復活

作:Sato

「おはよ、祐二!」

 いつのまにか、祐里子が後ろから追いかけてきていたようだ。俺の目には祐里子が俺を励まそうと、無理やり空元気を出しているようにしか見えなかった。そんな祐里子に返事を返す気力もない俺は、振り返りもせず何事もないかのように歩き続けた。

「ち、ちょっと祐二!」

 驚くほどの素早さで俺の前に回り込んでくる祐里子。

「いつまで過去のことにクヨクヨしてんのよ!いい加減に前を見なさいよ!」

「・・・・・」

 俺に詰め寄ってくる祐里子。俺に対して真剣に思ってくれているのは痛いほどに分かる。しかしそういわれても、俺にはすぐに返事を返すことはできなかった。俺の引きずって いる過去――それは高校生の俺には重すぎるものだったからだ。


 俺と祐里子は幼馴染という、いわば腐れ縁のような仲で、しっかりとした性格で、甲斐性がない俺のお守り役のような存在である。しかし、性格としては男勝りな面があり、俺たちが幼馴染以上の関係にならなかったのは、その辺りにも原因がありそうだった。

 高校に入ってから、そんな俺と祐里子の間に割って入ってきた人物があった。それが「坂上柚木」だったのだ。生徒会長になった祐里子と同じく生徒会役員になった柚木は、祐里子と一気に親しくなり、それが縁で俺たち三人はつるみはじめたのだ。

 俺の目に映る柚木は、黒く長い髪が美しいお嬢様タイプの女の子で、性格はおとなしいのだが、冗談も通用するほどには明るく、男勝りな祐里子とは好対照な女の子だった。俺は急速に柚木に惹かれていってしまった。

 どうしてだか、それは柚木もそうだったようで、気が付いたときには俺たちは相思相愛の状態になっていた。しかし、俺たちはそれ以上踏み出す勇気が中々出なかった。二人にとって、祐里子という存在が壁になっていたためだ。祐里子自身は俺たちの気持ちに気付いていたようで、俺たちをくっつけようと色々と暗躍していたようだったが。しかし、俺も柚木も三人の関係が壊れてしまうことが怖くて、俺たちは中々一歩が踏み出せなかった。

 しかし、祐里子のゴリ押しもあって、とうとう俺と柚木は付き合うことになった。俺と柚木の距離は一気に縮まったが、俺たちが恐れていたように、祐里子との距離は離れてしまった。祐里子にはいつも俺たちを二人にしようとしているフシがあるようだった。

 俺と柚木の交際は順調に行っていたのだが――――それは突然に訪れた。

 あの日、俺たちはデートで映画を見に行く約束をしていた。不覚にも遅刻してしまった俺は、ダッシュで待ち合わせ場所に向かった。時間に遅れていたものの、柚木は俺を待っていてくれた。

「スマン!準備に手間取っちゃって」

「準備ねえ。女がいうのだったら説得力はあるけど、男の祐二君がいっても通用しないよ」

「うっ・・・あ、早く行かないと映画の時間に遅れちまう!話はあと、行こう!」

「あ、待ってよ祐二」

 俺はこのとき急ぎすぎたというべきだろう。女の子と一緒なのにも関わらず、点滅している信号を無理やり渡ってしまったのだ。もし俺がデートの時間に間に合っていれば、このような行動は取らなかったに違いない。あとのことになるが、俺はどのことを悔やんでいいのか分からなかった。

「あ、落っことしちゃった。へへへ・・・・」

 俺が渡りきった頃、柚木が持っていたバッグを落としたのだ。照れ笑いを浮かべると、一歩戻ってそれを拾い上げる柚木。次の瞬間、俺は悪夢のような光景を目の当たりにしてしまったのだ。

 それは、もう信号が青に変わると見切りで突っ込んできた運転手も悪かったのかもしれない。まさか、柚木が引き返すなどとは夢にも思わなかったに違いない。柚木が死の気配に気がついた時にはすでに遅かった。柚木の体は嘘のように高く跳ね上げられ、あろうことか、俺の目の前まで飛ばされてしまったのだ。

 俺は震える手で柚木を抱き上げた。膝に力が全く入らない。そのせいなのか、軽いはずの柚木の体は信じられないほど重く感じた。頭ではそう思っていなくとも、本能がこれが柚木のこの世の最後の姿だといっている。

