正方形の辺と対角線による交互差し引き。(ルート2の通約不能性を証明したことになる)
アリストテレスの「不可分の線について」(a10〜a20)では、正方形による通約不能量の証明を示唆しているようにも見える(図1)ここでアリストテレスは「対角線上の(正方形の)面積は不可分の線の上の二倍ではない。なぜなら(もとの正方形の辺と)等しい部分が取りのけられると(対角線上の)のこりの部分は不可分の線よりちいさくなるからである」と述べている。(下記の証明における、CD=CEで AE=CAーCEのこと)、他の作品では正方形と対角線に関して通約不能量が語られている。
さらに、プラトンも同様に述べている。また、Knorrは、プラトンのメノン篇の図を用いて再構成している。このことから、下記の証明がなされた可能性もある。
右の図で、四角形ABCD、AEFGは
正方形で、AB=CE
ACーCE=AE
△CDF≡△CEFだから
AE=EF=FD
ABーAE=ADーFD=AF
次に、AFーAEを行うが、これは
対角線から、辺を引くので
無限に繰り返すことになる
- ファウラーは、正五角形の場合でも、アリストテレスの証明のように偶数・奇数論による証明の再構成を提案しているが、かなり難解でありあくまでも再構成である
- 交互差比引きによる証明は、幾何学において行われたという資料は「原論」その他にもない、さらに、交互差比引き(互助法)は、サボーなどはピタゴラスの時代の音楽論に適用されていたと推測しているが、それを裏付ける資料はない。
- ヒッパソスの資料からは、正五角形を作図(描いた)と読み取れるがそれ以上ではない
- ピタゴラス派の正五角形およびペンタグラムに関心があったという裏付ける資料は現存する。それは、アリストファネス「雲」の古注、ルキアノスによるもので、「健康のしるし」とピタゴラス派の人々はよんだとのことで、よくいわれているような教団の紋章とはちがうものである。ペンタグラムは、ピタゴラス派以前にも用いられていた(Fischler参照)
- フォン・フリッツも認めているように、ルート2の発見がテオドロス以前にあった、これは、テオドロスがルート2を知っていて、ルート3から始めたので、やはりルート2は最初の発見であったとするほうが自然である。
- 次のリンクで述べるが、正方形の対角線と通約不能量について述べる資料はかなりある。ヒッパソスの僅かな資料から推測するには無理があると思う。
正五角形において、AB=BD、そして、DC=DFだから、ACーAB=DF、同様にして、AB=BG=BE
そして、DF=DC=DBだから、ABーDF=DEこれは無限に繰り返すので、通約不能である。
証明において、二等辺三角形のタレスの定理の逆を使っているが、当時の数学では可能であった
とフォン・フリッツは言う。また、ピタゴラス派において三角形の内角の和が二直角であることが知られて
おり(プロクロスの報告)それを拡大すれば、五角形の角を求めることも可能であるとしている。
フォン・フリッツによる再構成(交互差比引きによる)