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整理をしていたら、昔書いたものが出てきた。
埋もれさせるのも、もったいないので、ここにアップすることにする。
1〜4まである。これは1。青文字は現在のコメント。
・随筆(小学校以前、小学校、中学校、高校、大学の各ふたつ)
年代ごとにエッセイを書こうとしていた。友人との共同サイトのための企画だった。
ぼくは、たまに、おごったことを言ってしまうことがあります。言ったあとで、後悔するのですが、それでも、言ってしまうことが、しばしばあります。
あんまりにも自分のことばかり考えていた、あたりは、ほらあなのように暗い。
こういう詩がある。ぼくも、自分のことばかり考えていたのかもしれない。自分を貫きすぎたのかもしれない。ぼくは、孤独を感じる。だけど、それは、自分が選んだ結果なのかもしれないのだ。ぼくは、孤独になりたいと願ったわけじゃない。ただ、自分らしくありたい、流行に流されたくない、自分の道を行きたいと思っただけなのだ。だけど、それによって、ぼくは流行の音楽を知らない、ケータイも持たない、芸能の話題にもついていけない、「まじめで勉強家の人間」というものになった気がする。
しかし、ぼくのやったことは、道徳という見地からすると、大して悪いことではない、むしろ善いことのはずではないか。ぼくは、芸能界の話題で盛り上がるよりも、考えるべき問題は山ほどあるだろうと思っていたし、今でも現にそう思っている。流行の音楽を聴く気がないなら、聴かなくていいのは当然の話だろう。ケータイが不要だと思ったのなら、まわりがいくら持っていようと、ケータイを持たないのは、全然悪くない行動のはずだ。だから、ぼくのやったことの全ては、まったく悪くない。心からそう思う。
それでも、やはり、ぼくは孤独を感じている。みんなから、離れている気がする。とするならば、上であげたような出来事(流行の歌を知らない、ケータイを持たない、芸能界の話題についていけない、などなど)は、本質的な問題ではないのかもしれない。上であげたような出来事は、どうでもよくて、もっと別のところで、ぼくは決定打を欠いているのではないか。つまり、他人との接触が少ない、とか。
それとも、やっぱり、上で挙げたような出来事が、本質的な問題なのだろうか。他人とつながるためには、同じ情報を持っていることが、かなり重要になると思うのだけど、ぼくが持っている情報は、あまり他人と共有されなかった。少なくとも、ぼくが興味あることに、あまり他人が興味を持ってくれなかった。そんな気がしている。いつか死んでしまうこととか、どこまでも続いていきそうな自分をすり減らすような日々とか、思うようにならないたくさんのことどもが存在することとか、考えるべきことは、もっともっとたくさんあるんじゃないかと思っていた。いや、今も思っている。
では、ぼくはどうするべきなんだろう。あくまでも、自分の道を貫くべきなのだろうか。それとも、今までよりも、もう少し、他人に合わせたほうがいいんだろうか。ぼくとしては、ある程度、一人でいたほうが、色々と都合がよい気がする。だれか決まった人とグループを作るよりも、ある程度は距離を置いたほうが、いろんな人と話せるから。
結局、ぼくは、このあとしばらくしてから、軽く精神を病むことになったのだが、その大きな原因は、無理に他人にあわせたことだったと思う。そして、そのつらさを話して解消できるほど信頼できる人間がまわりにいなかったのが、解決を困難にした原因だったと思う。
中学校のときだった。カウンセラーの人と、ひとりひとりお話しをする機会があった。ひとりずつだから、悩みがあったら、遠慮なく言うことができるという話だったように思う。ぼくの面談は、金曜日だった。その日は、英会話の塾があったから、金曜日で間違いないはずだ。そして、パソコン部だったぼくは、パソコンをやりながら、順番が来るのを待っていた。しかし、遅い。予定の時間はとうにすぎているのに、順番が回ってこない。記憶が正しければ、ぼくの前は、如月くんだったはずだけど、彼はまだ戻ってきていない。塾があるから、早く帰らなくちゃいけないのに。
このあと、ぼくはこの先生に生意気なことをいい、この先生は、ぼくを傷つけることを言った。それがショックで、自分が傷ついたということすら言えなかった。ちゃんと言えばよかったと思うし、そういう自分の弱さがぼくは好きじゃない。でも、あの先生にも、ちゃんと優しくしてほしかった。のちに、ぼくは、このことについて、別のカウンセラーの人から、カウンセラーとしてそれはよくないことだし、代わりになれないかもしれないけど、あやまるということを言われた。ちょっとうれしかった。あと、如月くんというのは、上に書いた、共同サイトをやろうといっていた友達のハンドルネーム。
自分ひとりでいると、どうにもだらけてしまうことがある。
この書き出しで何を書こうと思ったのか、今のぼくでは知るよしも無い。
イラン人の男の子 世界を広げるチャンスを、棒に振った。今ならもっと話しかけるのに。
だけど、そう思えるということは、自分が成長したということではないのか。
自分の世界が広がったから、そう思えるのではないか。だから、「今ならもっと」と言えるのではないか。「今なら」、と。
自分の世界を広げるには、つらい目にあう必要はないと思う(つらい目にあうと、生き延びたければ、しばしば、自分の世界を広げないといけないことが多いだろうから、自分の世界は広がるかもしれない。しかし、トラウマを残したり、下手をすると自分の世界を狭くすることもあったりすると思うので、全然おすすめはできない)。ただ、自分の世界を広げるには、エネルギーが要るとは思う。
今のぼくなら、ああするべきだ、ああしたいとわかるのに、そのときは全然わからない、頭がよく働かない、そういう現象がよくぼくにはおこる。昔、イラン人の子がいたが、そこまで積極的に話さなかったように思う。本当にもったいないことをした。少し浮いていたようにも思うが、ぼくはもっとちゃんと交流できたんじゃないか?