「柚木!目を覚ましてくれ!」

 必死に揺り起こすが、柚木は反応してくれない。まだかろうじて呼吸はしているようだったが、虫の息といってよく、時間の問題のように見えた。

「・・・・・う・・・」

「!!柚木!」

 俺の必死の願いが通じたのか、柚木がうっすらと目を開けたのだ。

「・・・く、苦しいよ、祐二君・・・・・」

「大丈夫だ。今救急車を呼んでやるからな!」

 そういって初めて、俺はまだ救急車を呼んでいないことを思い出した。慌てて携帯電話を手に取ろうとするが、手元がおぼつかない。そうしている間にも、柚木の生命力がどんどん低下してきているのが分かる。俺がようやく携帯電話を掴んだ時、柚木の声が聞こえた。

「・・・もういいよ、祐二君。きっと間に合わないよ・・・」

「何いってるんだ、柚木っ!今連絡するから待ってろ!」

 俺が電話をかけようと、震える手でボタンを押す頃には、柚木の呼吸は驚くほど穏やかになってきていた。

「・・ゴメン、祐二君。クリスマス、一緒に迎えられなかったね・・・」

「お、おい、柚木!しっかり!」

 未来のことを確定した過去のように話す柚木に、俺は激しい絶望を感じた。その頃には事故に気付いた周りの人々が集まってきており、その内の誰かが119番してくれたようだった。しかし、救急車がくるまでの時間ですら、柚木には長すぎるようだった。

「・・・・ゆ、祐二君、ゴメン。私のことは早く忘れて・・・・祐二君の人生を生きて・・・」

「柚木!待て、待ってくれ!!」

 その瞬間、俺には柚木にわずかに残されていた生命の糸がぷつりと切れる音が聞こえたような気すらした。そして俺に用意されていたはずの柚木との平和な日々も――

 信じられないほど穏やかな顔をしてこの世を去った柚木――どんな思いを俺に伝えたかったのだろうか?



 それからの俺は腑抜けのようになってしまっていた。あるはずのない柚木の姿を求め、柚木の気配がないことを確認してはその都度絶望する、そんな毎日だった。昨夜も柚木に初めて告白した場所である公園にフラッと向かい、彼女がよく座っていたベンチに座って何をするでもなく座っていた。探しにきてくれた祐里子が無理やり連れて帰らなければ、俺は朝までそこに座っていたかもしれない。

 まだそんな夢遊病のような症状は残ってはいたが、祐里子の励ましもあり、俺はようやく日常生活ぐらいは送れるようにはなってきていた。が、日常生活の中にいると、どうしてもそこに柚木がいないことを思い知らされてしまう。それは、祐里子がいくら頑張っても取り除くことができない種類の寂しさだった。恐らくこれは時間が解決してくれるものなのだろうが、今の俺には吹っ切ることはできそうもなかった。



 柚木がいなくなってから一月ほどの時間が流れた。慣れたくはないが、どうやら柚木がいない生活にも適応できはじめた俺は、ようやく周りが見えはじめてきていた。

 祐里子が自分自身、柚木を失った悲しさを押し殺しながら俺を励ましていてくれたこと。それが、祐里子が俺のことを男として見ていたということを示していることも。

 だからといって、俺はすぐに祐里子に心を移す、などということはできなかった。いや、すぐというだけではなく、一生無理かもしれない。祐里子といると、どうしたって柚木の姿が目に浮かんできてしまう。立ち直りつつはあるものの、俺の精神がそれに耐えられそうもなかった。

 一方の祐里子のほうも、死者である柚木に遠慮しているのか、俺に対して露骨に迫ってくることはなかった。そんな宙ぶらりんの状態のまま、俺たちの関係はどうにか持続はしていた。

「ただいま・・・」

「おかえり、お兄ちゃん!」

 無人の家に帰ったつもりの俺を迎えたのは、隣に住む年下の少女、久遠(くおん)だった。ドジなくせに、かなりの世話焼きの性格で、何でも俺の親に頼まれているらしいのだが、俺は毎日こいつに叩き起こされている。まあ、そのおかげで遅刻をしなくて済んでいるのだが。

