(番外編)2本リングピストンの効果、注意点とラビリンス溝について
私の経験から言ってあまり安直な考えで2本リングピストンには手を出さないほうがいいです
●ちょっと今回はK6Aターボエンジンにはあまり関係ない話になりますが、一部にはK6AのNAチューン
の可能性を追求されている方もいるようですので、そういう方には参考になれば幸いです。
ターボエンジンでは燃焼圧力が高いため3本リングのピストンが当たり前なのでまず考えられませんが、
NA(自然吸気)エンジンではターボほど燃焼圧力が高くないため、本格的なレーシングエンジンなどでは
よくコンプレッションリング1本、オイルリング1本の2本リングピストンが使われることがあります。
2本リング化の一番の目的はもちろんピストンリングが1本減ったぶん、フリクションロス、つまりピストン
リングとシリンダー間の摩擦抵抗を低減するためです。

↑これはオートバイ用ですが、コンプレッションリング1本、オイルリング1本の2本リングピストンの例。
●エンジンの摩擦損失に及ぼす影響はピストンリングとシリンダーの摩擦がもっとも大きい

↑このように、エンジン内部で発生する機械的なフリクションロスはピストンおよびピストンリングと
シリンダーの摩擦によるものがもっとも大きく、とくに高回転になればなるほどその割合は増加して
いきます。 なので、この大きな抵抗となるコンプレッションリングが1本少なくなるだけで摩擦抵抗
をかなり(最大でおよそ30%程度)減らすことが可能になり、とくに高回転型エンジンでは重要です。
2本リング化のもう一つの目的は、コンプレッションハイト、つまりピストンピン中心からピストントップ
までの寸法を小さくできるので、ピストンの重心を下げることができるため、ピストンの首振り運動が
低減できることからピストンスカート寸法も短縮できるため、結果としてピストン本体を薄くすることが
でき、当然、重量も大幅に軽量化、またピストンスカート部による摩擦抵抗も低減できるといういくつもの
メリットがあります。

しかも、同じエンジンならコンプレッションハイトが低くなったぶん、コンロッドの長さを伸ばすことが
できるので「連桿比」が大きくできるので、このことがさらにフリクションロスを減らし、エンジンの振動
も小さくできるというメリットにつながります。
<参考> →コンロッドの連桿比(れんかんひ)について詳しくはこちらのページを参照
このように書くと2本リングピストンはNAエンジンにとっては良いことばかりのように思えてきますが、
実際はデメリットやトラブルも多く、かなり使いこなすのが難しいものなのです。
<2本リングピストンの問題点>
2本リングピストンの一番の問題は、ピストンリングのフラッタリング現象による圧縮および燃焼ガス漏れ
が多く、ブローバイガスが大量にクランクケースに吹き抜けて発生してしまうことです。 これはピストン
リングの「フラッタリング現象」により発生するものです。

↑ピストンリングのフラッタリング現象とは、このように摩擦力と慣性力、ガス圧力などがつり合ったとき
に発生する「ピストンリングがリング溝の中間に浮き上がった状態」を言います。 これが発生すると吹き
抜けるブローバイガスの量が通常の3倍以上と一気に増え、圧縮ロス、パワーロスになり、エンジンの出力
は大きく低下してしまうのです。 これは非常に厄介な問題です。
●フラッタリングによる燃焼ガス吹き抜け防止には3本リングピストンの方が断然有利である

