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小さな橋から始まった−訳あって、生活態度を変えます

2008年9月4日(木)
それは小さな橋から始まった

 つい最近できた大型ショッピングモール。その脇に水をとうとうと流す川がある。この暑さじゃ、泳ぎたくなるような水嵩のある川だ。川には水路が流れ込んでいる。水路に何が生えているか、生来の興味で歩き出す。この水路は淡水と思いきや、そのうちなんとアマモが見えてきた。さらに別な水路から水が勢いよく流れ込んでいた。そこからはアマモは消え、別な水草が生えていた。やがて目に飛び込んできたのは、小さな橋。
2008年9月4日(木)
これは線路跡に違いない。

 水路は某大企業の工場に沿っていた。橋は工場に向かって架かっていたが、橋の上にも工場内にもレールは見えない。しかし、これはこの工場に続いていた専用線の廃線跡に違いない。工場内に突入するわけには行かないので、逆に辿ってみることにする。駐車場になっている。線路跡との前提で貨車が通るカーブを頭に描きながら付近を歩き回る。この風景なんて明らかにレールが敷かれていた!
2008年9月4日(木)
やったレールだ!

 広い道路を渡った先にいいカーブの草地が見えた。それ、行け。車に気をつけ、道をわたると、草生した中にレールが見えてきた。いいカーブで続いている。何でここだけレールが残されているのだろう。管理されているようで、草刈をやっている。こういう風景をいつも心に描いている。現役時代にはどんな貨物列車がここを通ったのだろう。機関車はDD13かDE10か?それとも蒸気機関車か?
2008年9月4日(木)
駐車場転用

 やがて、レールはすぐなくなり、新幹線の高架の下はアスファルトで舗装されていた。その先は駐車場に転用されていた。広くなっているので、ここはおそらく、行き違いのための信号所か、小さな貨物駅だったのではないか?貨物駅だったかもしれない証拠は次の写真だ。
2008年9月4日(木)
隣接する工場からレールが

 駐車場の両脇は工場だ。そして、なんと右手の工場の通用門に2本のレールを発見。レールはコンクリートに埋もれながら、しっかりと存在を主張し、工場建物の中に続いていた。専用線が現役であったときには原料の搬入や製品の出荷が行われたのだろう。しかし、何の工場だか外から見ただけではまったくわからない。このあたりは工場地帯なんだなと改めて感じる。
2008年9月4日(木)
田んぼの向こうに軌道敷が見える

 やがて、駐車場はその敷地が左手の工場敷地に飲まれていく。工場の右手は青々とした田んぼだ。あぜ道を通ってもいいけど、ここは無理をせず、田んぼの向こうに見える軌道敷を大回りに探すことにした。
2008年9月4日(木)
本線との分岐はここだ

 東海道本線につながっているはずだと、踏切を1個1個つぶしていく。そして分岐跡発見。ここからレールが残っている。やはり管理がされており、草は刈られている。ここも、いいカーブだ。いつまで残るのだろうか、この線路跡は?!
2008年9月4日(木)
それは小学校のときの思い出

 太陽という雑誌があった。今も発行されているのだろうか?子供のころ、鉄道少年だった私は、その雑誌が鉄道特集を載せることをどこからか知り、親にねだったことがある。どんな特集だか忘れてしまったが、ひとつだけ覚えていることがある。鉄道に関する短編小説である。工場へ続く単線の専用線。そこである若い機関士が貨物列車を運転している。線路脇の家の窓からいつも若い女性が見ている。機関士はその女性と会えるのを楽しみにしていた。しかし、ある嵐の日、女性はいなくなった・・・・