 しかし正直なところ、最近の俺は久遠の相手をしてやれるゆとりはなかった。それに、何度か久遠の作った料理を食べさせられたが、まともなのは匂いだけで、どれもこれもひどい出来でとても食えたものじゃなかった。

「待ってて、すぐに晩御飯にするから」

「・・・・」

 俺は期待せずに自分の部屋に戻って服を着替えてしまった。以前に俺がどうしようもなく落ち込んでいる頃に、久遠に「いつまでもウジウジしてるんじゃない」と一喝されたことがあった。あの時は受け入れられなかった言葉だが、時間が経過した今では久遠の俺を想う気持ちが痛いほど染みてきていた。しかし、だからといって祐里子と同様、久遠を受け入れる気にはならなかった。まだ俺の心の奥底にはでんと柚木が占めていたのだ。

「相変わらず匂いだけは美味そうだなあ」

 俺がキッチンに戻ると、もう食事の準備はほぼできあがっているようだった。久遠はこちらを振り向くと、不満そうな顔を見せた。

「見た目だけじゃないんだから。味だっていいんだからね!」

「・・・そうだといいがな」

 一月ほどの時間を経て、ようやくこうして相手をからかったりするだけの、精神的なゆとりをもつことができるようになった。それは何といっても祐里子と久遠のおかげだろう。俺一人では、きっとここまで立ち直ることはできなかったに違いない。

「ハイ、おまちどうさま」

「えっ!?」

 目の前に並べられたものを見て、俺は思わず声をあげてしまっていた。俺の持つ久遠の料理のイメージは、匂いだけはいいゲテモノ料理、だったのだが・・・目の前に並べられている料理には、そんな気配は微塵も窺われなかった。まるでレストランのシェフが作ったような、見事な飾りつけ。しかしそれでいて、心がこもった家庭的な料理の雰囲気を漂わせている。一体、久遠に何が起こったのだろうか?

「さ、召し上がれ」

 久遠を問い詰めることも忘れてしまっていた俺は、箸を手に取り、料理に手をつけようとした。しかし、目の前にあるオムライスを見てしまった俺の心に、柚木との思い出が強烈にこみ上げてきてしまって、それ以上手が動かなくなってしまった。

「ど、どうしたの、お兄ちゃん?お兄ちゃんが好きなものを作ったつもりだったけど・・・・」

「・・・ゴメン、やっぱり食べられない!」

「え!?お、お兄ちゃん、どうしたの?」

 たまらなくなった俺は、キッチンから飛び出してしまっていた。部屋に戻ると、久遠の前では我慢していた涙が頬を伝ってくる。

 料理が下手な柚木の唯一できるメニューが卵焼きだった。オムライスに乗ったそれを見た俺は、毎日柚木が俺のために焼いてきてくれていたそれを連想してしまい、それが引き金となって柚木との思い出が一気に噴出してきてしまったのだ。

「・・・お兄ちゃん・・・やっぱり私じゃダメなのか・・・」



 ようやく気分が落ち着いてきた俺は、猛烈な空腹感を感じ、キッチンへと戻った。全く、精神的にどれだけ落ち込んでいようと、腹が減るのと眠くなるのだけは変わらないようだ。

「あ・・・」

 キッチンには久遠の姿はなく、茶碗と一品、その横に書き置きが添えて置いてあった。俺はその書き置きに目を通した。

『ラップしてある皿をレンジで1分暖めて食べて。御飯はジャーの中に入っているから。少しは食べてね』

「久遠・・・・」

 俺は久遠の暖かさに触れた思いがしていた。口うるさくて年下とは思えないほど生意気な女の子だったが、今の料理のできばえといい、柚木にあんなことがあって以来、久遠の中でも何か変化があったように思える。

 俺はそれが何であるかを用意されていた食事をぱくつきながら考えていたが、結論は出なかった。

「ふう・・・・・・な、何だ!?」

 風呂に入ろうと風呂場に向かった俺の耳に、ありえない音が聞こえてきた。風呂場から、シャアッという水が流れる音が聞こえてきていたのだ。おそらくシャワーの音だとは思えるが・・・・

「あ、そうか、久遠だな。よ〜し」

 そういえば久遠がうちから出たかどうかは確認できていなかったんだ。風呂場にいるのは久遠だと考えるのが一番自然だ。俺は日頃の恨みを晴らさんと考え、久遠の入浴シーンを覗いてやることにした。はっきりいって、幼児体型の久遠の裸なんか見たいとは思わないのだが。

「く〜お〜ん〜!!」

 俺は扉を開けると浴室の中に押し入った。当然、中にはシャワーを浴びている女の子の姿が・・・あれ?コレって・・・・久遠じゃないぞ!?

