| よっちら自分史 |
| 黄色部分は主な所属バンド | |
| 10歳のころ | 床屋のラジオから流れるブライアン・ハイランドの『ビキニスタイルのお嬢さん』で初めてアメリカンポップスを意識する |
| 14歳のころ | その頃盛んに行われていたレコードコンサートで聴いた、エドムンド・ロスやスタンリー・ブラック等のラテンミュージックのとりことなる。 |
| 16歳のころ | 地元の大学のエレキバンドのおっかけとなり、サーファリス、ビーチ・ボーイズ等のサーフミュージックと、キンクス、アニマルズ等のリバプール・サウンドに狂うといった節操のないリスナー生活。 |
| 18歳のころ | そのバンドと同じ大学に入学し、入学祝いにドラムセットをゲット。自宅で叩いた日に近所から苦情が来て、泣く泣くセットを大学の部室に移動(このセットは卒業時まで叩きクラブに寄付。) |
| 22歳のころ | 4年間ジャズとロックにのめり込み、大学を4年で卒業できなかったハライセに上京し、プロのバンドマン生活に入り、金銭的に生涯で最も豊かな時間を過ごす。 ・Green Hill Jazz Orch.(big band jazz) ・Green Echoes(Beatles/Ventures/CCR) ・THE しかし(serious jazz) |
| 23歳のころ | 周囲から「プロは1日最低8時間は練習するものだ」と言われ、おれにはそんなことは出来ないと思い、音楽関係に就職する。 ・天一坊(studio works) ・THE しかし(Crusaders & some originals) ・第一巻第百章(folk rock originals) |
| 43歳のころ | 東京〜新潟〜浜松と転勤の先々でバンド活動に精進し、東京にて現在のバンドリーダーShimosato氏と出会う。 ・Niigata Wind Ensemble(brass band) ・長沢明 Quartet(Combo jazz) ・Blue Notes Jazz Orch.(big band jazz) ・Silver Seat Jazz Orch.(big band jazz) |
| 現在の音楽活動 |
【1】SHIMOSATO BAND(Jazz) 【2】M.O.M.(Jazz and Funk) 【3】楽団しかし(R&B etc.) 【4】Beat Papas(Jazz) |
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