資料『平清盛論』『太陽』1901年11月
(『義仲論』と同じか似た語句は赤字にした。)
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<文藝時評>樗牛生
前号豫告せる生と死と題する論文は思ふ所ありて暫く掲載を見合わせ代ふるに是の清盛論を以てせり讀者は本欄の題目として必ずしも不備に非ざることを首背せらるべき也。
平清盛論
世の清盛を評するもの、其の狂悖暴戻を言わざるものなし。彼れ君寵に狎れて政権を擅にし、法皇を幽閉し、大臣を流(ざん)し、名を勅宣に仮りて恣に遷都の事を行ひぬ。彼れ實に狂悖暴戻の名を辞すべからざる也。然れども彼は其の狂悖なることに於いて些の矯飾なく、其の暴戻なることに於いて些の譎詐無かりき。彼の悪を行ふや公々然たり、照々焉たり、而して断々乎たり。自ら顧て其心に疚しき所あらざりき。自ら甘ぜむが為には、彼は如何なる事をも忌避するものには非ざりき。彼は實に狂悖なりき、暴戻なりき。然れども、狂悖と暴戻と、彼れ自ら其の悪たる所以を解せざりき。彼の心は常に調然とし亳も悔ゆる所無し。一語以下以って彼れの心事を評すれば、庶幾くは夫れ天真爛漫の四字乎。
彼れは最も強烈な意味に於いて我執の人なりき。彼れの眼より見れば天下と萬民とは凡て己の為に在せるものに外ならざりき。彼れは是の間に於いて自己の意志を貫徹し、自己の勢力を實現するの外、別に人生の意義を認めざりき。忠と謂ひ、義と謂ひ、大義と謂ひ、名分と謂ひ、彼より見れば、一種習慣上の名目に過ぎざるのみ。彼は是の如き習慣上の名目に對して自己を犠牲とするとの甚だ謂われ無きを信ぜしなり。彼の為すべき所は唯々其の猛烈なる意志を以って、至る處に我執の一念を貫徹せむと試むるにあるのみ。あはれ人是の如くにして狂悖暴戻たらざらむと欲するも豈得べけむや。
是の如くにして,權勢の擴張は彼の最も大いなりる目的なりき。其の手段の巧拙如何は暫く措き、六十四年の彼が生涯を通じ終始變わらざるものは實に是の目的なりき。彼れは是の目的の爲めに保元に爲義を亡ぼし、平治に義朝を殺し、源氏を仆して天下の武権を一手に握りたりき。彼れは是の目的の爲に後白河天皇に夤縁し、除ろに帝寵を博して朝家の地盤を造りたりき。関白太政大臣以下の藤原氏を掃蕩せしも亦是の目的の為に外ならざりき。而して彼の理想は疑いもなく藤原氏の盛時を移模するに存じき。是を以て其の女を納れて皇后となし、其の所生を立てヽ太子と爲し而して遂に安徳天皇の即位を見るに及びて、彼れの目的全く茲に實現せられたり。是のに於いて彼れ今上の外祖して三后に準ぜられ、文武の権柄一身に集まりて、天下又意の如くならざるは無し。是の如きは道長頼通等の猶ほ企て及ばざりし所、清盛一介の武辨を以て忽ち是に至る、満幅の得意想ひ見るべき也。彼れが空前絶後の栄耀豪華は畢竟是の得意の装飾に外ならず。
彼れが其の得意を妨ぐるもの、即ち彼れの死敵也。其のまえに帝王の尊なく、仁義の道なし。是を以彼れは法皇を幽屏するに於いて何の踟蹰する所無かりき。内府重盛の諫言の如きは彼れ能く如何にぞ解し得べき。唯其の至孝の熱誠に動かされて一旦の執念を緩めしのみ。されば重盛の死するや、彼れの初志は立ろに實行せられたりき。故に法皇幽屏の事、人は暴戻不臣の極みとなすも、彼れ自ら省みて何の疚しき所無く、唯ヽ敵黨に對する自家權勢の正当防衛に過ぎざりしのみ。其の為義たると、義朝たると、成親西光たると、将た後白河法皇たると、彼れの認めて自家の敵とする所以に於いては素と一なりしのみ。是を以て彼れは其の天下の不臣の大逆罪を犯すに當りて毫も名義を抂げず、公々然として其の中心の所信を告白せしに非ずや。