「キャァァァァァア!!祐二君のエッチ!!」

「あ、ご、ゴメン!!」

 女の子の悲鳴に思わず謝ってしまった俺だが、その声の主が誰であるかを認識した瞬間、再び彼女のほうを見上げてしまっていた。

「ゆ、柚木・・・!」

「と、とにかく出てって!」

 俺はもう少し見ていたいという気分だったが、素直に引き下がった。それは女の子の裸を見たいとかいう変な気持ちではなく、目の前に柚木がいる、その一点だけだったのだ。死んだはずの柚木がどうして?などとは全く考えなかった。俺の元に柚木が帰ってきてくれた、ただそれだけを思っていた。

「お待たせ」

 シャワーの音が止まってしばらくすると、再び柚木が顔を覗かせた。どうしてかは知らないが、うちの学校の制服を着ている。俺は思わず柚木に向かって抱きついていってしまっていた。しかし――

「あれ?」

 抱きつこうにも、そこにあるはずの柚木の体に触れることすらできなかったのだ。彼女の背中に回そうとした手が彼女の体を突き抜けて、そのまま背中に達してしまう。

「ゴメン、祐二君・・」

「柚木、これって?」

 分かり切ったことを聞いてしまっている俺に対し、柚木は軽く何度か頷き返した。つまりはそういうことなのだ。空を切った俺の手がわずかに震えていた。

「そうか・・・でも柚木は帰ってきてくれた、それだけでも十分うれしいよ」

「祐二君・・・・ゴメンね」

 柚木の言葉には万感の思いが込められているように思えた。先に逝ってしまったこと、俺を悲しませたこと、その他、色々だ。

「いや、謝らないといけないのは俺のほうだ。俺のせいで柚木は・・・・」

 俺は俺で、柚木は俺が死なせてしまったという激しい後悔の念があった。あの日、俺が遅刻さえしなければ・・・信号を無理に渡ろうとしなければ・・・いや、そもそも俺が柚木と付き合ったりしなければ・・・!

「ううん、祐二君のせいじゃないよ。これは運命だったんだから」

「ああなることが運命だって!?そ、そんなの認められるわけないじゃないか!柚木だって無念があるからこそ、ここに戻ってきたんじゃないのか?」

「そう、私は自分の死を受け入れはした。けど、祐二君が私のことで苦しんでいる姿を見て、いても立ってもいられないようになったの・・・そして気が付いたときにはこの家にいた・・・・」

「そうなのか。じゃあ、これからはずっと俺と一緒にいてくれるんだな?」

「分からない・・・私をこの世に縛り付けている力が何なのかは分からないし・・・今すぐってことはないと思うけど、ずっとってことはないはずだから」

「そっか・・・ま、先のことを考えたって仕方がない。今を楽しもうよ」

「・・・そうね。お話したいこともいっぱいあるし」

 俺たちは場所を変えて、二人の思い出話に花を咲かせた。過去のことばかりを話して、未来のことを語らないのは、当然、先のことを恐れているからだった。でも今はこうして柚木が柚木としてここにいてくれる、俺にはそれだけで十分だった。

 次の日も、俺は学校にも行かずに柚木と話し込んでいた。一月の間にほとんど誰とも会話を交わしていなかっただけあって、一度話しはじめると中々やめることができなかったのだ。柚木のほうも同様だったらしく、俺に合わせてずっと話してくれていた。