なんのために生きるのかという質問に対して
なんのために生きるのかわからないという人の気持ちが、まったくわからなかった。生きるのに理由なんかないじゃないかと思っていた。しかし、時が経つにつれ、この質問を言った人は、「今ここに生物としての私が生きている理由はなんですか、メカニズムをおしえてください」というような意味で、この質問を発したのではないのかもしれない、と思うようになった。僕は、彼らが何を意味しているのかよくわからなかったから、この言葉を文字通りに解釈して、「たぶん進化とかそーゆーのがあって、人類が生まれて、それでお父さんお母さんもその生命の流れの中にいて、君がうまれて、特に今まで死ぬような出来事がなかったから、生きているんだよ」みたいな答えが聞きたいのかなあ、でもなんかそんな感じじゃないよなあ、でも何を聞きたいのかよくわかんないなあと思っていた。だから、僕は、そんな質問が飛んできたときには、「生まれたときの勢いで、今まで生きてる」とかなんとか、そんなことを言っていたような気がする。でも、心の中では、生きているのに理由なんかないじゃん、って思っていた。しかし、たぶん、それは質問の意図をうまく汲み取れていなかったのだと思う。たしかに、ある意味で、生きているのに理由は存在しない。つまり、世の中を物理法則と化学物質の集合と見て、価値を計算にいれないような見方で世界を見れば、生きているのに理由は存在しない。生物誕生→進化→人類誕生→あなたのお父さんお母さん誕生→あなた誕生→生命活動を停止させるような要因の欠如→現在のあなたの生存。これで生きている理由はわかったよね!といえるだろうか。ある意味で言える。しかし、この答えでは、「なんのために生きているの」といった質問の答えにはなっていない。この質問は、価値について問いを立てている。上の答えは、価値については、何も答えていない。
生きている理由はなんですか、という質問には、価値に関する前提が隠されているのではないだろうか。「生きているのには、なんらかの理由、目的が存在しているはず(あるいは、存在していなければならない、存在していてほしい)」という前提が。だから、生きている理由なんてそんなのはありません、知りません、わかりません(あるいは、上で描いたような、単に今、生物的固体である貴方がいるための因果的説明)では、彼らに対する答えになっていないのではないかと思う。「何か生きるための目標、目的が欲しいのだけど、それが見つからないんです、どうしたらいいんでしょう」ということを聞きたかったのではないだろうか。別にただ生きていくのには、目標や目的は要らない。何も考えていなくても(あるいは何も考えていないからこそ)、心臓は動き、酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す。しかし、万一、考えてしまった場合…「自分の人生って、これでいいんだろうか。こんなまま、何の目標もないまま、うすぼんやりとダラダラと生きて、死んでしまうのではないだろうか」なんて考えてしまった場合…きっと、そのときは、何か自分の人生に意味を与えてくれるものが…自分はこのために生きているんだというようなものが、きっと必要になってくる。
僕の場合? 言葉で答えるのが、難しい質問だ。しかし、存在しているのは確かだ。僕には、価値観ってものが存在するし、このために生きているっていうものは存在している。というよりも、何かとてもうれしいことが起こったときとかに、「僕はこのために生きてるんだっ」という気持ちになる。自分はこのために生きているんだと常に自覚するようなものは存在しないが、しかし、何かうすぼんやりと、存在しているのは、わかる。それは、少なくとも今のところは、はっきりと言葉でとらえることはできそうもなく(あるいはとらえるべきではないのかもしれない)、理論の網の目をくぐりぬけていってしまうのだが、それでも僕は感じることができる。たぶん、とても幸福で幸運なことだ。感謝。
(2009/01/17)
今も、言葉で捕らえられないけれども、ぼんやりと生きる意味みたいなものを感じることができるのを発見して、おどろいた。本当に、おどろいた。この件に関しては、あのときにすでに理解していればよかったのにという後悔よりも、理解が深まってよかったという満足のほうが大きいのもめずらしいかもしれない。
僕の学問的winding road
僕は、何かを学ぶことが好きだ。世界がどのように動いているのかがわかるのは、とても面白かった。僕が知的に一番面白かったと感じるのは、小学校の授業である。それと、保育園時代の読書やテレビ、友だちと遊んだこと、先生に色々教えてもらったことなどの、素敵な経験。
