0075貝地の護身地蔵

むかしむかし、舟塚山古墳の辺りで激しい戦いがありました。戦いに敗れ、傷を負った一人の武士が、貝地の地蔵尊付近まで逃れてきました。

 そのころの貝地辺りは民家もあまりなく、地蔵尊のほかにはごみの塚が見えるだけでした。追っ手の武士数人がやって来ました。あわやという時、突如突風が巻き起こり、辺りに土砂が舞い上がりました。武士たちは、目を開けていられなくなり一瞬たじろぎました。

 いつの間にか、老婆が現れ稲籾を分ける作業を始めました。

「そこのごみの中に隠れて」 と老婆は、逃げてきた手負いの武士にいいました。傷ついた武士は、いち早くごみの中に潜り込み、息を殺してじっと耐えました。

「ここに誰か逃げてこなかったか」と追っ手の武士たちが老婆に詰め寄りました。

 「いいや、誰も来ん」

 「残念、取り逃がしたか……」

 武士たちは辺りを見渡し、その場を立ち去りました。すると、すぐに老婆の姿もかき消すようになくなり、後には稲束とムシロだけが残っていました。

 危うく命を救われた武士は、老婆は地蔵の化身だろうと考え、地蔵の前にひざまずき、何度となくお礼を述べました。

 それから数年後、その武士は再びこの地を訪れ、石の地蔵を寄進しました。

 それ以来、この地蔵を地元では護身地蔵と呼ぶようになりました。護身地蔵は、風邪に霊験が高く、風邪が治らないとき、あるいは風邪をひかないようにと願をかける人がいます。願いどおりになったときには、ごみを入れたワラ筒を供えるという変わった風習が残っています。


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