↑これはオーバーホール時に私のK6Aエンジンから取り外した純正ピストンですが、トップランドは当然
として、セカンドランドの上部1/3程度の範囲にも燃焼ガスの吹き抜けによる黒いカーボンがついています。
しかし、その下のサードランドにはカーボンはまったくついていません。 このことからもわかるように、
仮にトップリングがフラッタリングを起こして燃焼ガスが吹き抜けても、セカンドリングがあればそこで
きちんと燃焼ガスを受け止めてくれるということがわかると思います。 2本目のコンプレッションリング、
いわゆるセカンドリングがいかに「重要な仕事をしているか」がこれを見れば一目瞭然です。 なので安直
に2本リングにはできないのです。
●2本リングピストンの落とし穴はこのガス抜けにある
つまりは、2本リングのピストンではこのセカンドリングによる「2番目の堰(せき)」が存在しないため、
トップリングを吹き抜けたガスがそのままクランクケースに入ってクランクケース内圧を高め、ブローバイ
ガスを大幅に増加させてしまうのです。 つまり、せっかく2本リングにしてフリクションロスを減らして
も、吹き抜けたブローバイガス圧力によってクランクケース内圧(バックプレッシャー)が上がってしまい、
それがピストン下降の抵抗となってしまうと、せっかく2本リングにして減ったフリクションロスが相殺
されてしまい、結局のところ何のメリットも生み出さない結果になるわけです。 それどころか、吹き抜け
た圧縮および燃焼ガスが増えるということはつまり、本来は力として取り出せるトルクやパワーをロスして
しまうわけですので、エンジンの効率は下がってしまうということになります。
さらに、ブローバイガス吹き抜けが多いということは、そのガス中に含まれるエンジンオイルのミストも
多いということで、オイル消費も多くなり、たとえばオイルキャッチタンクをつけていると、酷い場合は
サーキット走行数周でもうオイルキャッチタンクがオイルでいっぱいになってしまうことも珍しくないの
です。 また、当然ですが、ブローバイガスが多いということは、燃焼ガスに含まれる大量のカーボンが
エンジンオイルを汚損しますので、エンジンオイルのライフ(寿命)も極端に短くなってしまいます。
●実際に私の身近であったトラブル例
これはつい最近私が相談を受けた話なのですが、日産LZ20エンジン(ドライサンプ仕様)をチューンナップ
したエンジンで、それまで3本リングピストンを使っていたのを、2本リングピストンに変更したところ、
ドライサンプであるにもかかわらず、ブローバイの吹き抜け過多によってクランクケース内圧が異常に上昇
しブリーザーからオイルを吹き出し、オイルキャッチタンクがすぐにオイルでいっぱいになってしまうと
いう問題が起きました。 それで私に「なにか解決策はありませんか?」と相談してきたのです。

↑日産LZ20エンジン(緑色なのでLZ24かもしれない)。いちばん下の向かって右側についているのが
オイル回収用のスカベンジングポンプです。 しかし、レース専用に作られたこのエンジンを個人で所有
して、しかも現在もまだ現役で使用している人というのもかなり珍しいですが。
ご存知のように、ドライサンプ化の大きなメリットの一つはクランクケースからエンジンオイル回収のため
のスキャベンジングポンプによってクランクケース内圧を強力に負圧にする(-0.1〜-0.15kg/cm^2=
-76mmHg〜-114mmHg)ことで、バックプレッシャーロスを減らせることにあるわけですので、今回の
ケースの場合のようにブローバイガス圧力でクランクケース内圧が逆に高くなってしまってはドライサンプ
にした意味がなくなってしまいます。 2本リングピストンにしたことが逆に仇となった、まさに本末転倒と
いうパターンです。解決法として私はすぐに3本リングピストンに戻すことを提案しました。 その理由
は後述しますが、早い話、2本リングを活かせるほど使用エンジン回転数が高くなかったためです。

↑ドライサンプエンジンの例。 ドライサンプは通常のオイルポンプに加え、潤滑を終えてオイルパンに
戻ってきたオイルおよびブローバイガスを回収するためのスキャベンジングポンプ(スカベンジングポンプ)
を備えています。 通常、このスカベンジングポンプの容量は圧送する側のオイルプレッシャーポンプの2倍
から3倍ほどの容量をもっており、オイル回収と同時にクランクケース内のブローバイガスも強力に吸い込む
ことによって積極的にクランクケース内圧を減圧し、ピストンの上下動やクランクシャフトの回転による抵抗
を減らし、パワーロスを最小限にする役割があります。 もちろん、ドライサンプ化による最大のメリットは
ウェットサンプでは強大なコーナリングGによるオイルパン内のオイルの偏りによりオイルポンプが「空吸い」
をしてしまうのを防ぐ役割があります。
●余談ですが、LZ20エンジンについて
今の若い人はこのLZ20エンジンそのものを知らない人が多いと思いますのでちょっとだけ補足しておきます。
LZ20型は日産のL型4気筒エンジンをベースに「レース専用」にDOHC4バルブヘッドを搭載したエンジンです。

