『 ジャムセッション乱入マニュアル』前編

by Yotchira


 これは、初めてジャムセッションに参加するジャズミュージシャンのためのマニュアルです。
ですからもしかしたら聴衆としてその場に参加するリスナーの皆さんに知られるとマズイことも書かれるかもしれません。(これから何をどういうふうに書いていくかプロット及びコンテンツが決まってないので、分かりませんが。)
 でも、リスナーの方もこれらを知っておくとセッションの聴き方が変わるかもしれないので、興味のある方は読んで下さい。


 私がこれを書くキッカケになった出来事は8月某日、東京ではかのShimosato Bandの月例ライブが行われた日に、札幌でほんと〜〜〜〜〜〜に久しぶりに私が参加したジャムセッションでした。(なぜ私が札幌にいたかは後述)
周りが全て初対面のメンバーというセッションは何十年ぶりだったでしょうか。もしかすると楽器を手にしてから初めてだったかもしれません。

というのは、たいていの場合、セッションというのは誰か知っている人が一緒のケースが多く、その人を通じて自分の実力の度合があらかじめ周囲にも分かっているわけで、ある種、安心感があったりするからです。
こういう場合はさほど緊張もせずリラックスして音を出し始められるのですが、よく考えてみると私には、周囲の人間すべてから『こいつはどういう奴なのだ』という目で見られる経験がなかったことに気がついたのです。(実際過去数十年の人生をつぶさに調べると、こういう経験は、青春の一時期ミュージシャンを生業とするに至るキッカケとなった、あるプロバンドのオーディションが1回だけありました。しかしこれはあくまでも私の楽譜初見力をテストする目的で、たてつづけにジャズ、ロック、R&B、カントリーなどのスタンダードを50曲ほど演奏させられたという体験なので、純粋な意味でのセッションとはいえません。)


 一人では決して知らない飲み屋に入ってはならないことを、家訓もしくは座右の銘もしくは人生の行動指針もしくはママからの申し伝えとしている私は、毎月第一日曜日13:00〜18:00に札幌市内の小さな某ジャズライブハウスで行われている、600円ワンドリンク付きの『フリー参加ジャムセッション』に気軽に足を踏み入れた瞬間、初めて体験するビヨンド=ディスクリプショナルな緊張感に思わず武者震いがしました。
 実は私は当日そこから50mと離れていない場所である仕事をしていたのですが、休憩時間を利用してそこに出かけてきたのです。この、自身の信条に反する行動に私を駆り立てたものは、いうまでもなく、『東京では今日うちのバンドの連中とお客とが月例ライブを楽しんでいるのにオレだけ仕事かよ、え〜い腹がたつ、お〜し、いっちょうあそこで2,3曲叩いてくるか〜!』(註1)という、日頃沈着冷静を標榜する私のなかのアブノーマルな心の動きであったことはいうまでもありません。(涙)

註1:この日、私の所属するジャズバンドは東京でライブの真っ最中であり、仕事の私は1人札幌でフテくされておりました。

 さて、そんな四面楚歌(と本人だけが思っている)の状況の中で、居心地の悪さを忍びつつ私が思ったことは、周りの人間の目つきがとても真剣だということでした。
 これはジャムセッション以外のライブでは真剣さが足りないという意味ではありません。通常のライブとの真剣さの質の違いをいいたかったのです。
楽器を抱きしめながらステージを見つめる若者の目、目、目。
 そこには自分しか頼りに出来ない情況におかれた動物のみが発散する悲壮感が漂っていました。それは、レベルの差こそあれ、かの1940年代NYのミントンズ・プレイハウスや、1950年代東京のモカンボに匹敵する(といっても行ったことないけど)張り詰めた雰囲気が感じられました。
 自分が今住んでいる札幌の片隅にこういう場があり、おそらく全国津々浦々にもあるのでしょうが、その世界をいまさらながら垣間見た感動に、しばし私はひたったものです。


