2001年7月30日 オープンキャンパスのためのメモから

比較文化の窓口・・・民族音楽学と環境音楽論の接点




比較文化とサウンドスケープ
東の音/西の音-----持ち運べる音/持ち運べない音
文化の総体としての音風景/ メディアや機械で作られる国籍の無い音


アメリカやヨーロッパの音楽をベースにした近代音楽のほとんどは、クラシック系であれポップス系であれ、同じような語法と楽器奏法によって共通の音、共通語をもっている。それによって普遍性と、親しみやすさを獲得し、聴く者の参加を即座に促し、取り込むことに成功した。しかし、個々の地域文化に根ざして長い伝統に培われて育ってきた音楽や楽器は、易々とは外来者の理解を許さない。まして、それを外へ運び出そうとしても、特産の植物や花のように、気候や風土に依存して生命力を発揮するものは、簡単な輸出や運び出しを可能としない。

キャンパス内に音を仕掛けること
大学の雰囲気、生活の場としてのキャンパスに固有の音とは何か。人々は日常の生活の中で、特に意識をすることなく全ての環境音を耳にし親しんでいる。異常な音がする時にのみ音の発生を意識し、危険やアクシデントを察知する。だからそれ以外の小さな音は耳に留めずに暮らせる事がむしろ平和で、平穏なことなのかもしれない。本来そこに在るべき音は、あえて意識の外に置き、ほとんど気にとめない習性を身に付けることで、音から開放され、聴覚的ストレスから逃れられていると言える。その代わり、ちょっとした魅力的で新鮮な音の体験もすっかり忘れ、放棄しているのではなかろうか。

気付きのための音響彫刻
アンビエントな音響を環境音に加えることによって、美しい音風景や新鮮な音のシンフォニーが聞こえる事に気付くこと。風景と同じように刻々、光りや風によって周りの印象が異なる事を、ある音がサインとなって気付くこと。その情景にしかない、固有の音風景の存在に気付くこと。人々が有意義に生活し、生き生きと活動することによって、そこにしか生まれ得ない音文化の特質が、その総体を見せ始める。

音作りを考える
今年は、東西の音を問わず、テクノ系の技術とアイデアでアンビエント系の音楽?の制作に挑戦。大学の雰囲気、校舎を取り巻く環境にささやかな仕掛けをする。あー、しかし、大学でなければもっと自由で豊かな発想が湧いた筈・・・・。本来は、フィールドワークや音の文化誌を創る研究を通して文化の根っこを見て、聴いて・・・生活体験の中から耳の在りようを考えるプログラム。

退屈で,刺激の少ない、でも飽きない音のテクスチャーを目指して
何事も起こらず,退屈な日常・・・。でもそこには生活する人々の端然として豊かな活動と、背景となる自然の営みが混ぜんとなって生まれる独特な音風景がある。似たような街角の風景もそこで暮らす人々や訪れる人の目的によって,音声に決定的な違いがあるし,車や通りの騒音の質も異なる。人知れず咲く道端の草花にふと気付く小さな幸せに似た,小さな音たちとの出会いや、複雑であいまいな環境音の正体に気付くことがある。実験は、雲の流れを追って行くゆとりを、しばし取り戻すための音の仕掛けであり、耳の複権を呼びかけるための仕掛けである。ちょっと立ち止まって,耳を澄ましてみて下さい。こんなに沢山の音に囲まれていたのです。アンビエントな音の正体の謎解き。

