(番外編)ボルトの締めつけトルク・軸力とトルクレンチについて
私なりの見解と考えです
●以前の記事「ステンレス製ボンネットヒンジと軽量ボンネットについて」でボルトの強度について
触れたので、その流れで今回はボルト、ネジ、ビス等の締めつけトルクについて書きたいと思います。
●普段から自分でエンジンその他の組み立てる方であればボルト、ネジの締め付けトルクに関しては
こだわっている方も多いと思います。 ですが、ボルトはあくまで部品と部品を「軸方向に締結する」
のが目的ですので、本当に大事なのは軸方向にかかる引張り応力が重要になります。
締め付けトルクはあくまでその軸力を回転方向の力に置き換えて表示しているに過ぎません。
ですので同じ締めつけトルクでもボルトの座面積、ピッチ、材質、表面の仕上粗さ、さらには温度
によって、かかる軸力はかなり変わってきます。 そう、本当に大事なのは「トルクではなく軸力」
なのです。
当然ボルトの長さによっても変わってきます。 どういうことかと言うと、たとえば同じM8サイズ
のボルトでも、締め付けるモノの厚さによって座面からタップに至るまでの寸法、距離が異なると
その間の寸法でボルトの伸びる距離も変わるため、当然ながら締めつけトルクも変わってくるのです。
具体的には、同じM8ボルトでも厚さ5mmの板を締め付けるのと、厚さ40mmの板を締め付けるのと
では締めつけトルクは変えなければならないということです。 もちろん、その締め付ける品物の
材質などによって、また、使用時の温度変化による熱膨張なども考慮に入れる必要もあります。

↑プリセット型トルクレンチの例
●一般に金属の強さを表現するのに引っ張り強さや破断強度などと称する数値を基準にしますが、これは
あくまでもそこで破損する力でしかありませんので、実際にはここまでの力をかけることはできません。
そこで重要になるのが降伏点(または耐力)と呼ばれる数値です。 金属の破断試験をしてみるとわかる
のですが、金属にはすべて弾性があり、ボルトで言えばこれが最大になったときにもっとも強力な締結力
が得られるということになります。 簡単にいえばこのポイントが降伏点で、これ以上の力で引っ張って
も今度は伸びるだけです。 試しにボルトを力一杯締めてみて、ねじ切ってみると手ごたえが急になく
なるポイントがあるのがわかると思いますが、これが降伏点を超えた瞬間となります。
つまり、ボルトの締め付け軸力というのはこの降伏点を基準に考えないといけません。 一般的には
この力は引っ張り強さの80%〜90%あたりになります。 このことを頭に入れた上で締め付けトルク
というものを考えてみましょう。
●それで、ボルトの頭部に数字が書いてあるのをよく見ると思いますが、あれが「強度区分」と呼ばれる
もので、それによってわかる強度や締め付けトルクについて書こうと思います。
例として「10.9」と書かれていたとしますと、先頭の「10」の数字は材料の引張り強さそのもので、この
場合は100kg/mm^2となります。 ですが、金属材料にとって事実上使用できる最高の力は「降伏点」
ですので、それが後ろの数字「9」です。 これは前の数字に対しての比率で表わされていまして、この
場合は「100kg/mm^2の90%」という意味です。
つまり、事実上そのボルトに掛けられる引張り応力は90kg/mm^2までという意味になります。 同じように
例えば「8.8」と書かれていれば「80kg/mm^2の80%」となり、4.8と書かれていれば「40kg/mm^2の80%」
となります。

↑キャップボルト(六角穴つきボルト)の強度区分表示。 上記で説明した「10.9」の例です。
また、ウィットねじ等には「4T」「8T」などと刻印されていますが、それぞれを上記の表記に置き換えますと
「4T≒4.8」「6T≒6.8」「8T≒8.8」「10T≒10.9」となりますので、強度検討の際の参考にしてください。

↑私のジムニーのボンネットヒンジの純正ボルト。 頭部に「7」とモールドされていますが、これは強度区分
7T相当、つまり引っ張り強さ(破断強度)が70kgf/mm^2という意味です。
また、ステンレス系のキャップボルトなどには「A2-70」や「A2-50」などと頭部に記載されていますが、
ハイフン後の数字がその材料の「引っ張り強さ」を示しています。 つまり「70」なら70kg/mm^2、「50」
なら50kg/mm^2というわけです。 当然ながら「降伏点(耐力)」はこれよりずっと低い値になります。

