コーチ監督は様々な分野を勉強しろ
2009年、私の教え子であるHの保護者に偶然、近くの陸上競技場の観客席で会い、Hくんの現状について話をしていただきました。
「うちの子、高校に入って陸上を再開したんですよ。この前、練習でダッシュをしたら足首の調子が悪くなって走れなくなりました。また、コーチと一緒に練習しようと言っていました。」
よくよく保護者の話を聞いているとHの高校の監督はとんでもない実績を持っていることがわかりました。ある陸上競技で日本記録を持っていたのです。さらに、アテネオリンピック・世界選手権の出場の経験があり、さらにさらに、体育系大学では日本最高レベルといわれている大学を出ている。それで、私には理解できないほどのすばらしい論文を学会に発表しているそうなのです。とにかく、世界のトップで戦ってきた経験を持つ先生ですから、世界レベルのトレーニング法・日本でも知られていないトレーニング法が先生の横で行われ、それを目で見ているはずと。私自身、運動について素人ですが、そんな実績のない私のところに来るHは間違っているのではないだろうか?と怒鳴りたくなるものでした。
数日後Hから連絡があり、本人の口から「コーチ、一緒に練習しよう」とお誘いの言葉があったので、それを了承しました。それから、毎週1回、Hとランニングの練習をすることになりました。
今回のケガの理由は、無理をしすぎたということが判明しました。
数週間たった後、Hからこんな話を聞きました。
「自分が選手として強くなりたいのであれば、強い人の真似をしろ。と監督に言われました」
その言葉を聞いて、監督は残念な考えを持っていると感じました。人間の歴史を見てください。弱いものが情報を集め知恵を絞って、強いものに勝つという歴史が繰り返されているのです。例えば、戦国時代に最強の騎馬隊を持つ武田家と織田信長。最初の武田軍との戦いでは、騎馬隊の前に敗北をしました。では、最強の騎馬隊を倒すためにどうしたかというと、ヨーロッパから伝わった鉄砲を使って武田軍との戦いに挑んだのです。そうすると、信長軍は武田軍に勝つことができ、日本の戦では鉄砲を使うのが主流になったのです。
では、今回の言葉に関していうと、強い人の真似をしたら強くなるのですか?もっというと、世界選手権に出る人と同じ練習をすれば、強くなるのですか。監督はできたかもしれませんが、ほとんどの人はできないのです。不可能なのです。それを、弱いものに与えたら壊れるだけです。真似をしなければいけない対象とは、どういったものなのか。それは、「弱いものが強くなる方法」を真似しなければいけないのです。それが、いいトレーニング方法なのです。だから私はHにこう言いました
「自分が選手として強くなりたいのであれば、強い人の真似をしても無駄。弱い選手が強くなる練習を真似しなさい。それが本当に選手として強くなる練習だ。それを見つけるのは、ある程度の時間はかかりますよ。」
それで、Hはかなり納得をしたように感じます。
私が走るのが遅い子を速くする方法に、ジョギングを20〜30分すれば、若い子は速くなるということをHに教えました。Hは自分の練習に「ジョギング」を入れました。それから、Hが私に相談を持ちかけるのです。
「監督が、ゆっくり走れば速くなるのか?と嫌味ばかり言ってきます」
それが、「何で、そんなにバネのある走りができるようになるの?と監督に聞かれたので、ゆっくり長い時間を走っただけです。と答えました。」
数週間たつと、「僕の高校、ゆっくり20分走ることが日課になった」
これって、私がHに教えた内容を採用していないか?何か、不思議な気分になりました。
「僕、走るためには歩く練習も必要だということを、コーチに教えてもらったので歩く練習を取り入れました。」
とHから報告がありました。速く走る練習も必要なんでしょうが、基本を大事にしたいというHの考えなんでしょう。まあ、私も歩く練習をさせたことがあるので、いい結果になるかは予想つきますが、やってみるのもいいでしょう。
「うちの監督、すごいことを聞いてきました。歩くことは走るためには良いのか?俺、ビックリした」
というか、私のほうがビックリしました。オリンピックに行った経験のある先生が、しかも陸上で、「歩くことは走るためには良いのか」と訊くか?と思いました。世界を知っている先生だから、知っているのかと思っていました。さらに、
「コーチ、ウエイトトレーニングって毎日するものですか?違いますよね。」
「ウエイトは週に2回が良いと雑誌に載っていたよ。そして、超回復能力を利用するので、ウエイトをしてから2〜3日は間を空けないと効果がなくなりますよ」
「ウチの学校、毎日ウエイトがあるんや」
「監督は、アテネオリンピック・世界選手権の出場の経験があり、体育系大学では日本最高レベルといわれている大学を卒業しているのだろう。体育系ということは保健も教えるのだから、超回復能力やウエイトをしたら2〜3日は間を空けることぐらい知っているだろう。」
「俺もそう思うのですけど、実際は違うのですよ。」
何で、そういうことがHの身に起こるのだろうか考えていると、ある結論に達しました。それは、Hの高校の監督は「超回復能力やウエイトをしたら2〜3日は間を空けることを知らない」。実はこの内容は保健の教科書に載っている内容なんですけど・・・
監督やコーチ、つまり選手の上の立場に立つ人というのは常に勉強をしなければいけないのです。それが、自分の専門分野だけで終わるようでは駄目なのです。歴史・地理・政治・経済・文化など様々な分野の知識が必要なのです。例えば、アフリカの選手は長距離を走るのが速い理由は、飲料水を手に入れるために毎日20kmを歩くのです。だから、歩く練習をすれば長距離を走るのが速くなると仮説が立てられるのです。それは、地理という分野でアフリカ系の生活を知ったからなのです。だから、歩けば良いと考えることができるのですけど・・・
でも、運動の基本事項を知らない人がオリンピックに出ていた現実はどうかと思う(だから陸上の日本代表は弱いのか?)。
Hはまだ知識があったので良かったのですが、県選抜に選ばれていたKさんが私のところにやってきました。Kさんは教え子ではないのですが、走るのが速くなりたいという一心で私の教えを授かりたいと思ったそうです。そして私は、Kさんに股関節を動かせるようにする運動を教えたのです。そのときの顔の表情は、「私知らない。これっていいの?」という顔をしました。県選抜の練習は月に1回以上あったのですが、運動方法については何も教えられていなかったのです。その県選抜の先生というのが、昔、総体や国体で優秀な成績を修めた人たちなのです。コーチ監督の過去の実績を見ると「名選手に名コーチあり」と思ってしまうのが現実です。しかし、監督やコーチは「名選手に名コーチあらず」という言葉を、胸に締まっておかなければいけません。
監督コーチは、常に勉強しないといけないのです。その勉強した内容を選手に伝えなければいけないのです。そうしないと、自分の競技について何も知らない選手が出てくるのです。そして、知力で負けるのです。実際に伝えるとどうなるか。例えば、ヨーロッパ代表がしている練習の内容が、私たちとしている練習内容と同じである(これは実際にあった)とか、わからない練習に対して疑問を持つようになるとか、新しい練習を取り入れる提案が出たり、発見したりするなど、選手にとって監督にとってプラスになることが多いんです。
無知が時代遅れにさせるのです。だから、オリンピックに出た監督であろうが、監督が無知ならばそれはいい監督とは言えません。