

古刹永興寺 25年の荒波より 恵淳禅尼
今の世に 昔の使者来て 姿見せ
霊の業の いかに強しか
天知る 地知る 人が知る
(悪いことをすれば最後は人々に伝わる教え)
→昭和58年7月中頃
この寺はみんなの寺であり、みんなの物、この姿をみんなに見てもらい、
みなさんに伝えてくれ、全国の人達へ伝えてくれ・・・
この言葉を信じて歩んできた26年の体験。
天承輪廻の因縁は やみじやみじふみこえて 回向、回向繰り返し二千数百年の時を超え
見えぬ姿で、問いかけた深く深く雄大な恐るべき力となり怒涛うずまく広大な世界であることを
知るであろう。
→横山の地、1309年、大内氏23代大内弘幸が開山堂を建立(百済国聖明王、第三皇太子
琳聖太子持来、不動明王本尊)とした古刹永興寺である。
開山住職・・仏国々師(高峰顕日)後嵯峨天皇、第三皇太子高峰顕日を迎え南北朝時代日本名僧、
公家人国衛将軍と共に修禅に励み、室町文芸史上に足跡を残した。
日本禅宗、無学祖元(仏光国師)高峰顕日(仏国々師)夢窓疎石(夢窓国師)春屋妙葩(普明国師)
・・仏光派、大堂一宇(世界はひとつ)初祖菩提達磨大師、百丈禅師、中国から渡来し仏教文学の
基礎をこの地に残す偉大な名僧達に受け継がれ守られた寺・・永興寺
昭和初期から現在に至る古刹永興寺が親子孫と三代によって80年の歴史消滅。
平成21年7月中頃より住職の資格のない欲人の手によって数百年の大木は伐採され
自然が破壊された。住職と偽り設計事務所に依頼、現在196区画の墓地ができました。
この聖地、神仏とは、戒律法律とは僧・住職とは、我々の先祖が刻苦灯してくださった教えが
人間の欲の深さに類は類を呼び汚れていく現在の世の中の姿・・親子三代天罰無知なるが、
怖さを知らぬ人間の欲の深さに涙流れる。
平成22年11月現在
無数の墓現在の墓、作、この地に運ばれし御先祖様、現在の世の人々の心の身勝手から苦の
世界、因縁因果の不幸な巡り合わせです。
2000数百年の時を超えて訴えた教え
→高僧達の訴え
戒律を破った坊主は、何拾年、何百年、過ぎ去ろうとも
この罪を逃れることが出来ん。
逃れれば逃れる程、家族をも犠牲になる。
法であろうともこの霊に勝つ者はいない。
戒律を破った(金嶺・至道・至孝)親子の訴え
→平成18年12月3日
雄大な黄金に光り輝くお釈迦さまの姿にすがすがしい、安らぎの中に、優しく微笑む姿・・・
私をじっと見つめるその姿・・、この世の汚れた、世の中の姿に天上界からの教え、自分自身に
持って生まれた仏性。道を歩む人々よ、心を求める時、先祖に求めよ・・、先祖とは、両親から
始まり、祖父母、曾父母・・、あの世に送り出し、生まれては散った数限りない人達、現在私達が
元気で生き、生かされている喜びこれが先祖のおかげ様の心なのです。
「百丈禅師のおことばの中に・・この灰の中に火種はあるか・・ない・・百丈禅師は灰をまさぐり小さな火種をを掘りおこす」ここに大きな報いが来た教えなのです。
偉大なる古刹永興寺の無残な姿を天上界でみてこの世の中の汚れに、警告を与えられたのです。
あの世とこの世の橋渡し 小さな仏に託された
偉大な徳の大きさに
自問自答の繰り返し 歩んだ歳月二十七年
大きな教えのその影に
不孝な人もありました 真実伝えたこの業が
日本の未来へつづく道
立ち昇る素晴らしき 黄金の輝きに魂の不滅と
偉大な仏の教えの 尊さを知る