ワールドミュージックとしてのポップス
クラシックと呼ばれる近代音楽が培ってきた音楽の三要素は、間違いなく、民族に固有ないくつかの音楽的要素を謳う民族的ポピュラーソングに受け継がれたが、しかしそれは本質的に没個性的な、普遍的な、合理的な音組織の上にあぐらをかく汎世界的なものにすぎない。日本のポップもクロアチアのポップも、ドイツのポップも、言語の違い以外にはさほどの差がない。ワールドミュージックという呼称は、同じフィールドに皆がたむろする事を容認する怠惰で甘えた響きを感じさせる。何所でも、誰でも、いつでも持ち運び可能な、安易な親しみ安さを売る姿勢がみえる。文化の根っこを切り離して堂々と世界中に発信される音楽、音響メッセージは、20世紀の産物であり、メディアの発達に乗って無制限に繰り広げられる商業主義の急先鋒であったが、今一度文化を映す固有の音風景の感じられる控えめな、音の主張を聴き、語り合う時間を取り戻したい。

テクノに連れ去られた感性を呼び戻せるか
武満徹が「沈黙と測りあえるほどに・・・」で問い掛けて以来、数々の警鐘が鳴らされ、文化の中に音を返す試みはなされた。聴き手の耳のしなやかさが要求され、だまされない確かさと、勇気が必要だと、痛感させられた。切り取られた名曲の一部を耳にしても、音響テクノロジーの新しい創作物を聴いても、そもそもの響きが持つ音文化の原風景を一瞬思い起こそうとする。最初に音が発ち現れたであろう原風景をである。それは個人が経験し、蓄えた比較文化のデータの質と量に関わる想像力の問題だ。知らない事が正々堂々とまかり通るのではなく、知りたい、知らねばという思いが必要なのだろう。異文化理解を通して、音は、一音の重みと意味を持ち始めるだろう。

音を生まれた土地に返せるか
地球の音を聴く・・ということは、音楽をそれが生まれた風土や、生活の中に戻して、そこに暮らす人々の日々の営みの一部として捉えるという事だ。空気の湿度や温度、においや色を感じながら、そのなかに混ぜんと存在しつつ語り掛けてくる音風景として捉えるということだ。多様なリズムや音階の変化は、人々の喜怒哀楽を表現する手法でもあるのだから、他者とのコミュニケーションの雄弁な手段ともなり、込められたメッセージが伝わるような歌い方が必要に感じられたりする。しかし、主張をもたない端然とした音の美しさ、面白さに気付かされることがある。音は存在する事で周りを変える。つまり、音は生まれた場所の風景に、また音楽する人の生活の場に、限りなく密接に結びついてそのアイデンティティーを顕わにする。音があるべきところにあることに、一番の意味があるということも忘れないでいたい。

音楽に国境はあるのか
意図的に欧米の音組織や音楽的時間をベースにした音楽は、勿論全人類に分かりやすく、共感しやすい構造をもっているのだから国境があるとは言えない。問題はまさにエスニックな、民族色の強い、伝統的な音楽である。それぞれの伝統が永く、保守性を強固に謳ったものほど、外の人の耳には難しい。面白い、素晴らしいと直感することができても、音楽の本質を理解する、あるいは模倣して新たな創造性を加えるなどという段階になると、いきなりその障壁というか、バリアーが高くなるのは、今までの経験上如何ともしがたいところであろう。これは言葉、外国語を学ぶより、さらに手ごわく異質な美の概念、音楽という概念の違いを突きつけられ、国境を越えるための努力が必要なことを痛感させられるのである。

グローバル化によるアイデンティティーの消失
伝統文化に創造的意図をもって手を加え、新しい時代の要請に見合った伝統文化風現代文化を造リ出したり、すでに普遍的となり世界共通のイディオムとして定着した西欧の素材や手法を使って、ワールドワイドなグローバル化を果たした結果、多くの伝統文化は、通文化の切符を手にして、易々と国境を越えた。しかし、その安易な継承と流行は、それ自体の質を落とし、本来少数の伝統保持者が苦労して継承してきたアイデンティティーの消失を招き、商業主義の犠牲となって短命な消耗品となりつつある。

