これはおかしい!『ニューシネマパラダイス』!! ニューシネマパラダイス批判


 えっと、いちおうこの話は、この映画(ニューシネマパラダイス)のネタバレと批判を含みますので、まだ見ていない方で、ネタバレや批判がいやな方は、インデックスページ、つまり「ときどき非現実」のほうへ戻ってください。

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 さて、本論を開始しましょう。
 ちょっと、みなさん。
 みなさんは、今まで、ニューシネマパラダイスって見たことありますか?
 わりと有名な映画なので、見たことはなくても、題名だけは知っているよっていう人もいるかもしれないですね。
 この映画、「老人と少年の心温まる感動のストーリー」みたいなことが銘打ってあったような気がするんですけど、ええ、もしかしたら気のせいかもしれません、というか気のせいであってほしい。

 なぜなら、ぼくは、この老人のやったことが許せないからです。
 全然、少年と老人の心あたたまるなんちゃらかんちゃらじゃない!
 少年の信頼に対する老人の身勝手な行動と言ってもいい。
 いやいや、これで泣けたというのは、何か大事なところがカットされた版を見ているんじゃないかと思う!
 実際、この映画は、いくつかの版(ヴァージョン)があって、確かぼくが見たのは、NHKでやっていた、ディレクターズカット版だったように記憶しています。

 で、さっきから何をぼくはこんなに怒っているかというとですね。
 ちょっとストーリーを説明します。
 舞台はイタリアの小さな町。
 映画が好きな男の子が主人公です。
 で、その映画館で映写機を回している老人が、いわば二人目の主人公。
 あるいは、第一位の脇役。
 最初は、ふたりが楽しく映画を見たりする場面だったと思うんです。
 それで、老人は、その男の子が映画の才能があることに気付くんですね、たしか。
 それとも、映画を撮りたいと思っていることを知るんだったかな。
 とにかく、その老人は、この少年に映画への道を進んで欲しいと思い始めます。
 でも、この街は田舎で、とても映画なんてものとは関わりがないわけです。
 そんなこんなで、少年が青年になり、娘さんに恋をします。
 百日間くらい、想いが実るまで道で待つんだったかな。
 たしか、なにか劇か映画かで、同じようなシーンがあるので、それを再現して。
 そして、二人は結ばれるんです。
 いや、ここらへんはなかなかよかった感じの記憶があります。

 ですが。
 ですが、ですよ。
 ここからこの映画がおかしくなりはじめるのは。
 ありがちなことですが、二人は離れ離れになります。
 娘さんが、遠くの大学で勉強をするとかどうとか。
 それで、最後に、出発の日に、老人のいる映画館で会おうね、という約束をして、いったん二人は別れるわけです。
 それで、主人公が、その映画館にいくと、老人しかいない。
 あの娘は来なかったの? と聞くと、来なかったという。
 何か書置きがないか、というと、ない、という。
 おかしい、おかしいと思いながら、じっと待つんだけど、恋人は来ない。

 その後、結局、青年は都会に出て、映画の勉強をして、とても有名な監督になります。
 ひさしぶりに故郷に帰る主人公。
 でも、どんなに有名になっても、彼の心は満たされない。
 いろんな女の人とうわさになっているようだけど、独身。
 最初の彼女が忘れられないから。連絡のなかった彼女が。

 今はすっかり近代化した故郷で、昔の彼女にそっくりな女の子を見つけ、追いかけてしまう主人公。
(いやあ、この気持ちわかるなあ)
 なんと、その子は、あの恋人の娘さんだったのです!!

 なんとか機会をつくって、昔の恋人、今は他の人の妻になっている、その娘さんに会うことに成功した主人公は、そこで信じられない話を聞きます。
 なんと、彼女は、ちゃんと映画館に来たし、書置きも残してきて、連絡先も残してきたというのです。
 は?
 ですよ。
 いったい、どういうことだ?

 なんと、老人は、主人公をだましていたのです。
 映画の勉強をさせるために、故郷から離れさせるために、その恋人とはもう会わないほうがいいと思って。
 故郷にしばられると、成功できないから、と。
 彼女が来たことも、連絡先が書いてある紙のことも黙って。

 なんという最悪なおせっかい。
 とんでもない話ですよ。
 本当に、とんでもない話だ。
 おかげで、主人公は、いまだに独身。
 常に満たされない想いを抱えている。
 こんな大事なことは、自分でちゃんと決めるべきでしょ?
 そうじゃないと後悔が残るでしょ?
 他人に人生の大事なポイントを決められて、成功はしたけれど、幸せにはなれなくて、それは全部、その老人のせいだった。
 最悪な話です。
 本当に最悪な話ですよ。


 昔の恋人に対して、「僕はあきらめない」と主人公は言います。
 彼女は、「もうすんだことだし、あの老人も、あなたのことを考えていたのだ」といいます。
 くそくらえですよ、そんなの、なにもこの主人公のことなど考えちゃいない。
 もし、本当に考えているなら、ちゃんと、話し合うなりすべきだった。
 こんな強引にだますような形でけりをつけるなんて、根性が悪い。
 最後まで、主人公は、「それでも、僕はあきらめない」といいます。
 ずっと、この年になるまで好きで、でも好きな相手は結婚していて。それでもあきらめないって。

 泣きたくなるくらい悲しい話です。
 みなさんも、余計なおせっかいはぜひ控えてほしい。
 そして、この映画は、老人と少年のきずななんて存在しないもののためではなく、主人公の純粋さのためにささげられた映画なのだと、ぼくは思います。
 おねがいだから、恋人の彼女は、あのときの好きだった気持ちをちょっとでもいいから思い起こして欲しい。
 きっと、それができないなら、主人公は、ずっと心に、ものすごく大きな喪失感を抱えたまま、それを埋めるものなんて世界のどこにもないから、ずっとぽっかり心に穴があいたまま、生きていくんだろうと思います。

 名声なんかより、愛のほうが大事。
 名声を強制的に選ばされた人間をえがくことで、これを言いたかった映画なのかな…。