〜昭楠会プロフィール〜
●昭楠会って何?
 昭楠会は、東大阪市上石切町2丁目に生まれ育った昭和10年以降のメンバーで昭和 56年に発足し、今では昭楠会の主旨に賛同する地域住民約40名で構成する親睦団体です。
●何処にある会かもう少し詳しく
 大阪府と奈良県を境とする生駒山の西斜面に上石切町2丁目はあります。
 この辺りは「辻子谷」と呼ばれています。
 この辻子谷には生駒山を超えて奈良県生駒市に抜けるハイキングコース「辻子谷越」と呼ばれる街道がり、上石切町2丁目の興法寺参り、生駒市の宝山寺参りの街道で、この街道沿いの辻子谷が門前町として栄えた時期もあったとか。
 「遊女 山林亭 十返して 山口屋」何の歌かは判らないが、古くから里人がよく口ずさんでいたと長老は教えてくれました。
 「三林亭の黒豆、村田屋のかしわん、新店のニシン」、これは辻子谷華やかなりし頃の茶店の名物のことだそうです。
 桜並木の街道沿いに茶店が立ち並び、水車の音が心地よい音を奏で、春ともなれば桜舞い散る在りし日の辻子谷が目に浮かぶようです。
  古人がいつから辻子谷と呼ぶようになったのか未だ定かではなりませんが、現在残る古地図には神並村、芝村、植附村とともに「辻子」と言う地名があり、氏神である石切神社の夏・秋祭りでは今も「芝」・「植附」・「辻子」の三地区の壮麗な布団太鼓が奉納されています。
●どんな活動をしているの?
  昔の辻子谷には水量の多かった「音川」という川があり、 50歳代以上の会員の幼少の頃は音川のせせらぎを聞き、セキレイの姿やホタルの乱舞に心を躍らせ、夏の水遊びや沢ガニ取りなどなど楽しい思い出を作ってくれました。
 またこの川水を利用して江戸時代より水車が多く造られ、大正時代末期には45台の水車の「ゴトゴトゴットン」という心地よい音色が辻子谷に響いていました。 
  この水車の音と水車から流れ落ちる水音が絶えずする事から音川と呼ばれた所以かも知れません。
  しかし最近ではトンネルの影響からか水量は激減、水車も姿を消し、昔日の面影は何処にもなく、今はもう記憶の中にだけある景色となってしまいました。
 
  このような辻子谷に生活している我々昭楠会は、消滅しようとしている辻子谷の文化遺産、語り継がれてきた歴史を再認識し、先人達が築いてきたすばらしい足跡を辿るとともに、現在の辻子谷を素直に見つめ直し、消えつつある昔日の面影を少しでも再現し、よき辻子谷を未来人に継承していこうと考えています。
 「音川に蛍を、辻子谷に水車を復活させよう!」を目標に掲げ、平成16年11月3日には水車が完成し、手探りで蛍の養殖を行っています。
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