孤独の円盤 シオドア・スタージョン
Theodoreは、ドイツ語風に読むとテオドールだけど、英語風だと確かにシオドアに聞こえるかも!
ということをふと考えたのだけど、それでもこの短い話は、とてもよかった。
以下、ネタバレ感想にて、未読の人は、この短編を読んでから、以下の文を読んで欲しい。
たぶん、読むのに三十分もかからないよ。
「あー、すごくさみしいな」って思った人には、間違いなくすてきな話になると思う。
ぼくが保証します。
今まで、シオドア・スタージョンについて書かれたものを、少しは読んだことがあるはずだ。
というのも、ぼくは、スタージョンという名前を知っていたから。
でも、一回も、その本を読んだことはない。
すくなくとも、その覚えはない。
別にSFが嫌いだというわけじゃないし、あまりジャンルにこだわらずに読むほうだけど、それでも、今までの読書傾向を見ていると、そこまでSFは多くない。
少なくとも、最近の有名どころは押さえてはいないよね。
まあ、それを言ったら、推理小説なんかも、有名どころはそんなに押さえていないわけだけど。
もともと、好きな本しか読まないこともあって、有名だとか、文壇(というか文学界?)の中で高く評価されているものでも、興味がわかなかったら全然読まない。
そして、それは全然悪いことではないと思っている。
そのため、「名前は知っているが読んだことはない」とか、「有名だからパラパラとページをめくってみたけど、最後まで読まなかった」とかは、けっこうある。
流行の服装を着るみたいに、みんなから賞賛を受けている本を、賞賛を受けているというだけの理由で、自分の感覚に照らしあわせることをせずに読むのは、やっぱりぼくの流儀に反する。
そういうわけで、スタージョンも、名前は知っているが読んだことはない作家の一人だった。
SFは、ハインラインとか広瀬正、いちおう星新一、眉村卓などの日本作家、あとはヴェルヌ、ウェルズ、シェリー(というかフランケンシュタイン)くらいしか読んだことがないぼくでも、どこかで名前を聞いたことがあるということは、たぶんそれなりに一時代を築いた作家なのだろうと思う。
フィリップ・K・ディックとか、アーシュラ・ル・グウィン(アメリカ人とは思えない独創的な苗字だ、すごくかっこいい。たとえペンネームだとしてもかっこいい)とか、ハインラインとかと、同時期の人らしい。
有名な作家の本は、ひまなときにパラパラとめくるときがあるのだが、有名な作家の本は、なぜかあまり面白いものがない。
自分で本棚を探して見つけたものか、どこかのネットで見たその作品からの引用やその作品の感想が素敵だと思ったものは、わりと面白いものが多いのだが。
今回は、ネットでの感想から興味を持って読んだので、どう転ぶか自分でも半々だったのだが…。
さて、前置きが長くなったが、本題だ。
ネタバレはいります。
いやあ、よかった。
すてきだった。
本当に、すてきという言葉がぴったりだ。
甘い甘い甘い。
物語は甘いものが大好きなぼくにとっては、とてもすてきな話だった。
あまい、といっても、いろいろな甘さがあるんだけど、さみしいと思っている人が必要としているあまさがここにはある。
心がとろけていくような感じがする。
ここからは、みなさんが読んだものと思って話します。
(くどいようだけど、ぜひ一回読んでから、この感想は読んでね!)
なんかね、女の人が素敵じゃないですか?
男の人も素敵だけど。
あまりにも、そのさみしさが共鳴できて、なんかこう、うずうずします、心の奥が。
その考え方や感じ方もわかる。
すごいなって思うのは、円盤が、ボトルメールだってところ。
一番、寂しい人のところにやってくるところ。
そして周りの人は、それが何か高度なテクノロジーを持ってきていると信じていて、本当のことを話しても、だれも信じてくれないのが、とてもさみしい。
周りの人は、それを敵国に対する優越的な技術としてほしがったり、そうでなくても自分が一番になるためにほしがったりしている。
優秀で、社会的地位も高いといわれている人が、そんなことしかしゃべらない。
ここで出てくるため息は、おどろきのため息なんだよね。
そう、びっくりですよ。
スーパー種族には、スーパーテクノロジーじゃなくて、スーパー感情があってもいいじゃない?
そう、その女の子は言いますが、まったく、そのとおり!
空とぶ円盤がやってきたせいで、生活は激変、周りに人はたくさん来るのにとても孤独。
デートの誘いも、自分を誘うためじゃなくて、円盤について聞くため。
そりゃあ、泣くよ。ぼくだって、きっとその子の立場だったら泣いてる。
それで、その女の子は、孤独をまぎらわすために、ボトルメールを出すんだよね。
でも、だれかに届いているっていうことが信じられなくなっちゃう。
信じられている間は、まだ心がもっていられたけど、もう限界にきちゃう。
それで、死のうとするんだけど、そこに冒頭の男があらわれて、言うんだよね。
君のボトルメールを見た、そして会いにきたんだって。
そこでこの文ですよ。
どんな孤独にも終わりは来る。
これ!
これだよ!
ぼくが聞きたかったのは!
ぼくが聞きたかったのはこれだ!
いやあ、ここを読んだときは、思わずほほえんでしまいました。
すてきなあまさ。
ぼくもね、すごくさみしかったことがあって、そう、死んじゃいたいくらいさみしくて。
ボトルメールみたいなものを出さなきゃ、やってられなかったときがあったよね。
みんな、ボトルメールみたいなもの、さみしいときは出さずにはいられないのだと思う。
できれば、そのボトルメールが、だれかを傷つけるようなものじゃないといいな。
そのうえ、そのボトルメールを、もう出さなくてすむようになるといい。
どんな孤独にも終わりは来る。
理屈じゃなくて、心が、「これだ!」って思った。
これは正しいとか、これを信じろとか、そうやって言葉にすると変になってしまう。
そういう言葉のどれでもあるし、どれでもない。
でも、たしかにこの言葉は、心の奥にずっしりとささったね。
最高でした。
スタージョン、ありがとう。
どんな孤独にも終わりは来る。
2011/11/11(すごい、1が六連続!)
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