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書類を整理したら、昔に書いた詩が出てきた。
福島原発が爆発したあと、たぶんすぐか、どんなにおそくとも数ヶ月たったぐらいに書いた作品たちのはずだ。
どこかに発表しようとも思ったが、そんな場所はないことに書いたあとで気付いた。
詩の新人賞みたいなのは、調べた限りでは、なかったはずなのだ。
それとも、ぼくは見落としをしただろうか?
ともかく、発表するあてもないので、ここに公開することとする。
無断転載は、商業利用でないかぎり可能。ただし、出典は明記すること(たとえばウェブサイトの名前と管理人の名前とアドレスを書くとか、ね)。



 詩



 肯定的な否定

絶対に大丈夫
本当は根拠なんてなかった
そのせいで人が死んだ

人間の限界は自分にはわからない
自分で限界を知ろうとした人は
過労死した

失敗したらまたやりなおせばいい
やりなおせない失敗で
土地は汚染された

どうすれば元にもどるのか 知らないのに
どうすれば生き返るのか 方法はないのに
前向きな言葉が
わたしたちを死に近づける

けんきょさのない わたしたちの心は
わたしたちが 自分でつまづくまで このまま
つまづいて 死んだら それまで

 原発事故という人災と、労働災害についての詩



 男の人は強いんだから

男の人は強いんだから
わたしを守ってくれなくちゃだめ
男の人は強いんだから
オサイフはあなたが出してね
男の人は強いんだから
わたしをなぐっちゃだめ、わたしがたとえなぐっても
男の人は強いんだから
少しはわたしの言うこと聞きなさい
男の人は強いんだから
わたしのワガママにつきあってくれなくちゃだめ
男の人は強いんだから
わたしが死ぬまで守ってくれなきゃだめ

 ジェンダー詩。正直、女の人はXXだから…も作らないと不公平だと思う。そういう意味でこの詩は未完成だ



 正義を実行するとき

正義を実行するとき だれかのこころが小さくなる
道理を通せば こころがひっこむ
正義や論理は言葉で説明できる こころやきもちは言葉で説明しにくい
道理は理屈だから 理性にはわかる
こころはきもちだから わからない感性がある
正しいことが大手をふって まかりとおるとき
正しくもまちがってもいないものは 小さくなってひっこむ
こころが大手をふって まかりとおるとき
何かひっこむ?

 正しいっていうのは、正しいっていうだけの話で、それって正しいかどうか以外の価値を踏みにじることがあるんじゃないの?・・・とかいろいろ考えた。自分でもまとめきれてない気持ちを書いた。



 やさしく拒絶する

好きな人はいるの?
だれかが ぶしつけに こう言う
そのたびに ぼくは 少しだけ いやな気持ち
ぼくは あなたを やさしく 拒絶したい
そんな プライベートなこと 聞かないでくれ

そんなこと 君に 関係ないだろう
そういうことを あなたを傷つけないように 伝えたい
ぼくは あなたを やさしく 拒絶したい
ぼくは あなたに まだ そこまで ふみこんで ほしくないのだと
そういうことを いう気分では ないのだと
別の話を してほしいのだと つたえたい

でも つたえてしまったら あなたは いやな気分に なるかな
それは やさしくないかもしれない
それでも ぼくは あなたを 拒絶したい

もし つたえてしまったら あなたと ぼくの距離は 大きくなるかもしれない
それがぼくはさみしい ぼくはあなたの近くにいきたい
でも あなたのその質問に答えることで近くにはいけない
だから ぼくは できるだけ やさしくなるように あなたを今は
拒絶する
ごめんね

 プライベートなことをあまり聞かないでほしい、まだ心を開いていないから。



 本当に大切なことは

本当に大切なことは だれにも言いたくない
友だちにも いわないし
Facebookやmixiにも 書けない
ブログやWebにも 書きたくない
でも せめて だれかには きいてもらいたいから
だから せめて 日記くらいには
聞いていてもらおう

いつか だれかが (それは今ではないぼくかもしれない)
その声に 耳をかたむけるかも しれないし

 だって、本当に大切なことはしゃべってしまうと大切な何かがとけていまう気がするから。



 お金の世界

お金という自由を手に入れるために どれだけの自由をひきかえにしただろう
お金がないと本当に自由にはなれないのか そう思っているだけじゃないのか
自給何円の生活 時間をお金にかえて生きている
どこかに インチキのにおいがする
生きていくためにはお金が必要です だなんて だれが 決めたんだろう
おなかがすいたら 木になるくだものを食べるように レストランや大きなデパートで
たべものを失敬するといい うえて死ぬくらいなら
生きていくのにお金はいらない 世界にはあまりものがたくさんあるから それを使えばいい
生きていくのにお金はいらない 土地に木をうえて ごはんを作ればいい
生きていくのにお金はいらない もしみんながお金いらずで生きたいと思うなら
お金で買えないものはない これはウソ
お金で売れないものはない これはホント
自由、時間、尊厳、体、肉、骨、意思、人、モノ、カネ、命
値札をつければ みんなうれる 見えるものも 見えないものも さわれるものも さわれないものも
数えられるものも 数えられないものも 値札をつければ みんな売れる
生きていくためにはしかたない
ためいきのあとにくるあきらめ そうして値札のおきてにしたがって
何かを手に入れるためには 示された数をはらわなければならないと思いながら
数のかかれた紙切れのために 働く
もはや紙切れは紙切れでなく 人びとの思い込みによって お金になる
根無駄のおきてを無視して お金をとびこえて 何かを手に入れる方法
そこから お金に対する 自由は はじまる!

 そのまんまの詩。



 くつを売る二人

A氏はX国でくつを売れといわれた
B氏はX国でくつを売れといわれた
X国の人にはくつをはく文化がなかった
A氏は、だからくつが売れるのだといった
B氏は、だからくつが売れないのだといった
くつをはかない文化をA氏は壊そうとする
なぜくつをはかないのか くつをはく必要がないのか
くつをはかないとは他の風習とどうかかわるのか
そんなことがA氏の頭にはうかぶことがない のか?
しかし、のちにゴミとなるくつを処理する方法を
人々は持っているのだろうか?
くつをはくことで何か悪いことはおきないのか?
そもそも本人たちはくつをのぞんでいるのか?
のぞんでいるとしてもかわずに自分たちで作ったほうがよいのではないか?
何が相手の幸せになるのか
A氏そしてB氏も考えただろうか
くつを売ることが くつを売るだけで おわるはずはない

 この詩のようなたとえ話があるけど、そしてA氏をほめる文脈で使われることが多いけれど、ぼくはそうは思わない。そういう詩。

2012年9月