(番外編)「電線一本で世界を救う」を読んで

世の中には読み手のメディアリテラシー力を試される本が溢れています


●前回の「アーシングとバッテリーについて」で書いた「銀線アーシング」についての本というのは

「電線一本で世界を救う(山下博 著)ではないのか?」というメールをいただきました。 で、それに

対してのご意見もいくつかいただきました。

↑山下博著「電線一本で世界を救う」集英社刊

そうです、まさにその本であり、私も知人から薦められて読みました。その知人はその内容にえらく共感

してましたが、私が読んだ限りではとても稚拙で説得力のない中身の薄い本にしか思えませんでした。

ですが、特定の書籍についてなんだかんだ書くとまたクレームが入るのが嫌だったのであえてタイトル

は挙げず曖昧な表現にしておいたのです。 しかし、今回はけっこうな人がこの本を読んでおり、また、

意外にもこの本の内容を疑うことなく信じきっている能天気な人も多いようなので、今回はこの本の

おかしな点、疑わしい点について書きたいと思います。

 

で、私のアーシングについての考え、および銀線を使う無意味さについては前回の更新で書いた記事の

通りなのであらためて書くことはないのですが、この本「電線一本で世界を救う」の内容については

かなりの疑問点があることは事実ですので、今回はそれについて書いていこうと思います。


●まず、この本の著者である山下氏は「日本にはこうした効果を公的に検査する中立機関さえない」と

書かれていますが、これは大嘘もいいとこです。

日本にはJARI(公益法人 日本自動車研究所)という立派な公的試験機関があります。 ここできちんと

国土交通省が指定した方法でのJC08モードあるいは10・15モードでの検査ができます。

事実、いろんなチューニングショップやチューニングパーツメーカーが作ったスポーツ触媒やマフラー

の認証制度試験はここでおこなわれて認可が降りますので、この山下氏の銀線アーシングだって本当に

効果を立証したければJARIの公式試験にかければいいだけです。

個人では受けてくれるかどうかわかりませんが、法人であれば規模に関係なくJARIは検査をしてくれます。

もちろん、費用がかかることは当然ですが、山下氏は特許云々で何百万ものお金を使っているとの話なので

それに比べればJARIの試験にかかる費用はせいぜい30万から50万円程度だと思うので、それほど高額な

わけではありません。

 

しかし、山下氏はなぜか日本の公的試験を避けてアメリカの試験機関に検査を依頼したと書いていますが、

その経緯、詳細については一切触れていません。 このへんはどうも怪しくて胡散臭いです。

しかも、その他「実証実験」と称し、200人だかの平均燃費データを取ったと書いていますが、こんなのは

たとえサンプル数が2000人いたとしてもアテになるものではありません。 不確定要素が多すぎるからです。

そんなことするくらいなら、それこそ前述したJARIに数台の車を持ちこんで、きちんとした一定条件が整った

状態でモードテストをおこなったほうが100倍も1000倍も信用できます。 それも「日本の法律に基づいた

公式試験結果」なので、このデータは国際的に信頼され世界に通用するものになるのです。

 

それを、山下氏は自作したその銀線アーシングを複数の自動車メーカーに持ち込んだが相手にされなかった

と書いていますが、そりゃそうでしょう。 それこそ「公的機関」であるJARIなどの信用できる資料などの

「お墨付き」がない状態で民間企業に飛び込み営業のようなことやっても相手にするわけありません。

個人的、私的なデータなんか捏造だと言われても当然です。 この手合いのオカルト商法は昔からあること

ですからね。 この人はプレゼンテーションの基本がまずできてないというわけです。 極端な話、これでは

詐欺師扱い、ペテン師扱いされても仕方ありません。

 

さらに文中で、空燃比の変化に伴うHC、CO、NOxのすべてを低下させたことについて理論上ありえないと

書いていますが、これもひとつの傾向にすぎず、そのときのエンジンの負荷や燃焼温度によっても変わるし、

とくに三元触媒装着車の場合は、たとえばアースチューンによって若干とはいえ燃焼温度および排気温度が

上昇したことから触媒が活性化して結果としてすべての要素が低下しただけと考えるほうが自然です。

↑三元触媒の転換(浄化)効率の一例。 一般的な三元触媒装着車ではO2センサーによるA/Fフィードバック

領域の理論空燃比付近では排気温度上昇とともに触媒が活性化すればCO、HC、NOxの3要素すべてが同時に低下

するのはごく当たり前の現象なのです。 決して「理論上ありえない」ことなどではなく、何ら不思議な事では

ないのです。 この本ではその程度の簡単な探求、推測すらまったくされていません。 ある程度のエンジン、

自動車についての知識があれば容易に推測できるレベルのことなのではないかと思うのですが、それを山下氏は

自分のアースチューンによるこの現象をまるで「魔法」でもあるかのように歪曲した表現をしています。

 