「ちょっとお兄ちゃん!」

 日が暮れ始めた頃、突然玄関から聞き覚えのある声が聞こえてきた。あの声は久遠だ。柚木のことは誰にも知られたくない。俺は柚木をおいたまま、玄関に出た。

「お兄ちゃん、今日、学校サボったでしょ。どうしてそんなことするの!?」

「う、恐ろしく情報が早いな・・・ちょっと風邪気味だったんだよ」

 久遠は恐ろしい剣幕だったが、俺の反応を見ると逆に悲しい顔に変化した。

「・・・・まだ柚木お姉ちゃんのことを忘れられないんだね。あれはボクの力でこの世に出現したものなんだ。お兄ちゃんに対するせめてものプレゼントだよ」

「な、何だって!?あの柚木は久遠が・・・?」

 信じられない話だったが、今目の前にいる久遠からは何か人間離れした雰囲気が感じられた。さっきの料理のことといい、久遠はまるで別人になってしまったかのようだ。久遠が話す現実離れした事実も、柚木が帰ってきたという不可思議な現象を目の当たりにしては、頭から否定できなかった。

「・・・そう。ボクがお兄ちゃんにしてあげられるのはこれぐらいなんだ。でもこれも長くは続かない。だから残された時間を大事にしてよね」

「長くはないって・・・いつまでなんだ?」

「それはボクにもよく分からないよ。柚木お姉ちゃんがどれだけ無念をこの世に残していたかだね。今日明日、ってことはないはずだけど・・・」

「そ、そうか。とにかく感謝してるぜ。こうして柚木と話す機会を与えてくれただけでも」

「いいんだよ。でも、学校にだけは出席すると約束して。ボクはお兄ちゃんに立ち直って欲しいから、こんなことをしているんであって、また自分の殻に閉じこもって欲しいのではないんだからね」

「わ、分かった。それは約束する」

「よし、じゃあボクは帰るね。ご飯、食べてくれた?」

「あ、ああ、いただいたよ。サンキュ」

「ううん、それじゃ!」

 そういうと、久遠は家を出て行ってしまった。久遠の身に何が起こっているのかはよく分からないが、そのおかげで柚木がたとえ一時的とはいえ、この世に戻ってきてくれたんだからと、そう思って気にしないことにした。

「・・・・というわけなんだ。だから明日は学校に行くことにするよ」

 部屋に戻った俺は柚木に事情を説明した。あらかた俺と久遠の会話が聞こえていたようで、確認程度、ということにはなったが。

「そうなんだ。私があの時感じた力は久遠ちゃんの力だったのね」

「とにかく、あまり時間がなさそうだから、残された時間を大事にしようと思う。柚木もそのつもりでいてくれ」

「うん。ふつつかものですがよろしくお願いします」

「ははは、こちらこそ」

 俺たちは久しぶりに冗談をかますことができるようにさえなっていた。こんな関係がいつまでも続くはずだったのに・・・・それを引き裂いたあの事件への思いと、再びチャンスをくれた久遠に対する気持ち・・・それらが俺の中で複雑に絡み合っていた。



 それから俺と柚木の不思議な同棲生活がはじまった。霊体のため、柚木は食事や睡眠をとる必要がないようで、そこは俺としても助かっていた。二人でしゃべっていると時間が経つのも気にならなくなる。

 しかし、お互いに触れ合うことができないということが、これほどつらいものだとは思わなかった。会話の最中に、思わず出てしまう手。それが空を切ることを身をもって体験したときに、いいしれぬ虚しさが漂ってしまうのだ。

 そんなことよりも、柚木がいつまで俺の側にいていられるかが問題だった。学校から帰ってきたときに、柚木がいなくなってしまっていたら・・・俺は毎日祈りながら家路についていた。そして家に帰って柚木の無事を確認すると、心底ほっとする、そんな毎日を繰り返していた。



 そんなある日、家の前まで近付いてきた俺の目の前に久遠が現れたのだ。あれからまるで俺を避けるように、一度も姿を見かけていなかった久遠がどうして・・・俺の不安は一気に高まってきた。

「お兄ちゃん。今日はつらい話をしなきゃいけない」

「柚木のことか?」

 俺の問いに、久遠は無言で頷いた。俺の心臓の鼓動が一気に早くなる。久遠がこれから話すことが、俺と柚木にとっていい話であるはずがない、という明らかな予感があった。

「柚木お姉ちゃんをこの世に縛り付けている力がどんどん弱まってきてる。このままでは、長くは持たないと思うよ」

「長くは持たないって・・・どれぐらいなんだ!?」

 予想はしていた、そして覚悟もしていたつもりだったのだが・・・いざ直面してみると、そんな簡単に割り切れるものではなかった。

「そうだね・・・持って明後日の晩・・・そんなところだろうね」

 ついに久遠の口からタイムリミットが宣告された。しかし久遠の口ぶりを聞いていると、何の感情もこもっていないかのように思える。これは柚木に対してあまりいい感情を持っていないからなのか、それとも煮え切らない俺の態度に愛想を尽かしたものなのか、それとも他に何かがあるのか、全く判断がつかなかった。とにかく、今俺の前に立っている久遠は、人間離れしていると思えるほど超然としていた。