 ここで、ジャムセッションの形態についてお話ししましょう。
(事前にお断りしておきますが、これから書くことは全て私なりの考え方ですので、皆さんはその主旨を自由なスタンスで汲み取り活用なさって下さい。こんなことあたりまえのことですが、弊バンドのメンバーはもとより、世の中の一般的なミュージシャンが同様のことを考えているわけではありませんのでそのおつもりで。ご意見、反論は大歓迎です。もし無反応の場合には、きっと皆さんが寛容の精神で苦笑しながらも『まぁいいんじゃないの=So what』の気持ちでお読みいただいたものと勝手に判断させていただき、どんどん調子にのってまいりますので、こちらもそのおつもりで。)


 ジャムセッションとは『レギュラーメンバー以外の人間同士が、ブッツケ本番的演奏行為を通して、一期一会の交流を図るジャズの実践、あるいはその空間である』と定義します。
 そこにはメンバー構成上、2つの形態が考えられます。


 その形態とは、(1)数人のレギュラープレイヤーの中に数人のゲストプレイヤーが乱入する形、そして(2)演奏に参加する全員がゲストプレイヤーである形、の2つです。

 それではひとつづつ説明します。

(1)数人のレギュラーの中に数人のゲストが乱入する形

 例えばピアノ、ベース、ドラムスというリズムセクションがレギュラーで陣取っているところに、管楽器やヴォーカルといったゲストが加わる、という場合です。あるいは、4,5人のレギュラーグループのベースだけゲストと交代する、という形も当然あてはまります。要は、いつもやりなれているコンセプトの中に異分子としてのゲストが混じるわけで、この時、異分子がどのようにそのサウンドコンセプトに同化していくか、又は反発するかという過程がそのままそのセッションの出来具合に関わってきます。
 しかしながら、同化すればOK、反発すると良くない演奏になってしまう、という単純なことではありません。
 この点がジャズという音楽のまさに凄いところで、ここで我々人間の身体を引き合いにだすことにしましょう。

 もともとあったレギュラーコンセプトがあなたの肉体だとすると、異分子たるゲストは口から体内に入ってくる食物と考えられます。
もしもあなたが『お肉ダイスキ人間』だった場合、食物が吉野屋の牛丼などであったとすると、その時あなたは空腹を満たす至福の時間を、あるいは安心感あふれる快適な時間を過ごせるかもしれませんが、あなたにとっての精神的な刺激度は、そう高いものではないはずです。それどころか、そういうことの繰り返しは、いつの日かあなたを動脈硬化の苦悶地獄へといざなうことになるのです。

これをジャズにおきかえると、ピアノが(粉ッぽいワカメの味噌汁のような)型通りのバッキングをし、ベースも(生卵のように)教則本通りの4ビートランニングで、ドラムスは(ハクサイの御新香のごとき)お約束のフィルインしかやらないところに、ゲストがこれまた(今日はちょっとふんぱつして注文したゴボウサラダに似た)甘美で耳慣れたフレーズでスイングジャズなどをやるサックスである、というようなもので、確かに出てくる音は(並み、味噌汁、御新香、卵にゴボウサラダで締めて650円の御会計になりま〜す、という)聴衆にも心地よいものでしょう。
 しかしながら、私にいわせればそのようなジャズは、ホテル最上階のしゃれたラウンジで、ポケットにルームキィを忍ばせながら、いつ相手を部屋に連れ込もうかと気をもんでいる男と、勘定のことなど気にもかけず、連れ込まれる前にもう1杯この店で一番高いカクテルを飲んでやろうなどと画策している女の前で演奏してほしい。
 そういったしろものです。

 ただし、耳に心地よいセッションを全面否定するものではありません。
 好きなものばかりを食べているセッションでも、食物自体が玄米や納豆のように元来身体にいいものであったり、ハーブのように適度な優しい刺激を与えてくれるものであれば、セッションの中身も充実したものになること間違いありません。