↑LZ20エンジンにターボをつけた「LZ20B」エンジンを搭載したグループ5仕様のスカイライン。いわゆる
シルエットフォーミュラと呼ばれたGr.5カテゴリーのマシンです。 外観はスカイラインRSを模してします
が、エンジンはFJ20ベースではありません。 ちょうどグループAのはじまる前のカテゴリーということに
なりますね。 ちなみにこの2000ccのLZ20Bターボエンジンは最高出力550PS以上を発揮していました。
●2本リングピストンを使うにはとにかく「精度」が重要
以上のような2本リングピストンによるデメリットである「圧縮および燃焼圧力の吹き抜けの増加」を最小限
にするには、とにかく精度を追求することです。 今まで3本リングピストンを使用していたシリンダーに
ただ2本リングピストンをそのまま組み込めば良いというわけではありません。 2本リングピストンを入れる
なら、まず、キッチリとシリンダーの精度、真円度、円筒度を出すための精密ボーリングおよび面粗度を上げる
プラットホーニング(プラトーホーニング)を行い、ピストンクリアランスも3本リングピストンよりもシビア
に出すこと、さらにコンプレッションリングの合い口隙間もギリギリまで詰めて可能な限りガス抜けしない
よう配慮して組み込む必要があります。 ボーリングはもちろん使用するシリンダーヘッドと同等の剛性を
持たせたダミーヘッドおよびヘッドガスケットを使ったボーリングをすることが理想です。 さらに言うなら
シリンダーブロックを加工する際にも「常温」ではなく実際のエンジンの稼動状態と同じ温度に上げた「温間」
(おおよそ90度前後の温度)で加工することが理想です。
しかしそこまでやってもやはり2本リングピストンは3本リングピストンよりもブローバイが多く発生します
ので、正直なところ、2本リングにして得られるメリットはほんとにわずかなものだけですので、たとえば
サーキット走行で「常用10000rpmを超える」ような超高回転型NAエンジンでもない限りは、
2本リングにするメリットはほとんど得られないと私は考えます。 逆に言えば10000rpm以下でしか
使わないエンジンの場合は奇をてらった2本リングピストンよりも、オーソドックスな3本リングのままでの
チューニングを考えた方が賢明だと思います。 これはクルマのエンジンもバイクのエンジンも同じです。
だから私は前述したLZ20エンジンのオーナーさんに「3本リングに戻しなさい」とアドバイスしたのです。
●ストリートチューンで2本リングピストンはまったくメリットなし
以上のような理由から、私は少なくともストリートチューニングでは2本リングピストンを使うメリット
はまったくなく、むしろブローバイの増加とオイル寿命の短縮によるデメリットだけが多くなって無意味
だと断言します。 なお、冒頭でも書きましたが、2本リングピストンの使用を検討するのはあくま
でも自然吸気(NA)エンジンのみです。 燃焼圧力がNAの比ではなく非常に高いターボエンジン
では2本リングピストンは絶対に通用しません!
●ピストンリングの「合い口をずらして組むこと」は実はほとんど意味がない?
2ストエンジンは除きますが、ピストンリングを組むとき、メーカーの整備書、サービスマニュアルなど
には必ずと言っていいほど「それぞれのピストンリングの合い口を120度づつずらして組むこと」あるいは
「ピストンのスラスト側(ピストンピンと直角の方向)にリングの合い口を向けないこと」などと書かれて
いることが多いです。

↑よくあるパターンのリングの合い口隙間の向きの推奨例です。 3リングの場合はA、Bどちらでも、
2リングの場合はBのパターンになるのでしょう。 しかし、元日産のレーシングエンジンの設計者で
あり、東海大学教授でもある林義正氏によれば「ピストンリングの向きをずらして組むことは迷信で
ある。なぜなら、エンジンの運転中、ピストンリングは常に僅かづつ回転しているので、キッチリと
ずらして組んでも無意味だからである」と断言されています。 ですので、あまり深く考えずに適当
にずらして組めば良いのではないでしょうか。 まぁ、私個人の意見としては、たとえそれが無意味
であっても、3本リングの場合は120度づつ、2本リングの場合は180度づつずらして組みたいですね。
<2本リングピストンよもやま話> OZAWA R&Dの「伝説のGSF1200」について
ここでちょっと昔話をさせてください。 私ともう25年以上もつきあいのあるオートバイショップ、と
いうかレース屋というかチューニングショップ「OZAWA R&D」というお店があるのですが、ここの主人
の小澤さんが、今から20年ほど前にショップのデモカーとして作ったバイク「スズキGSF1200」があり
ます。 じつはこのエンジンに組み込まれたピストンというのが「超スーパーシークレット」なシロモノ
なんですが、もう時効なのでぶっちゃけてしまっていいでしょう。 じつは、当時いすゞがF1用に製作
したエンジン「P799WE」型エンジンのものだったのです。