シートン動物記をはじめて読んだのは、保育園のときだ。さまざまな動物の生態が描かれた、子ども向けの本を読んだのも保育園のときだ。恐竜の本をたくさん読んだのも保育園のときだ。グミの木を食べたのも保育園のときだ。いろいろ恥ずかしい思いをしたのも、保育園のときだ。
算数の証明をみんなの前でやったのは小学校のときだ。クラスを二つに分けて討論したのも小学校のときだ。物語を読む楽しさを知ったのも小学校のときだ。家にお母さんがいないかもしれなくて怖くて泣いていたらみんなが優しくしてくれたのも小学校のときだ。
中学や高校の授業は、学問的には(あくまでも学問的には)そこまで面白かった思い出がない。もちろん、つまらなかったわけではない。面白かったのだ。面白かったと思うのだが、どうも思い出があまりない。ただ、あれはあれでよかったと思っている。実に効率的に知識体系を吸収することが出来たのだから。感謝している。そう、ぼくは、現在の日本の教育制度に感謝している。もちろん、自主的なサポートをしてくれた家族にも。そして、学校生活を楽しくしてくれた全ての友人たちにも。
大学に入った僕だが、実のところ、あまりはっきりした目標があるわけではなかった。何をしたいのかがよくわからなかった。しかし、何をしたくないのかは、わかっていた。少なくとも、わかっていたつもりだった。人間が決めた法律を勉強するよりも、どのように人間が秩序を形成していくかに興味があったし、経済的な原理を勉強するよりも、その経済的状況の中でいかに生きていくのかに興味があった。実のところ、教育学部と外国語大学のことは、ほとんど忘れていた。もしちゃんと覚えていたら、(あまり先生になる意思はないとしても)ぼくの進路は変わっていたかもしれない。というわけで、何がやりたいのか、はっきりしないまま、とりあえず、ここにいけば興味のないことをし続けるなんて悲劇には見舞われないだろうというところに行った。
とりあえず、哲学や文化、社会についての講義を聴いた。講義されている内容が難解すぎてわからないということはなかった。しかし、違和感があった。ある講義を取っては、これは違うと思い、今度こそは面白いだろうと思える講義を取った。それの繰り返し。迷いながら、どうしようかと考えながら、そのとき最善だと思える選択肢を取ってきた。今、ぼくは、上に書いたような、「考える」「想像する」授業を取るのをやめようと考えている。そうではなく「知る」授業に変えようと思うのだ。思想については、色々と考えることができる。文化・社会システムについても色々と想像することができる。しかし、ぼくには、どうしてもそれが、まじめに取り合うほどのものに思えないのだ。もちろん、それはそれなりに面白いところもあるし、知的興奮もあるだろう。いや、そればかりではなく、有意義なところさえある。しかし、それなりに理屈をこねて、実態から、何か奇妙な思想的建造物を作っているようにも思えるのだ。「実態なんてそもそもあるのか?」という言葉には、それなりの意味があると思う。そういう考え方は大事だ。だけど、やりすぎているという気が、ぼくはしている。だから、今度は、「なぜリーマンブラザースが破綻すると世界経済が打撃を受けるのか?」といったような疑問に解答を出してくれるような…そんなことを勉強したい。
学問について、手を抜いたつもりはない。だが、やはりそれでも、ぼくはぬるかったと思う。心残りがある。英語はもっとレベルの高い授業をもっと早くから取るべきであった。別に単位を落としても、そうしたらまたレベルの低いところからやり直せるのだから、いけるところまでいってみるべきだった。ただ、(大学では)学問における心残りはこれだけだ、というのが、不幸中の幸いであろう。あとは、この失敗を次にもつなげないこと、それと、この失敗を出来る限り早く回復することだ。
つまり、自分に能力があると思ったら、無理かもと思うレベルのことにも挑戦してみること(もちろん手ひどいダメージを負うことがないという前提で)、それと、今すぐにでも英語を高校のときなみに、あるいはそれよりもっと力を入れてやることだ。
(2009/01/09)
このあと、大学に耐えられなくなって、勉強自体があまり手につかなくなることになる。それでも、語学はそれなりにやっていた。結局、いろいろな授業を取ってみたが、どれも期待はずれで、自分の望む勉強ではなかった。要するに、アカデミズムとやらは合わなかったのだ。でも、それでも、面白いと思えるものはいくつか出会えたし、そういう面白さへのヒントみたいなものは得られたんじゃないかと思う。