『ドラムセット夜話』(1)

by Yotchira

新連載!
楽器としてのドラムセットのすべてが分かる解説の書であるとともに、20世紀ジャズの100年史をドラムセットの変遷という側面から検証する歴史書でもあり、かつ生の北海道弁をも楽しめる一挙三得の奇書ついに公開!
あなたはこの中にちりばめられた虚実をはたして見分けられるか!?

(尚、筆者自身のドラム演奏データは、どのようなメディア再生ソフトをダウンロードしても聴く事は出来ません。)


 お!来たか来たか、さ、早く入ってこっちへ来なさい。
長いトイレだったなぁ〜、あ、あは、あはははははは!
 あぁ失礼失礼、さあこれで全員かな。今日もゼミおつかれさん、ほらもっと皆ストーブの近くに来ないと。
 えぇ?いいにおいだろう?もう焼けてるかな。はい、スルメでもイモでも食べていいよ。
 そういえば岡田くんは内地から来たんじゃったな、ごしょイモ、いやいやじゃがいもを煮てふかして冷えたやつをこうしてストーブの上で焼いて食べるなんてのは初めてかもし知れんが、これがうまいのじゃ、これが。ほらほら食べて食べて。バターもたっぷりね。
あ、熱いから気をつけてな、爪の先でつまんで。そうそう。
 どうかな、岡田くん、初めての北国の冬は?まぁひと冬越せばなんということもないけ
どねぇ。もう少しのしんぼうじゃよ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ。
 ゼミの教室はここと違ってちょっと寒いからねぇ、温まりたい人は遠慮なく先生の部屋に来てもいいんじゃよ。ただしゼミに関する質問を持ってな、あ、あは、あはははははは。

 ほら、スルメ。お〜いい具合にひのってるのぉ〜。ちょっとエロチック、ヘヘヘヘ。
 酒はこれしかないからね、悪いけど。『屯田錦』、いちおう地酒。茶碗そこね。自分でついでくれ。
 うん?灰皿?目の前にあるでしょ、きみの目の前。・・・ストーブじゃよストーブ。あ、あは、あはははははは!
 あー石原君、石炭少しクベてくれる?・・・クベるの。そこにゲンノあるでしょ?・・・え、わかんない?
 これがゲンノ。これで石炭を少しね、こうやってクベるの。分かった?分かったね。よしよし。今度からやってね。石原君は石炭係、なんちゃって、けけけけけ。

 け、え、何?あれは何だって?あの隅っこに置いてあるものかね?
 うーん、あれはドラムじゃよ、ドラムセット。あ、それは分かってる、失礼しましたね。
はいはい、何でドラムが私の教官室にあるのか、だな。
 ふふふ、この私が昔使っていたからじゃよ。
 小橋くん、何をびっくりしておる。そうだこの私だ。先生は何をかくそうドラマーだったのじゃ。お、お、おいらはどらま、やくざなどらま、・・・・・だいじょうぶ小野くん心配するな、おかしくなったわけではないわ。
 それはそうと君たちはドラムセットに秘められたドラムの物語を知っているかな?

 あの、シンバルや太鼓がいくつか組み合わさったドラムセットは、それ自体が、過去百年もの間綿々と続いてきた、ひとつの音楽の歴史なのだよ、これが。アメリカ南部の黒人のうめきやら、西海岸のヒッピーたちの怒りやら、はたまたティーンエイジャー同士のせつない恋・・・あ、ちょっとハンカチ・・・どうもサンキュウね。

 うんうん、では今夜はみんなにドラムセットのお話をしてあげようかな?あぁ、ノートは出さなくていいからね。リラックスして聞いてくれたまえ。吉野くんお酒どんどんいってね、遠慮なく。


 はじめに、何故ドラムセットというか、をお話ししておこうか。

 見ての通りあれはいくつかの太鼓とシンバルそれを立てるためのスタンドなどが組み合わさって出来ているからセットなのだな。これは分かるね。
 20世紀のはじめまでは、つまりアメリカはニューオーリンズにジャズという音楽が誕生してしばらくはドラムはセットではなかったのだ。クラシックのオーケストラの後の方に並んでいる打楽器群のように、もともとは大太鼓、小太鼓、シンバルは別々の人間が叩いておった。オーケストラが移動しながら演奏する必要上、これは戦争の時の士気高揚という目的だったと思うが、軍楽隊が生まれた。そこでの打楽器は当然ながら一人一個の楽器を鳴らしておったということじゃね。軍楽隊が発展した吹奏楽団、ブラスバンドも同じで、打楽器隊はふつう5〜10人ほどの団員がいれかわりたちかわり太鼓やシンバルを演奏しておる。
 余談だが、この分担にも序列があってな、打楽器隊の中で一番の腕ききは小太鼓〜スネアドラムというが〜にまわり、その他は皆ひとからげ。これはやはり小太鼓のテクニックが全体のサウンドに大きな影響を与えるからでな、世界のトップバンドなんかでは、なんとスティックを手で支えずに空中で浮かせて叩くという超能力的なやつもいる。
 それに比べると大太鼓なんかは、ドンドンドンドンとほとんど一拍ずつ打っていればいいし、シンバルに至っては10分に一回くらいしか出番はないからな。ひどいのになると40分くらいの曲のなかに一回しか音符がなくて、その日彼はその一回に命をかけているのだが、あまりの緊張でタイミングを逸してしまい、何もせずに帰ってきたやつもいる位だ。もちろん彼はその吹奏楽団の職を失ったわけで、・・・信じられないかもしれんが、これは誇張でもなんでもなく、この日本で実際にあった話じゃよ、うん。え?ほんとほんと、あ、あは、はははははは。