グローバル化の後のエスニシティーの復活
失われた固有の地域性、伝統文化の個性は、20世紀の芸術運動の中で、常に中心的課題であった。安易な多文化混交の中に吸収されるような採り入れ方ではなく、武満が云うように、東西の音はそれぞれの特性が対峙し競うような形でありながら、融合される事が理想であった。西洋が失ってきた物を、日本の、あるいはアジアの地域文化の伝統に流れる固有の手法、美学をもって、埋めようとした。日本人の伝統文化へのこだわりを、一般化すること、普遍化することで、本質を見失いたくないという思いである。ポストモダンとエスニシティーの問題に入る。

強烈なカルチャー・ショックはどこに
人間が移動する事によって自文化は異文化と出会い、接合され続ける。20世紀の文明の機器の発達はこれまでの歴史になかった速さと広がりをもって民族の融合、異文化間の統合を生んだ。旅をしたり、新たな土地を訪れる事によって、何をし、何ができるのか・・・が変った。18世紀、19世紀の人々が感じたカルチャー・ショックが生んだ新鮮な驚きが原動力となった創造力は、20世紀に入ると大きく様変わりする。事前に得る情報の数々、テレビやビデオをしっかり見て学習し、講師の事前レクチャーを念入りに受けて、精密な地図と案内書を片手にあらかじめ決められたルートを分刻みに移動していく。現地ではさらに日本語のガイドが付く。ホテルでも日本語がOKである。21世紀に入り、このような状況から抜け出して行こうとする若者に、本当に必要なカルチャー・ショックとはどのようなものか。彼らが求め得る新鮮な刺激とは?彼らの今後の創造活動の糧となるようなフィールドワークのありようとは?が問われる。

タブラという楽器はどこに?
楽器そのものはインドから持ち帰ってここにあります。しかし、演奏と言えるほどの音が出ません。インドの伝統音楽の演奏家は生涯、毎日毎日同じ楽器を5時間も練習し続けて、ものすごい技術を習得し、師から弟子へ音楽の本質を伝えようとしてきました。デモンストレーションのテープを聴くと、この楽器にしかない奏法を、口唱歌の形で身に付けて行くことが分かります。誰でもができるという程度を遥かに越えています。インドの地で、伝統音楽の土壌の上に積み上げた独自の響きと音楽的メッセージが感じられます。しかし、この楽器は北インドのシタールや声楽の伴奏に何時も使われるし、映画音楽のようなポップな音楽にもインドの雰囲気を出すための味付けとして気軽に使われます。あるところから、根っこが切り取られて、丁度切花のようにその花の部分だけが効果的に利用されるのです。元々この楽器がその真価を発揮するような演奏法とは関係がありません。少々派手な面白そうな所だけが、繰り返し強調されて、インド音楽の時間的構造を無視しているのです。楽器とは本来そのように伝播し、変容するものかもしれません。ただ、比較文化的な考察をしようとすれば、持ち運ぶことによって失われる物の方に関心がある筈です。

日本の音文化・・・自文化と異文化理解
このおよそ100年間、音楽の世界ほど自文化のアイデンティティーと西欧の音楽文化との違いを意識し、すべての創作活動にその答えを投影し続けたものはない。イタリア人の「蝶々夫人」も,異文化への果敢な挑戦であったが、しかし西欧の少しでも外に位置した人々の自文化への問いかけは苦しいほどの真摯さを必要とした。スラブ系の音楽家、アメリカの作曲家は,非西欧の焦りと,誇りを同時に表現する事に専念した。ましてや,アジアの音楽を基盤とする響きを提示することを要求された日本の作曲家たちは、あらためて伝統音楽の特質を捉え直した。武満徹たちの,1960年代の答えは,決して古くはない,今なお我々に突きつけられている問題でである。
間・・・休止/沈黙,無数の音が犇く間、4分33秒、周囲の音、非楽音、ノイズ
楽器・・・電気楽器/素材にこだわる伝統楽器
奏法・・・異文化の模倣から生まれた技法/伝統的な独自の奏法

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