見よ、彼れが筑後の守直能を通じて天下に告白せる言葉の如何に眞率なりしよ。彼れは先つづは保元平治以来、身命を抛ち、一家の興亡を賭して偏に君の御爲を思ひたることを説いて曰く。君には斯くても當家の動功を輕しとし給ふには。如何なる人の如何なる事を申すとも、義として爭でか是の一門をば七代までは思し召し捨てさせ給ふべき。それに何ぞや、成親如き無用のいたづら者、西光と申す下賎の無道人などが
恣に申すことに君の随はせ給ひて、動もすれば是の一門滅ぼさるべき御陰謀こそ奇怪なれ。良し是の儀ならば法皇を鳥羽の北殿に押し籠め奉れづ。何ぞ其の敢然として憚らざるや。彼れの心を察するに、一門の栄達は其の動功の對する正當の報酬のみ、朝家の今日ある、偏に吾が家の力に頼れり、君主如何ぞ義として吾が家を捨て給ふべけむや。今や輕々しく小人の讒口に從ひて是の久年の功勞を顧み給はず。事是に到りては、法皇の幽閉又已むを得ざるのみ。彼れ既に君臣の大義を辧ぜず。君君たらずと雖も、臣臣たらざるべからずと謂うが如きは、彼の解し能はざる所の倫理に屬す。是を以て彼れは是の所信を明々地に告白して敢て忌憚する所無かりし也。
更に見よ、院の敕使法印靜憲に向かひて法皇の無情を鳴らしたる彼れの怨言の如何に痛激に、如何に真率なりしかを。彼れは法皇が内府中陰の際,八幡の御遊ありて毫も一門の悲嘆を顧み給はざりしを怨み、内府世襲の功田が故無くして官没せられたるを怨み、自己薦むる所の人の顧みられずして、却て藤原氏の族の撰に當りたるを怨み、而して彼揚言して曰く、假令ひ入道如何なる非分を申し出とも、若し老臣数十年の忠勤を憶はれなば、などか一度びは聞き召し給はざるべき。鹿が谷の事の如きは偏に君の主謀に本づけり。良しや入道に多少の過怠ありきとするも、是の一門を七代まで思ひ捨てさせ給ふべき由やある。入道在世の中だにも尚ほ動もすれば追討の御結搆あること是の如し。況してや入道の身後に及ばゞ子孫後昆夫れ故に何に依り、誰を憑みてか安きを得む。世は早や是までなりき。吾れは唯吾が為さむと欲する所を為すべきのみと。其言の大逆無道を極めたる素より論無し。
誰何ぞ其の心事の率直明瞭にして其の云為の天真爛漫たるや。彼れはげに惡むべき不忠の臣なりき。然かも其心事を察すれば、彼は又同時に無邪気の好人物にてありし也。
彼れはげに無邪気なりき。彼れは其の生涯に於いて其の素志に反して事を行ひたること殆ど是あらざりき。重盛の諫言に従ひたるは、恐らくは其の唯一の除外例なりしならむ。彼はれ其云はむと欲する所、必ず是を言ひ、為さむと欲する所必ず為す。是の間に於いて些の衒気なく些の矯飾なし。彼れは偽善を解せざるのみならず、又偽悪をも解せざりき。彼れの云為は彼れに於いて唯其の自我の流露のみ。他の評して善と謂いひ、悪と謂ふもの、彼れに於て関する所にあたらず。畢竟自我の満足、是れ彼れにとりて最上の道義たりき。
自我の満足!嗚呼是れ餘りに廣潤なる道義なりき。彼れが不忠、不臣、狂悖、暴戻、殆どあらゆる悪徳を以て稱呼せらるヽ所以のもの、是の餘りに廣潤なる道義の遵奉者たりしが為のみ。詮ずる所、彼は當代の倫理を超越したる一怪物なりき。廿世紀の言葉を以てすれば、彼れは極端なる個人主義、唯我主義の人なりき。即ち今の倫理学の口吻に随えば、彼れは不道徳の人に非らずして無道徳の人なりき。若し其の心事を以て判すれば、善人にもあらず、悪人にもあらず、唯一個の巨人、一個の快男児と謂うべかりき。