「あ、お兄ちゃん!」

 そんなことはどうでもいい。俺は久遠を置いて家に向かって駆け出していた。一刻も早く柚木の無事な姿を確認しないことにはどうにかなってしまいそうだったのだ。

「柚木!」

 家に飛び込んだ俺は、いつも柚木が待っているリビングに向かった。しかし、そこにはいつもあるはずの柚木の姿がなかった。

「柚木!柚木!」

 必死になって家中を探し回る俺。遅かったのか・・・・そう思いはじめたころ、以前にも覚えがあるような音が聞こえてきた。この水が滴り落ちるような音は・・・俺は一目散にバスルームへと向かった。

「キャァァァァァア!!」

 再び悲鳴。しかし俺は目を逸らすことなく、目の前にある柚木の体を見つめていた。思わず俺の目にも涙が浮かんでくる。

「と、とにかく出て行って・・・」

 柚木の言葉でようやく現実に引き戻された俺は、リビングへと戻った。

「お待たせ」

 柚木が湯煙を上げながらリビングに戻ってきた。現実世界の住人でない柚木が、どうしてシャワーだけは浴びることができるのか、永遠の謎だが、そういう風になっているのだから仕方がない。

「祐二君。何かあったんだね。私のことが関係あるんでしょ?」

「・・・・」

「薄々感じていたんだよ。段々と私が私じゃなくなってきているような、そんな感じがするもの・・・・お別れが近いんだね」

「・・・ああ、そうらしい」

 柚木の体が一瞬、びくっと震えたように見えた。気丈に振舞ってはいるが、それは死の宣告に等しく、受け入れられないのが当然だと思う。俺だって――

「それで、いつ・・・?」

「明後日の晩、という話だ。遅くとも、とかいってたから、それよりも早いかもしれない」

「そう・・・仕方ないよね。こうしてもう一度祐二君と会えたこと自体が特別なんだろうし。じゃあ、残りの二日間、後悔のないように過ごそっ」

「そうだな。柚木が安心して出発できるようにしたいからな」

「うんっ!」

 しかし、俺の中にはどうしても心残りがあった。口には出さないが、これは恐らく柚木も同じ思いに違いない。俺はあることを決心していた。

 次の日、学校に出た俺は、早速祐里子に声をかけた。

「話があるんだ」

「え?いいけど」

 よほど思いつめたような表情をしていたのだろう、祐里子も内容を問い掛けることなく、俺に従って生徒会室へとついてきてくれた。

「何、話って?」

「実は―――」

 俺は今までの事件のあらましを祐里子に語った。何となくはばかれるような気がしたので、久遠については何も伝えなかったが、その他の柚木にまつわる話を祐里子に語っていった。

 最初の頃、祐里子は俺が妄想を抱いているかのような哀れみの表情を浮かべていたが、話が終わる頃には真剣に耳を傾けてくれていた。信じられないほどの奇怪な話ではあったが、どうやら祐里子は信用してくれたようだった。

「大体の流れは分かったわ。それで、そんなことを話して、私にどうしろっていうのよ?そりゃ、私も柚木と会いたい気持ちはあるけど・・・」

「まずは二人で話でもしてくれたらいい。でも、本題はその後なんだ。俺はどうしても柚木と触れ合いたいんだ。このままじゃ、柚木は俺の妄想が生み出した幻と同じだ。そうじゃないことはお前が柚木に会えば分かることだけど、最後にどうしても柚木との思い出が欲しいんだ」

