お客さんたちのコラムー♪ (^◇^)



めにゅー
ホーボー by ALEXさん
映画「みすゞ」鑑賞記 by 六の宮の姫君さん






ホーボー
By ALEXさん
列車でのアクション映画は「カサンドラ・クロス」をはじめ、蒸気機関車暴走ものなどを含めて、数多くありますね。疾走する列車でのアクション、制作者側にとってはこれだけで観客をハラハラさせることができるんですから、ついつい作りたくなるでしょう。

車高の高い車、例えばバスやダンプなどではあまりスピード感を感じません。英国やドイツで走っている二階建てのバス(意外でしょうが、少なくともベルリンではほとんど二階建てバスです。色は黄色ですけれどね)。「ダブル・デッカー」っていうんですが、それに珍品として香港の二階建ての市電。これらの二階からながめる視界ではますますスピード感はありません。

だけど、車高が地面すれすれのレーシングカーなどでは同じスピードを出しても、スピード感はすごいらしいですね。つまり視線が(目線という言葉が大嫌いです!)、地面に近いほどスピード感がでます。
一度外国でベンツ・クーペ(車高が低い)の助手席で250キロを経験したことがあります。オーナーのアラブ人が私を怖がらせようとしてスピードをどんどん出し、最後に250キロに至ったんですが、それでも私が平然としていたので、悔しがっていました。この時疾走した場所は中近東の比較的広いところだったので私にとっては特に怖くはなかったんですが、日本の狭い道路で250キロなら・・、怖いでしょうね〜?
私ならきっと小便を漏らしてしまうかもしれません。

つまり地面との距離と共に、周囲の広さもスピード感に関係するようです。ジェットコースターもでんぐり返りばかりでなく、トンネル内走行を導入すればもっと容易に怖がらせることができるんじゃないかな?
いや!トンネル内をお化け屋敷にすれば更にこわい。疾走するコースターにお化けが併走・・? 私も馬鹿だね・・・。

列車アクションは地面に近いから迫力がある。しからば地上遙か上空の航空機ものではどうか?
航空機では下界との対比スピードの怖さが無い代わりに、墜落と密室・閉所恐怖症がある。それに付き物のアラブ・ハイジャック犯も出番を待っています。
飛行機に乗るのが嫌いな人が結構いますが、私は全く気になりません。そんな人達は「あんな重いものが空を飛ぶなんて信じられない・・・」なんて決まり文句のように言うんですが、あなた! 学校で習った揚力というものがあるでしょう!揚力が!

NYテロ以来、テロが怖いと海外旅行のキャンセルも多いらしいが、(特に女性に多いらしい)私にはその気持ちもわかりません。海外旅行でテロに出くわす可能性がどれだけあるんですか? ・・と言ってみても無理か?
それより、おばちゃん達! チャリンコでの「道のど真ん中 大逆走!」や「赤信号完全無視 威風堂々横断!」をやめてね!
私はこれがテロよりよっぽど怖い!

さて「北国の帝王」なる映画がありました。
アーネスト・ボーグナインとリー・マービン共演。
米国で鉄道網が完成した頃、無賃乗車で放浪するobo (ホーボー)」と呼ばれる人が続出したんです。
この映画では A・ボーグナインの鬼車掌が無賃乗車しているホーボー達を見つけ出しては、ハンマーで殴り殺したり! 突き落としたり、やり放題!
まさに鬼畜の仕業です。
これにホーボー代表のリー・マービンが対抗して死闘を繰り広げる・・・。
やはり列車の屋根の上でのアクションが見物でした。

このホーボーという言葉、一説には日系人が「方々(ほうぼう)を放浪・彷徨する」と話した言葉から生まれた言葉だ・・・と聞いたことがあります。それもかなり有力な説らしいですよ。






映画「みすゞ」鑑賞記
By 六の宮の姫君さん
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/misuzu/

山口県が生んだ夭折の詩人・金子みすゞは、 今大変なブームで、
昨年は松たか子主演のテレビドラマも 放映されましたが、
詩の朗読の仕方がなっていない、 故人のプライバシーを暴き立てただけの脚本だと、
みすゞファンの間では不評だったようです。(私は見ていません。)
映画の方は田中美里が主演なので、見に行きました。
みすゞは、晩年夫に淋病を移され、精神的にも追いつめられましたが、
田中美里自身、強迫神経症で苦しんだ時期があり、
迫真の演技を見せてくれるだろうという期待があったからです。 (残酷な期待ですが。)
予想に違わぬ好演でした。また、夫役の寺島進は初めて見ましたが、彼がまた陰のある役柄にぴったりだと感じました。
ひどい夫ではありますが、彼もやはり「使用人あがり」という立場と、
妻と同じ世界を共有できない自分に苦しんでいたのでしょう。
それに対して、正祐役の加瀬亮は、一生懸命だけど役不足という感じでした。

映画のオープニングでは、みすゞの故郷・仙崎の風景が広がりました。
若い頃、山口県の土井ヶ浜や仙崎に海水浴に行っていた私は、 いきなり画面に引き込まれました。 (山口は、海の色も砂浜の色も福岡とは違います。)
また、書店や民家の建物や、路地裏など、すべてどこか見覚えのあるような、懐かしい風景でした。
遊郭の建物も昔の佇まいのまま、残っているそうです。 これも山口県が大規模な空襲を受けなかったおかげでしょうか。
映画のHP「プロダクションノート」を見ると、 仙崎や下関の人々がいかにこの映画制作に協力したか、 そのご苦労のほどが、よくわかります。
ただ、作中に何度も出てくる、磨き込まれた階段のアップのシーンの意図するところが不明でした。
懐かしいといえば、映画の登場人物が着ていた昭和初期の着物。この時代の着物は、色柄がとても素敵です。 細部に渡るまでよく考証された映画ではありましたが、ちょっと凝りすぎて、カットが多いように感じました。スチール写真が荒木経惟ということも関係しているのでしょうか。

心配していた詩は、演じている役者がそれぞれ 雰囲気をこわさずに読んでいたと思いますが、 朗読よりも画面に文字だけ映し出された詩の方が、 やはり好いものでした。
一番感銘を受けた詩は、「日の光」です。
おてんと様の「光」の部分だけでなく、 「影」の部分を詠ったところが素晴らしい。
代表作「大漁」も、人間にとっての幸福は、 魚にとっての悲しみであることを詠っていますね。
森羅万象の光と影を見通す目を持っていたみすゞは、 本当に天才だと感じます。




トップページに戻る