彼れの無邪気と天真爛漫とが彼れの生涯の何れの部分にも現はれたるを認めたる人は、少なくとも彼れの心事を諒とせざるを得ざるべし。彼れは道路の誹謗を偵察せむが為に三百の禿童を市に放ちたり。何ぞ其事の奇想天外より落ちたるや。彼れは太政入道の尊貴を以てして白拍子を弄べり。佛の姿色をあるうを見るや、妓王は立ろに放たれたり、何ぞ小児の其玩具を取捨すると相似たるや。彼れは其孫兒の故を以て関白を脅かせり、而して其事跡の何ぞ兒戯に類するや。鹿が谷の事あるや、彼れは公々然として法皇幽屏の已むべからずを宣言せり。重盛の袍衣大冠して来り諫むるに遇ふや、甲冑の上に法衣を纏ふの滑稽を演じたり。建禮門院に男子の出生あるや、六十の老入道、涙を流して舞踏せり。彼れは是の喜びの餘り、法皇を遇するに一修験者を以てするの不倫に心附かざりき。是の如く、彼れの行為は決して深謀遠慮あるものヽそれに非ずと雖も、而かも到る處に赤心あり、熱誠あり。一言すれば、大人にして小兒の心を失はざる者の如かりき。若し夫れ智を競ひ勇を較ぶれば、當代の撰何ぞ其の人なからむ。清盛の事を成せるは、門地と境遇とに由るもの多しと雖も、而かも是の赤心と熱誠と、小兒の如き無邪気と、能く一族将士の心を収攬するの力ありしに職由せずむばあらず。
是の如くにして彼れの一生は、彼れの主義、彼れの理想、彼れの自我の實現、を以て貫通せられたり。是を以て彼れの傳記は、最も厳密なる意味に於て彼れ自身の傳記なりき。彼れの時代は不幸にして彼れの意志に服従せり。是に於てか彼れ自身の傳記は彼れの時代の歴史となりぬ。我邦は古来英傑の士少なからず。若し政権の大を以てすれば藤原氏の連系の如きもありき。然れども一人の意志を以て一代を征服し、一人の傳記以て一代の歴史を語るもの、彼れが如きは吾人の知らざる所也。彼れの一生は、個人の勢力が如何に當代の倫理と制裁とを無視し、且つ超越し得べきかを現示せる歴史上の一惡例を現示せる彼れが一生は、又個人の強大なる意力の那邉にまで達し得べきかを現示せる一好例なりき。彼は惡むべき人なりき、然れども又同時に羨むべき人なりき。
而して彼れの生涯に於て最も羨むべきはその最後なりき。彼れが其の死に瀕して現はせる猛烈なる意志は、彼れが六十四年の崇大生涯に對する一大掉尾にして、彼の生命と人格とに向て一層の不朽と偉大とを加へたるものなりき。古より英雄の最後人を動かすもの甚だ多し。唯清盛の場合の如く爾かく悲状を極めたるものとては、吾人の未だ曾て聞知せざる所也。
見よ、東征の軍旅将に程に上らむとするの前夜、彼れ俄然として大熱に冒されたりと謂ふに非ずや。而して其熱は方四五間の間、人の接近を許さヾる程の大熱なりしと謂うの非ずや。比叡山より下せる希代の冷氷は彼れの体に觸れて忽ち沸騰せりと謂に非ずや。凡そ人間ありてより以来、其の体温の沸騰點以上に達したるが如きは、古今東西何處にか其の類例を求め得べきや。清盛は實に是の如き大熱に罹りたり。生きながら地獄の神火を胸に燃やして人間の呼吸を炎に化せるものは、古往今来清盛一人あるのみ。而して胸に是の大熱を蔵せるの彼れは、爲に其一念の執着を遺却することあらざりき。地獄の熱火も彼れの猛烈な意力を如何ともする能はざりき。見よ、彼の遺言の如何に崇高を極めたるかを。佛事の供養、堂塔の建立、我に於て何かあらむ。我が死後の願ひ唯一のみ。急ぎ東國に討手を下し、早やく頼朝が首を刎ねて我が墓前に梟せよ。今生後世の孝養何物か是に若かむと。嗚呼是れ彼れが最後の意志なりき。
豈怪むに足らむや、彼れは其の一生の事業に於いて一の悔恨を留めざりき。是の執着を以て生きたるの彼れ、是の執着を以て死す、素より當然のみ。夫の病苦に悩みて心身を消耗し、臨終の一念によりて俄に来生を欣求するものヽ如きは、其の生命意義茫として尋ぬべからず。清盛は是の如き薄弱の徒に非りき。彼れの意志は彼の生命。彼れは死に臨みて尚ほ其の意志を徹底す、是れ死して尚ほ生くる也。彼が六十四年の生命は、是の如くにして始めて光栄あり、意義あり、価値あり、偉大ありと謂ふべし。
嗚呼平清盛、彼れは生まれて其の爲さむと欲したる所を爲したりき。天下は彼の意志に服従せり。彼は其の生涯に於て常に自ら安じ、且自ら甘んじたりき。大逆無道の名を後世に流せりと雖も、彼れに於て素より遺憾なかるべき也。
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