0066(1)野々井〜室ケ井〜石井

蛇口をひねると水が出ます。当然のことですが、50年ぐらい前までは人々は井戸から水を得ていました。石岡でも、我々の祖先たちは府中六井という井戸の周囲に集落を成し、その湧き水によって生活が支えられていました。

 「府中六井」と呼ばれるそれらの井戸は天然の湧き井戸で、現在の市街地を取り囲むように点在しています。野々井・室ケ井・石井・小目井・鈴緒井・杉ノ井がそれらの名です。

 野々井は、笠間街道のかたわら、北ノ谷(北府中) にありますが、今は宅地の中にありその姿は跡形もありません。

 昭和9年発行の「石岡郷土誌」には、カスリの着物を着た少年が、清らかな水のこんこんと湧き出す野々井をのぞいている写真が載っていて、現在とは隔世の感があります。

 野々井にはこんな伝説があります。

 その昔、この辺りには大蛇が棲んでいました。男がその大蛇をつかまえて殺し、この水で洗ったところ、その血は付近の田んぼを真っ赤に染め三日三晩霞ケ浦へ流れ続けました。

 ふるさとの 野中の清水 ぬるければ 物の心を 知る人ぞ汲む(読人不知)

 室ケ井は、富田町から兵崎へ通じる小道の東方、びんづる谷津の中にありました。現在は国道6号の下敷きになっています。

 かつて府中六井の付近の数坪は、耕作が禁止され、周辺の畑地では肥料の使用も厳禁とされ、湧水の清らかさが守られていました。

 びんづるの 谷津に月さす 室ケ井の 湧出ずる 水の流れ清けれ(読人不知)

 郷土史家・手塚正太郎氏は、「六井は石岡町を育てた産水であり乳房である」と語っています。

 青木町通りを西に向かうと、太田道潅が武運長久を祈願したといわれる若宮八幡宮に突き当たります。神社から西方を望むと、恋瀬川から谷津が深く入り込み、辺りの台地には住宅地が広がっています。一部に田園が残されていて、脇の傾斜地に案内板と石柱、簡素なお堂のようなものが建っています。そばに寄ると、井戸コガが地面すれすれにふせられていて、そこからちょろちょろと水が湧き出ています。

 ここが府中六井の一つ、石井と呼ばれる井戸でした。石井のお堂の中には、大きな石の地蔵尊が奉ってあり、竹筒に花が添えてありました。

 六井の中で、現在でも水が湧き出ている唯一つの井戸です。

 涼しさに 千歳をかけて 契るかな 石井の水の 清き流れに(成就門院)


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