「・・そ、それってまさか!柚木が私に取り憑いて、祐二と・・・!?」

「いや、どこまで祐里子が考えているのか知らないけど、あまり変なことは考えないでくれよ。ただ、触れ合いたいだけなんだから」

「・・・そう。でもそれで祐二が吹っ切れるというのなら付き合ってあげるよ」

「そ、そうか。なら放課後に俺の家にきてくれ」

「分かったわ」

「サンキュ。じゃあ放課後!」

 俺は喜び勇んで生徒会室をあとにした。

「私の気持ちも知らないで・・・祐二のバカ・・・・・」



 放課後、俺と祐里子は久しぶりに一緒に下校した。三人でつるんでいる頃はそれが当たり前だったのに、柚木がいなくなっただけでそれはあっけなく壊れてしまった。しかし、今日だけは再び三人に戻れるのだ。俺の足取りは軽かった。しかし、祐里子の足取りは・・・柚木のことで頭が一杯の俺はそんなことに気付きもしなかった。

「ただいま〜」

「おじゃまします」

 俺に続いて祐里子が家に入った。いつものようにリビングへと進むと、今日は柚木が出迎えてくれた。柚木は祐里子の姿をみとめて、喜びと驚きと申し訳ないような表情と・・・色々な感情が入り混じったようなリアクションをした。

「いらっしゃい、久しぶりね、祐里子・・・」

 柚木はそう声をかけたが、当の祐里子はキョロキョロと部屋の中を見回していた。もしや、祐里子には柚木の姿が見えない?

「ゆ、祐里子。そこにいる柚木の姿が見えないのか?」

 俺は柚木の立っている方向を指差しながらそういった。祐里子は俺の指差した方向をじっと凝視していたが、やがてかぶりを振った。

「だめ、見えないよ。今さっき声が聞こえたけど、それが柚木なのよね?」

「そうだよ、祐里子。私よ、柚木よ」

「ああ、確かに柚木の声が聞こえるわ。でもやっぱり見えない」

「そうなのか。だけど、どうして俺だけに柚木の姿が見えるんだろうな」

「さあ。それは分からないけど。でも少なくとも会話もできるし、祐二が幻覚を見ているということはなさそうね」

 不思議だが、そういうことらしい。本当はいるはずのない人間がここにいるのだから、俺だけに姿が見えるという話もあながちありえない話ではない。全てが俺にとっては特別だ、ということなのかもしれない。そう考えると、俺は久遠にいくら感謝してもし足りない気がする。

「それはともかく、さ。しばらく柚木と二人っきりにしてくれない?」

「ん?あ、ああ。構わないけど・・・」

 考えてみれば、祐里子と柚木は実に一ヶ月ぶりに対面(姿が見えていないから対面かどうかは微妙だが)することになるのだ。つもる話だってあるだろう。俺は玄関から出て、しばらく散歩でもすることにした。

 いつ柚木が消えてしまうかもしれないと思うと気は焦るが、与えられた時間は有効に使っていきたい。そのことを念頭におきながら、俺はゆっくりと歩いて気を落ち着かせていた。

「ただいま〜。終わったか?」

 10分ほどで辺りを一周して帰ってきた俺は、そろそろ頃合だと思い家の中に戻った。しかし俺の呼びかけに対して返事はなく、しーんと静まり返っていた。胸騒ぎを覚えた俺は、リビングへ駆け込んだ。

「柚木!」

 俺がそう叫ぶと、部屋の中にいた人物がこちらを振り向いた。祐里子だ。しかし、その表情には微妙な感情の色合いが感じられた。悲しみとも喜びともつかないその表情は、少なくとも最悪の事態が起こったのではないことを俺に悟らせ、同時に何が起こっているのかをも俺に理解させた。

「ま、まさか、柚木なのか!?」

 俺の問いに祐里子はゆっくりと頷いた。その祐里子のイメージとはまるで違う動作は、俺の推理が当たっていることを裏付けるものだった。

「柚木!」

 俺は目の前に立っている祐里子を抱き寄せていた。祐里子も何の抵抗をすることもなく俺を受け入れてくれる。本来であれば、俺の体を引き剥がしてビンタの一つでも飛んできそうなものだが・・・

「祐二君、こうしてまた祐二君と触れ合えるなんて夢にも思わなかったよ」

「ああ、俺も・・・柚木、柚木!!」

 俺は久しぶりに触れる他人の体温を感じ、魂の底から暖められるような心地に浸っていた。それが例え実際には祐里子の体温であろうとも、今の俺にはこれは柚木のものだったのだ。