↑SUSボルトの強度区分表示。 A2は材質、70は引っ張り強さ(破断強度)を表わしています。
ただ、ステンレスボルトの70kg/mm^2とスチール高力ボルトの70kg/mm^2は同じ強度ではありません。後述
する計算式でも出てきますが、降伏点の数値が異なることから保証荷重応力が異なりますので、一般的には鋼製
ボルトよりもステンレスボルトのほうが締めつけトルクも軸力も弱くなります。
このようにボルトの強度表示には「引っ張り強さ」と「降伏点」とが混在しているので紛らわしいところです。
●実際にどのくらいのトルクで締めたらいいのか計算してみましょう。
具体例を挙げます。 M10×P1.25のボルトで強度区分が12.9と書かれた高力ボルトで考えます。
断面積は通常ネジの呼び径からピッチ分を引いた数値ですので、下径はφ8.75とすると断面積は60.13mm^2
となります。 それに12.9の90%の降伏点数値、すなわち116kg/mm^2をかけますと6494kg、つまり約6.5t
もの軸力がかかることがわかります。
ですが、もちろんこれは「限界ギリギリ」の数値ですので実際にはここまでの力は加えられません。
実際は降伏点のさらに85%程度に抑えて計算すると安全で、これが一般に「保証荷重応力」と呼ばれています。
この場合では116kg/mm^2×0.85で98.6kg/mm^2となります。
●最後に、この材料の強さとネジサイズから締め付けトルクを算出する式を書いておきます。
(東京鋲螺協同組合ハンドブックより)
T=K×D×P
T=締め付けトルク
K=トルク係数(通常0.17の定数)
D=ボルトの呼び径
P=ボルトの推奨締め付け軸力(保証荷重応力×ボルト断面積×0.8)
前述の例で挙げたM10×P1.25、強度区分12.9の場合の例でいいますと。
T=0.17×1.0(※cmに置き換えます)×(98.6×60.13×0.8)=806.3kgf/cmとなります。
つまり、このM10サイズのボルトの場合は約8kg-m(800kg-cm)のトルクで締めつけるのが最適というわけです。
※ただし、現実には冒頭に書きましたようにこれにボルトの首下の長さや締めつけるワークの材質、厚さ、使用時の
温度変化などを考慮して最終的に最適な締めつけトルクを決めることになります。
首下が長くなれば同じトルクでも締めたときに伸びる寸法が変わってくるわけですから、それに比例してかかる軸力
も変わってきてしまうわけです。 さらにボルトの軸のバネ定数によって「伸び率」も変わりますので、その材質や
焼き入れの硬さなどによっても変わってきます。
たとえば、自動車のエンジンのヘッドボルトの規定トルクなどはこれらを考慮したうえで整備書に記載されています
ので、きちんと守らなければなりません。 また、エンジンヘッドやホイールナットなどを締めるときに、このトルク
ばかりに目を奪われがちになりますが、もっと重要なことは、このようなひとつの部品を多数のボルトで締める構造の
ものは、その最終トルクで締めるまでに何回にもわけて少しづつ平均に、均等に締めていくことがもっとも重要です。
●なお、たまにチューニングエンジンで、クランクのキャップボルトなどを純正より高強度のボルトに替えて基準より
高い締めつけトルクで締めてるショップもあるようですが、これは間違っています。 なぜなら、クランクシャフトの
ジャーナル(軸受け)やカムシャフトのジャーナル穴はキャップを規定トルクで締めた状態で一体でラインボーリング
にて穴加工されていますので、組み込むときもそのときと同じ締めつけトルクで締めないとジャーナル穴の真円度が
確保できないのです。 規定より強く締めるとクランクキャップが変型してメタル穴が歪んでしまうというわけです。
ですので、各軸類のキャップのボルトやヘッドボルトなどはメーカーの基準値の範囲内で締めなければ精度が出せない
ということです。 もし、どうしても締めつけトルク(=締めつけ軸力)を上げたい場合は、その組み込んだ状態で
もう一度ラインボーリングをするなどして再加工する必要がでてきます。
●ボルトをトルクレンチで締め付ける時の注意点としましては
1)ネジ部にゴミ、錆び、砂、切り粉等がついていないこと。
2)ネジ部に少量の油かスレッドコンパウンドのようなものを塗布すること。
3)1回で勢いよく締めつけないこと。 逆に、規定トルク手前で回わすのを止めないこと。
4)プリセット型トルクレンチの場合は「カチッ」となったらすぐに力を抜かず一定時間保持する。
5)年に1度はトルクレンチの校正をしましょう。
1)についてはとくに説明の必要はないでしょう。 2)については、ネジ工業会の「ねじハンドブック」
においては「少量の油を塗布した状態であること」と規定されていますので、若干の潤滑がなされた状態
での締め付けを推奨しているようです。 3)については、とくにプリセット型のトルクレンチでの注意点
ですが、カチッとなった勢いで過剰にトルクがかかってしまうことを防止することと、逆にカチッとなる
直前で一旦、レンチの回転を止めてしまうと「動摩擦と静摩擦」の違いにより、次にレンチを回す際には
規定値以上のトルクをかけないとならないことになるので、こうなるとプリセット型トルクレンチを使用
する意味がなくなってしまいます。 4)は、これもその人の癖によるところが大きいのですが、カチッと
なった瞬間に力を抜いてしまうと案外、規定トルクに達していないことが多いものなのです。 なので
本来はカチッとなった状態で僅か(数秒)ですが一定時間保持してから力を抜くのが良いとされています。
※それと、トルクレンチは締め付け専用ですので、けっしてボルトを緩めるときに使ったりしてはいけません。
狂う元になります。 なぜかというと、規定トルクで締められたボルトを緩めるには一般的に締めつけたときの
1.5〜1.7倍のトルクが必要になると言われています。 たとえば12kg-mで締めたボルト、ナットを緩めるには
約20kg-mものトルクが必要になるということです。 つまり、それだけ過大なトルクがトルクレンチにかかる
ことになるので、場合によってはそのトルクレンチの限界許容トルクをオーバーしてしまう危険があるのです。
なので、トルクレンチは絶対に緩める際には使用してはいけません。