↑いすゞのF1用エンジン、P799WE。75度V12、3.5リッターでボアはφ85mm。最高出力は765PS。
どうしてこんなトップシークレットなピストンが入手できたかは明かせませんが、とにかく現物を手に
とってそのあまりの軽さに驚きました。 なにせ材質が今ではレギュレーションで使用が禁止されている
「ベリリウム合金」でできており、一般にはアルバメット、あるいはアルベメットなどと呼称されていた
ものです。 ベリリウムの比重はマグネシウムの1.7より軽い1.5ほどしかなく、それとアルミの合金で
造られたこのピストンの比重もおそらくマグネシウム相当しかなかったと思います。 アルミの比重2.7
とは比べ物にならない軽さで、とにかく「超軽量」でした。もちろん2本リングピストンです。 なお、
現在はベリリウムの「毒性」が問題になりF1でもこの材質の使用は禁止されています。

↑そのいすゞF1用ピストンを使って作られたOZAWA R&DのGSF1200。写真はサーキット仕様ですが、
れっきとしたナンバーつきの公道走行も可能なマシンです。 ちなみに最高出力は後輪で175PSオーバー、
エンジン出力では200PS以上にもなるモンスターマシンです。 今の時代でこそスーパースポーツでこの
馬力はそれほど驚くべきものではありませんが、なにしろ今から20年ほども前にこの性能だったのですから
その化け物ぶりが想像できると思います。 もちろんインジェクションではなくFCRキャブ仕様でです。
ただ、やはり2本リングの弱点はモロに出ましてブローバイが非常に多く、オイルキャッチタンクがすぐ
満杯になってしまうことが悩みのタネだったようです。 でも当時、小澤さんはこのバイクでツーリング
とかにも普通に出かけていたそうですからタフでしたね(笑)
<2016/7/30> 追記
このいすゞF1ピストンの記述について関係者から「断定されると困る」というクレームがありました。
「最悪は当時の関係者が処分を受ける可能性がある」という「脅し」のようなことまで言われましたが、私は
この記事を訂正あるいは消去するつもりはありません。 なにしろ今となっては「証拠」がありませんから。
このピストンの現物も手元にありませんし、このことを証明する手段もありませんから。そもそもこのような
個人のwebサイトでの記述などマトモな会社なら信用するほうがおかしいというものですよ。
●オートバイの話ついでに

↑これは私が1から設計製作した「超軽量強化シフトドラム」。 これも小澤さんの依頼で製作したもの
で、「もてぎ7時間耐久レース」のマシンのために作りました。徹底的に軽量化したうえ、充分な強度と
耐摩耗性と低摩擦抵抗を確保、しかもはじめから「逆チェン」仕様にカム溝を設計しました。 そして
これを装着したCBR1000は見事にレースで優勝、しかしその後、レギュレーションが変更されてしまい
「シフトドラムは純正から変更不可」とされてしまい、結局1レース使っただけで終わってしまったという
寂しい経緯があります。 しかし、このパーツは当時HRC、つまりホンダワークスのエンジニアからも
「プライベートでよく作ったものだ」とお誉めの言葉をいただき、参考までにとなんとHRCの設計図面
までいただきました。 まぁ、たしかにこのパーツの設計はかなり大変でしたよ。
<おまけ> ピストンのラビリンス溝について
よく社外のピストンにはリング溝の間のランド部分にV字状の浅い溝が刻んであるものがあります。
これをラビリンス溝と呼びます。

↑これはWISECOピストンのラビリンス溝の例。 トップランドに細かい複数の溝が、セカンドランド
にはやや太い1本のV溝が刻んであります。 このようにラビリンス溝の多くはトップランドあるいは
セカンドランドに1本あるいは複数刻まれていることが多いのですが、あまり浅すぎても効果が少ない
ので、個人的には1本の適度な深さがある溝のほうがより効果的だと思います。
このラビリンス溝の作用は以下の図の通りです。

↑ピストンが圧縮および燃焼によるガス圧を受けると、ラビリンス溝の中で渦をまき、これが言って
みれば「空気の壁」となることで、ガスシール作用を発揮します。これがラビリンス効果と呼ばれる
現象です。 空気コンプレッサーの中には、物理的なピストンリングを持たず、このラビリンス溝だけ
でシーリングしている「ラビリンスピストン」というものもあるくらいですので、レシプロエンジンの
ピストンでもそれなりのガスシール効果はあると言えます。 ただし、あまり深く刻みすぎるとランド
の強度が落ちてしまい、棚落ちの原因になりますので、そのあたりは注意が必要ですが。