 熱い抱擁を終えた俺たちは、フッと微笑みあった。俺にとっては目の前に見えるのが祐里子の顔だっていうことに、いささか違和感があったのだが。

「柚木・・・・」

 俺は無言のサインを柚木に送っていた。柚木も同じ気持ちだったのだろう、あっさりと意味は通じ、柚木は目を閉じた。

 一月以上ぶりに交わされる俺たちの唇。俺たちはここしばらくのもどかしさを振り払うようにお互いを激しく求め合った。

「ん・・・・」

「柚木、最後に手をつないでくれるか」

「うん」

 俺の差し出した手を、祐里子はキュッと握り締めてくれた。祐里子の体温が俺の手に伝わってくる。同時に、柚木の愛情すら俺に注がれてくるように思えた。俺のほうもありったけの愛情を柚木に伝えてやりたい。それができなければ、柚木のいないこれからの人生、ずっと後悔し続けなければならないように思えたからだ。

 俺たちはこれまでの人生でこれ以上はないというほど真剣に握手を交わしていた。

「祐二君、そろそろ祐里子に体を返すね」

「あ、ああ。名残惜しいけど、これ以上進むと、もっと別れるのが怖くなってしまいそうだから・・・」

「うん、それじゃあ、一旦お別れだね」

 そういうが早いか、祐里子の体ががくりと脱力したように崩れ落ちた。俺はその体をとっさに支えていた。すぐに意識を取り戻した祐里子の目が開き、俺に微笑みかけた。

「上手く行ったんだね。柚木ときちんとお別れできた?」

「ああ、まあな。さ、立てるか?」

「え、ええ・・・あ、まだちょっと力が入んないかな」

「そっか」

 それが祐里子の演技だとも気付かない俺は、祐里子を抱き上げ、ソファに寝かせてやった。



「・・・じゃ、私は帰るよ」

 しばらくして体力を取り戻した祐里子は、俺が夕食を一緒に食べよう、と誘うのも断り、帰っていってしまった。俺は自分の欲望を優先するあまり、祐里子を傷つけてしまったのかもしれない。しかし、それはまた時が解決してくれるだろう。俺はそう思うことにした。



 二日後。

 どうしてだか柚木はまだこの世に残っていた。久遠の教えてくれたタイムリミットはもう過ぎているはずなのだが・・・柚木にこのことを聞いてみたところ、以前感じていた自分をこの世に縛り付けているという「力」が再び強くなってきたというのだ。

 何がきっかけでそうなったかは明らかだった。祐里子の肉体に入ったことで、柚木の魂に何かが注ぎ込まれたに違いない。

 つまりは祐里子の体に定期的に入りさえすれば、柚木はこの世からいなくならなくて済みそうだということだった。

 それではあまりに祐里子に申し訳なかったのだが、打ち明けてみると意外にも祐里子のほうから積極的に参加してくれた。それが祐里子の複雑な女心だということにまでは、俺の考えは及ばなかった。しかし、恐らく柚木は気が付いていたのだろう、毎回、祐里子に申し訳なさそうな顔をしていた。

 何はともあれ、俺たち三人の不思議な関係がはじまっていた。世間的には、俺と祐里子が付き合いはじめたようにしか見えないだろうが、実際には同時に柚木とも付き合っているのだ。

 あれから久遠の姿を一度も見かけていない。彼女は一体何者だったのだろうか?俺に取っては神の使いのように思えたのだが果たして・・・

 もしかすると、次に久遠が現れたときが俺たちの本当に最後の別れのときなのかもしれない。だからそれまでは俺たちは、祐里子を介して同じ時間を過ごすことにしよう。

「好きだよ、柚木――」



(おわり)




あとがき

う〜ん、得意の尻切れトンボだなあ(苦笑)
この話は言うまでもなく「alive」と言うゲームの二次創作です。
登場人物、柚木の死に至る流れまでは同じです。
ゲームでは柚木編のハッピーエンドは・・・(ニヤリ
なんですけどね。あっちの方が面白いと思います(笑)

今回は全然TSしていませんが、女同士もまた好きなので。
しかし、あのシャワーは永遠の謎だ・・・・(笑)

それでは読んでいただいた方、どうもでした。

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