↑また、プリセット型トルクレンチは使用後必ずダイヤルを「最弱」の状態に戻した状態で保管してください。
これも精度を長く保つための秘訣です。
また、プリセット型トルクレンチはある程度締めつけトルクの許容範囲に余裕のある場合に適したレンチです
ので、先に挙げたエンジンのシリンダーヘッドや、クランクのベアリングキャップ等、重要な部分を締めるとき
はプリセット型ではなく、もっと精度の高いダイアル式(直読式)のトルクレンチを使用すべきです。

↑ダイアル式(直読式)のトルクレンチの例。 エンジンを組む際などはプリセット型では誤差が大きく
使い物になりませんので、こうした高精度なダイヤル式のトルクレンチを使用します。
注意) 上記の数値、および記述はあくまで私の経験と参考にしてきた資料によって私が独自に導き出した
ものですので、これを保証するものではありません。
また、ネジの締めつけに関してはこの他に角度法とか塑性域変型法とか様々な方法があり、これらをすべて
書くとそれだけで一冊の分厚い本になってしまうくらい奥が深いので、今回ここで私が書いたことは本当に
「ごくごく初歩の基本でしかない」ので、興味のある方はいろいろな書籍で勉強してください。
<おまけ> 現在市販されている中で「最強」と思われるボルト「超強度六角穴付ボルト」

↑通常、一般に入手容易な最強のボルトの強度区分は12.9ですが、これはそれより強い14.99というクラス
のボルトです。 エンジンのコンロッドボルトなど特殊なものはもっと強いのもありますが、一般入手可能
な汎用ボルトではおそらくこれがもっとも強いと思われます。
「14.99」というのは、最初の14は引っ張り強さ140kgf/mm^2を、次の9は降伏点(耐力)がその90%で
あることを、最後の9は伸び率が9%であることを表わしています。
材質は一般の12.9ボルトがSCM435の焼き入れ硬さHRc35程度なのに対し、この14.99ボルトは材質に
SNCM439を用い、焼き入れ硬度もHRc45程度まで高められています。 このSNCM439という材質は
ニッケルクロムモリブデン鋼で、レーシングエンジンのクランクシャフトなどに用いられる強靱な材質です。