さらに「一度取得したはずの特許が取り消された」件についても山下氏は「メーカーからの圧力だ」などと

根拠のない妄言を書いていますが、これもただ単に「科学的な根拠、信用性がない」から取り消されたのだ

と思われます。 だからこそ公的に認められるデータが必要なのです。 私も過去に特許取得したことがあります

のである程度はわかりますが、特許は「他の特許に抵触しているか」や「本当に科学的根拠が正しいか」以外の

理由で取り消されることはまずありません。「メーカーからの圧力」で取り消されたなんて妄想もいいとこです。

 

また、この排気ガス測定もいい加減なもので、車検でおこなうようなアイドリング状態でのHC、CO、NOx検査

では実際の走行状態とはかけ離れたものでしかありません。

知っている方も多いと思いますが、現実の車検では触媒の中身(セル)を抜いて筒抜けにしても実際は車検の排ガス

試験数値をクリアーして通ってしまうこともあるほど曖昧なレベルのものなのです。 だからこそ、前述した

「JC08モードまたは10.15モード」での公的試験にかけなければその有効性は「公的に証明できない」のです。

自動車メーカーだってそのくらいのことはわかっていますから、言ってみれば「出直してこい!」という意味で

邪険に扱ったのではないでしょうか。

 

↑<参考> 10・15モード試験パターンの例です。 これらの試験はシャーシダイナモ上でおこなわれ、その車の

重量ごとに条件が細かくわかれています。 当然ながら気温、湿度、気圧なども規定された条件でおこなわれます。

ちなみに10・15モードやJC08モード試験というのは一般には燃費を評価する指標だと思われていますが、元々は

排ガス検査のためのものです。 燃費についてはむしろついでに測れるので測っているものとお考えください。

なお、現在のJC08モードは10・15モードより高い速度でテストされ、しかもエンジン始動直後の暖機運転段階から

試験されるため、より素早い排ガス浄化性能が求められています。 最近のエンジンが触媒がタンデムに2個ついて

いるのはこの厳しいJC08モードをクリアーするために不可欠だからです。

 

●そもそもこの本ではなにひとつ具体的な検証データが載っていないというのが疑わしい点です。 外国でおこなった

とかいうその実験も具体的なデータ、グラフは一切ありません。 HCおよびCOの数値が次第に低くなっていったと

いうのもただ単に触媒が温度上昇とともに活性化しただけとも考えられます。 もし仮にそれがアースチューンだけ

の効果であるならば、時間とともに減少していくということ自体に疑問があります。 山下氏は「銀線は電子の移動

が速いため、瞬時に静電気を逃がす」と書いているのですから、ならばその効果も瞬時に出なければ説明がつきません。

 

くり返しになりますが、私は銀と銅の差はあくまでも電気抵抗値の差であって、この電子の速度の違いなどは現実には

いっさい関係ないと考えています。

電圧の変化は「波」であり、1個の電子が電線の中を移動して伝えているわけではなく、次から次へと電荷の伝達が

おこなわれる「電子の波」が電流そのものであり、その波の速度は「理論上は」光速です。 電子の速さがそのまま

電流の速さになるわけではありません。このへんはハッキリと区別して考えなければいけないのですが、どうもこの

本ではそれが混同されて、さも「電子が速い=電流も速い」とミスリードするように書かれているフシがあります。

電荷の伝達の速さ(=電流の速さ)に比べたら電子の動くスピードなんて亀の歩行並みの遅さでしかありません。

ましてや、これがコンピューターのCPU配線のようなミクロンオーダーレベルでしかも毎秒ギガフロップスのような

計算速度をするような電子部品ならいざ知らず、車両のアース程度のレベルで電子の速度差など出るはずがありません。

↑山下氏がその効果の根拠としている銀の電子平均速度がこれです。 しかし私は現実には無関係であると考えています。


●私はこの本のすべてを否定しているわけではありません。

いちおう断っておきますが、前回の更新でも書いたように、私個人はアーシング、アースチューニング効果そのもの

は否定しておりません。 私も自分のジムニーに追加アース線を施した結果、たしかな手応えを感じましたし、決して

アースチューンはオカルトチューンであるとは考えておりません。  この山下氏はもともとオーディオマニアで

オーディオ関係でケーブルにこだわった結果、副産物としてこの自動車のアースチューンにいきついたと書かれています。

私自身も若かりし頃はオーディオにもそれなりに凝っていた時期もあり、スピーカーケーブルはもちろんのこと、

CDプレーヤーとアンプをつなぐケーブル、電源コードやアースなどにもかなり凝っていいものを使ったりしていました

(ちょうどその頃はLC-OFCだのPCOCCだのが盛んに使われ始めた頃でした)こともありますので、オーディオマニア

の線1本にこだわる気持ちは理解しているつもりです。 今、私の部屋にあるダイアトーンのスピーカー、DS-97Cに

繋がっているスピーカーケーブルもPCOCCの単線ケーブルですし。

そういう意味ではこの山下氏の考えには親近感を感じますのでできるだけ尊重し、理解してあげたいとは思っています。

 

