石岡市は「関東の灘」といわれ、多くの酒造メーカーがありました。昭和十年頃、白鹿酒造の前で揃い踏みをした風景です。その後、昭和16年の戦時体制により、日本酒は配給制度になり、多くの酒造メーカーが合弁や廃業の憂き目に遭いました。白菊や白鹿はその荒波を越えて現在でも親しまれています。