 あー・・・・さて、アメリカでも南北戦争が終わって、負けた南軍の軍楽隊が残していった楽器を黒人たちが拾ってきて演奏しはじめ、それがジャズの誕生につながったという話はあまりにも有名だが、黒人たちはこの楽器を何に使ったかというと、自分たちの身内のお葬式だった。

 棺を墓地に埋葬しに行くときと、野辺送りがすんで帰ってくるときの伴奏に使ったわけだ。行きは『葬送行進曲』のような調子の荘厳な曲を、帰りは『聖者が町にやってくる』のような賑やかな曲を彼らは演奏した。死者に対する弔いの姿勢が行きと帰りでのこうした様変わりにつながったというのだが、なんのことはない、墓地はふつう小高い丘の上にあって、行きは上り坂で苦しく、帰りは下り坂でスキップしながら帰ってきたからだという説もある。まあいずれにせよこの明暗のコントラストがそのままニューオーリンズジャズの流れになっていくんだね。
 ドラムに関していえば、行きの演奏をファーストラインと呼び、帰りのそれをセカンドラインと呼ぶ。でもここでも当然ドラムセットはまだ発生してはいない。

 ドラムセットがその原形を現したのは、ミシシッピ沿岸の町、特にニューオーリンズの歓楽街フレンチクォーターの売春宿にあった酒場でのストリップなどの伴奏バンドなんじゃよ。
 ストリップといえば、あの出し物の鑑賞をする場合の特等席はドラマーの席であるという真実を知っているものはそうおらんのではないかな?
 なんとなればだな、踊り子は客席に向かって一枚ずつ衣服を脱いでいくわけだが、現代とは違って当時はお客に最後の最後のものまで見せてしまうことはなかったのじゃ。見えそで見えないところをワクワクドキドキしながら楽しませるのが常道だったんでな。で、踊り子は脱いだ衣服をどこに置いておくかというと、それがドラマーの目の前なんじゃよ。一枚ずつ置きにくる毎にお客からは見えない踊り子の姿がドラマーからはバッチリ見えてしまうのだなぁ。いやいや見たくなくても見えてしまうのだからしょうがない。そのたびに曲のテンポが速くなったり遅くなったりしたんではドラマーとして失格なのじゃから、彼らはそこでテンポキープの訓練をしておった、ということじゃ。どぉじゃ、泣ける話ではないかい。
 最後まで演技の終わった踊り子がドラマーの前に置いてあった衣服をひとまとめにかかえてハケる〜あぁ舞台から去るという意味ね〜その瞬間に目と目が合ったりした日にゃ、あんた、その夜の何ごとかを期待せぬものはいないのではなかろうか。そういう時に限って何もないのよねー、これが。

 また脱線してしまった、いかんな。何をニヤニヤしておるのだ小宮山君、あ、きみ!どうせこの僕自身の体験談だろうと思っておるのね。あのね、これは20世紀初め1910年ころの話だからね、言っとくけど。
 まぁいいか、話を戻そうね。

 そのステージの上に、それまで3人くらいで叩いていた打楽器をひとつにまとめて1人でやりはじめた奴がいたわけじゃな。どういう人間なのか分からんが、おそらく最初にやった奴はまわりから大拍手をあびたか、ガイキチとみられたかどっちかだろう。
 ともあれ、当時のドラムセットは今あそこに置いてあるようなものではなく、もう少し簡単な構成だった。大太鼓、これはバスドラムと呼ばれるが、それと小太鼓つまりスネアドラム、そしてシンバルだ。それも大太鼓は行進用のやつをそのまま地べたに置いたのだから直径28インチ以上。これらの現物は今もニューオーリンズのルイジアナ州立博物館2階ジャズミュージアムに展示されているので、そっち方面に行く人は必ずのぞいて見るように。いいね吉野君。
 
 さあ、ドラムセットの発生当時の状況は分かったかね?・・・あー、先生のお酒ない。
あ、どもどもありがと小野君。ちょびっとでいいよ、ちょびっとで。
 
 あぁ、いよいよ本格的に降ってきたな。今夜はつもりそうだ。あ、石原君、石炭。
今野くんねむたくなってきたかな。じゃあほら、あそこの仮眠室でひとねむりしていいよ。
 このスルメもういいみたい。小橋君食べて。
 
 じゃあ今度はあそこのセットひとつひとつについて詳しくお話しして行こうね。
 え?その前に何か叩いてくれ?・・・・うーん。
 まぁ周りには家もないし、迷惑にはならんかな・・・。じゃあひとつ久しぶりにやるかね。はははは、そんな囃し立てないでくれ、調子にのりやすいたちなんでな。
 じゃあ、岡田君そこの本棚にあるスティックをとって。ほらそこ。サミュエルソンの横。

M1:『Sing Sing Sing』(G=クルーパー)

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