我ら大段探検隊−大段にまつわる謎を解け
2005年年末から2006年初頭にかけて、下田の里山−大段に大きな謎が存在すると某掲示板上で話題に上った。
2006年1月のある晩、周到に練られたネットの呼びかけで思いついたように大段探検隊が組織された。翌日7時、霜の降りる下田市高馬に位置する竹麻神社に中年4名が集まった。出勤途上の人に胡散臭い目で見られながら。
大段の謎
その1大段の名前の由来
その2小山田から大沢への旧道はどこを通っていたか
その3石地蔵はどこに
その4あきばさんの跡
その5竹麻神社の奥の谷から大段に登れるか
その6竹麻神社の名前の由来
これらの謎が解けるだろうか?
まだ陽の差さない竹麻神社を出発。神社の奥に入っていくと、どう見ても民家の庭先。早速、ほんとにいいのかなという言葉が出ると同時に民家の家人が不審に思い顔を出す。すみません、大段に登るんです。
うーん、沢の対岸には道があるようだ。沢を石橋で次々と渡りながら、さかのぼっていく。kawaさんが下田富士と同じ岩盤と教えてくれる。伊豆石とは異なる、硬い火山岩?
まず最初のポイントは、石垣のある分かれ道
炭焼き場、この道はどこに行く、Sさんの道、立ちはだかるように急斜面、左へしばらく行くと木々の中に炭焼き場跡がある比較的平坦な場所に出る。
kawaさんがコンパスで確かめる。右に行くと、杉林にでる、倒木がある。そこの端が峠。kawaさんが大段の前にせっかくだから安城山に行こうという。尾根伝いにいけば、安城山にでる。青いテープが目印。結構急な斜面を登っていくと、まず小さなピークに出る。そこからさらに急な斜面を同じように登って安城山の頂上へ着く。眺望はあまりよくない。峠への帰り降りる斜面をちょっと間違えるが、問題なし。さあ、大段へトライ。途中、予定のコースをいくか、道がある青いテープのコースを行くか迷うが、青いテープのコースをたどる。敷根方面からの尾根との合流点−小峠にでる。そこから、大段へ青いテープに沿って登っていく。安城山よりは緩い。しばらくで大段山頂、三角点のある場所に出る.眺望がまったく利かない。一息つく。ここから、東に行くとNTT反射板があるので、そこまでいく。大段山頂は草木に囲まれているので、反射板へのコースが思いやられるなと思っていると、ちょっと離れると、下草のない歩きやすい林。程なく、反射板へ。眺望が比較的開ける。北側の山がどこか地形図を広げる。
次はSさんが見つけた小山田−大沢間の旧道の峠と思われる神社跡。尾根伝いに戻って、その先に行く。倒木が目立ってくる。大きな岩が見えると、そこが峠=神社跡だ。確かに角石や例の手洗い石がある。道跡らしきものが大沢方面にあるが、覗くと崖になっていて、ここは道ではない。小山田−大沢間の旧道の峠なのか?Sさんが旧道を小山田に下りたいという。皆で東の斜面を見る、ちょっと道はない急斜面だ。
意を決して、4人で、横一列で道なき斜面を降りていく。谷底に着くと、倒木だらけ、物の怪が住む森のようだ。沢を下流に下りていく。なかなか道の様相が現れないが、らいおんさんが道になってきたよという。Sさんがお地蔵さんがと叫び声を上げる。天保の文字のあるお地蔵さんと文化の文字のある石碑がたたずむ。これで、今来た道が旧道であることが確かめられた。しかし、今は廃道だ。
ここから下は道がはっきりしている。別れ道のようになっているところに来ると再びお地蔵さんが立っていた。一体の奥にさらに台座があるが、その上にあるべき石像がない。ライオンさんが木に立てかけてあった壊れた石像を見つける。顔がない。ここは確かに分かれ道で、分かれ道にはさらに社があったような跡がある。ここがあきばさんの跡か。この先は丸三工業のプラントが下に見えてくる。Sさんが間違えた別れ道が見えてくる。Sさんは上に上らず下の道を行ったそうである。
ここから、小山田に下りず、敷根に出ることにする。Sさんの通った道を行き、沢を登らずに下る道で敷根に出ようとする。想定のとおり、敷根の道に出る。無事、探検終了、ジャスト10時でした。