれています。仙境異聞は、天狗、仙人、妖怪、未知の動植物、神々と魔物などの登場する奇怪な物語だけに、境内に立つとますます不思議な気分になります。

 彫刻を巡らせた立派な薬師堂は風格があり、その仔まいからかつての賑わいが伝わってきます。薄暗い堂内にはご本尊の薬師如来像が安置され、両脇には十二神将が控えています。

 多少破損があるものの、いずれも立派な仏像で、往時の寄進者の財力や信仰の深さが感じ取れます。

 お堂のそばには薬師井戸や天狗のたもと石、天狗腰掛石などがあり、それにまつわる物語を想像すると、ますます神秘の世界に引き込まれそうです。

 さらに、石仏がいくつもあり、刻まれた文字を読むと、大乗妙典、六十六部日本回国塔、西国巡礼塔などであることが分かります。江戸時代の庶民の信仰や旅の記録が窺えます。

 今でこそひっそりとした境内ですが、霊験あらたかなこの薬師様には、さぞや大勢の人々がお参りに訪れたことでしょう。


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