 けれどもセッションにはこうした安心できる全国チェーン店的展開とは全く逆の場合もあります。

 ここであなたの肉体が全然欲していないものを飲み込んだ場合のことを考えてみましょう。
 例えば、あなたの口に入ってきたものがそれまで食わずぎらいだったホーレン草だったとしても、ひとくちふたくちと食するうちに、もしかするとその味にえもいわれぬ快感を覚えて、今までのホーレン草ぬきの人生を密かに懺悔しつつも、目ウロコ状態となったあなたはとんでもない哲学的真理に気がつくかもしれません。そして他方肉体的にあなたの行き着く先はどこか、というと、そうです、ポパイなのでしょう。

 ジャムセッションにおいて、思索的なウェストコースト系コンセプトの中にいきなりアルバート=アイラーのごときギリゴリグァラゲロ系サックスや、はたまたマクラフリンのような情熱伝道師系ギタリストが入ってくる、それとは逆に、どす黒いブルースセッションの中に、タック&パティのブロマイドの半分だけ引き裂いてもってきた風鈴のようなギターがからんでくる、などがこの形です。

 この場合でも、ただ異分子が入れば活性化されるかというともちろんそうではなく、受け入れる肉体のほうの消化機能がそれなりでなければ、単に未消化のまま体外糞出されるだけなのです。優れた消化機能とは即ち、受け入れ側のピアニストがいろいろなジャンルの経験豊富であり、ベーシストがいきなりウッドベースでファンクを弾いてしまう遊び心をもち、ドラマーがよくポリリズムを理解し、かつ他の人の繰り出す音を聴いて即応できる、というように、各ミュージシャンの持っている『引き出し』が多いことを指します。

 こういう精神的にわきまえた、しかも体力十分のメンバーの活性化された胃袋の中で、異分子はその細胞を無限に分裂増殖させ、つ、つ、ついには二酸化マンガンとアセトアルデヒドがコレステロールを触媒として燐酸マグネシウムとM87星雲になってしまうという、化学知識のかけらもない突然変異を起こし、神の祝福のもとに、おぉ見よ、夜、夜空に輝く大スターマインとなって一生を終えるわけであります。
 はぁはぁ、…ここいらへんがジャズの一筋縄ではいかない凄いところです。

 ジャムセッションがメンバーの資質次第でいろいろな結末を迎えるというしくみがお分かりいただけましたか?

 ではここでジャムセッション初心者であるあなたにふたつだけ福音をさずけましょう。

 ひとつは乱入する前に他のメンバーの技量、体力、情念の炎などの属性をよく判断して、自分より上だと思ったら迷うことなく参加すること。けれども自分より下だと思った時は(マウスピースを忘れた、風邪をひいているのでお客にうつす恐れがある、昨日突然五十肩になって腕があがらない、ここへ来る途中電車のドアにはさまれて指が半分とれた、など様々の理由をつけて)極力辞退することです。
これには異論を唱える方も多いでしょうね。まぁ、参加するかしないかは自由です。極力辞退をおすすめするのは、参加してもあまり楽しいものにならないだろうという一般論からです。
 もちろんあなたがベテランで、自分のラッパ一本でこの場のダラケきった空気を変えてやるという意気込みと自信があれば、参加する意義はむしろあり、あなたの勇気と慈悲に満ちた行動は終生たたえられることでしょう。


 そしてふたつめは、どんな場合でも礼儀正しい挨拶の励行です。
 ステージに上がるときには『よろしくお願いします』『お邪魔します』など、おりるときには『ありがとうございました』『失礼しました』などです。
また、ドラムセットやベースを借りる場合もひとこと『お借りします』。こう言うと相手からは『いや、僕のじゃありませんから、ハハハ』などの言葉が帰ってきて、一瞬の心暖まる交流がみられる可能性もありますね。
 この挨拶の励行はあなたがベテランでも同様。古来『李下に冠を正す』『君子危うきに近寄らず』『弘法も筆をえらばず』のたとえ通り、あなたのふるまいは周囲の注目の的であるからです。

 さて気をとりなおして、次回はジャムセッションの2番目の形です。


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