しかし、世間で認められるためには具体的かつ公的に認められるデータが必須であり、それがなければそれこそ

テレビショッピングによくある健康食品の「これは使用者の感想であり効果、効能ではありません」と同じレベルで

しか受けとめてもらえないのです。 私は不思議でなりません。これだけの本を書くのになぜ科学的、具体的データや

数字、それも個人的、私的なものばかりで客観的なものがほとんどないのか。

これでは「公的試験機関のような客観的検査をされたら嘘だということがバレてしまうので困るからじゃないのか?」

と疑われてもしょうがないと思うのです。 エンジンチューニングは科学であってオカルトではありません。

科学である以上、客観的見地に基づいた立証データがなければ専門家は誰ひとりとして信用してくれないのは当然です。

オーディオマニアである著者は「五感を大切にする」と書かれています。 たしかにそれは理解できますが、先にも述べた

ようにエンジンチューニングは「科学であり、物理であり、理論と客観的実証」がすべてです。

それが客観的方法で証明できないからといって「五感」に逃げられてはそれこそ自ら「オカルト」であることを認めて

しまったようなものではないのでしょうか。 このあたりが非常に残念でなりません。

 

●「説明には説得力が必要だ」これが私の持論です。 山下氏のこの本には残念ながらそれが大変不足しているのです。

読む人、とくに一般人ではなく、メーカーや専門の技術者を納得させられるだけのデータが一切なく、実際に自分の車

にアースチューンを施した際の検証もただの感覚によるインプレッションでしかなく、具体的かつ客観的なデータ計測を

しているわけではないのです。 たとえば「自分の車にアースチューンをしたらヘッドライトがかなり明るくなった」

と書いているがこれも「かなり」などと感覚的で抽象的な表現だけであり、予備車検場で簡単にできる照度テスターによる

数値比較すら行っていないのです。

これだけでは稚拙すぎてハッキリ言って「みんカラのパーツレビューや整備手帳と変わらないレベル」でしかなく、

「ふーん、あ、そう。」で終わってしまい、まったく説得力がありません。

 

いくら「門外漢」だからといって、こんな素人レベルの内容では一般のクルマ好きやカーマニアは騙せても、多くの

専門エンジニアや自動車メーカーの技術者を納得させることはできないと思います。

それをどう取り違えたのか山下氏は「日本は閉鎖的だ」とか非難していますが、自らのやり方があまりに幼稚すぎる

ために説得力が足りないということになぜ気づかないのでしょうか。


●以上が私がこの「電線一本で世界を救う」を読んだ感想です。 ちなみに私はこの本をちゃんと自分でお金を

出して購入して読みました。 けっしてナナメ読みして重箱の隅をつつくような揚げ足取りをするためにこの文章

を書いているわけではありません。 きちんと熟読したうえでの感想です。

 

この本の内容をどう捉えるかは人それぞれだと思いますが、私の結論としては、アースチューンによる効果そのものは

否定しないし、銅線より銀線のほうが有利であることは認めます。 しかし、山下氏のその理屈は理解し難い疑問な点

が(とくに電子の速度差による実際の影響についてはかなり疑問)多く、なおかつ客観的視点に欠けており、さらには

過剰表現も多く、読者をミスリードしようとしているとしか思えないというところが多々あります。

その前に証明および検証すべきデータがたくさんあるのではないかと思うのです。 結局、どんな書籍でもそうですが

常に「メディアリテラシー」の精神は大切です。 えてしてこういう本は自叙伝的な記述をしておりますので、自らを

演出し、虚飾して大袈裟に書かれていることが多い(実際にこの本もそういう面がかなり強い)ですので、その内容を

短絡的に安直に鵜呑みにしてはなりません。 きちんとその真偽のほどを読み手が自分自身で考え、調べ、常に「本当

にそうなのか?」という疑問を持ち「うまく騙されないように」しなければいけません。 このことをしっかり肝に

命じながら読むことが大切なのです。 こういう本を疑うことなく信じてしまう人はいわゆる振り込め詐欺などに簡単

に騙されてしまう人と同レベルの知能しかない人でしょう。

 

●私が現在自分のJA22ジムニーに使用しているアーシングケーブル。 装着してもう10年以上になります。

そういえばアーシングキットをはじめて商品化したのはどこなんでしょうかね? いくつも「元祖」とか主張している

ところがあるのでさっぱりわかりません。

本当か嘘か知りませんが、本の中で山下氏は自らを「アースチューン(アーシング)の発明者」だと言っていますので

とりあえず興味のある人は暇つぶし程度には読んでみて損はない本だとは思います。 ただ、くり返しになりますが、

この本に書かれていることすべてを鵜呑みにはしないほうが賢明です。


えんいー! ヽ(´ー`)ノ~~~