柏木家の深夜
作:inax
「私は・・・、あなたを、殺さなくてはならない!」
その瞬間、千鶴さんの髪が舞いあがった。キーンと耳鳴りがし、凍るような冷気が彼女の体から放射された。夢の中で見たのと同じだ。千鶴さんは、自らの「鬼」を呼び覚ましたのだ。彼女の足元の地面が、徐々に押しつぶされていく。外見こそ変わらないが、彼女の体重は見るも明らかに増加していた。
・・・
俺は千鶴さんとの愛を確認した後、親父の遺言を聞かせてくれるという彼女に連れられて屋敷の裏山に来ていたのだ。彼女との会話の中で次々と明かされる親父の死の秘密。そして、柏木の呪われた血の真実。そして俺の中にも「鬼」がいたという事実。
俺は初めて知る真相に、涙を流しながら聞き入っていたのだ。
千鶴さんは俺がちからを制御できなかったと言った。俺は本当に連続殺人を犯した「あの鬼」なのか。正直に言って確証は無かった。
しかしこんなところで殺されるわけにはいかない! 犬死はまっぴらごめんだった。
この状況をどうする!? 千鶴さんに殺される運命を甘んじて受け入れるのか?それとも逃げ出すのか? いや、そんなことをしてなんになるのだ。もし俺を殺したとしても俺たちの子孫はどうなるんだ! 俺たちはもっと鬼の血に対して積極的に立ち向かっていくべきではないのか!
俺は千鶴さんに向き直って言った。
「千鶴さん・・・ちょっと待ってよ。俺は本当にあの「鬼」かもしれない。だけど、もう少しよく考えれば俺を殺さなくてもいい方法があるはずだよ。」
「方・法・・?」
「そうだよ。女は鬼の力を制御できるけど、男は鬼の力を飼いならせる人とそうではない人がいる。そう言ったよね。俺は鬼の力を制御できるように練習するよ。そうすれば・・・」
鬼の力を宿した千鶴さんの赤い目がすっと細くなる。
「耕一さん・・・あなたを殺・・・
さなくても済むかもしれません。」
突然、彼女の瞳の色が黒に戻り、先ほどまでの圧倒されるような殺気がすっと無くなった。それと同時にいつもの千鶴さんの笑顔が返ってくる。その笑顔は自ら愛する人を殺さなければならない運命から解き放たれた開放感から出ているのだ。
「やった。じゃあ、俺は生きていてもいいんだね。俺、これから特訓でもなんでもするから・・・・」
千鶴さんは俺の言葉を最後まで聞かず、喋りだした。
「女は鬼の力を制御できる、それはいいアイデアですねっ。耕一さんが女性なら鬼の力に悩まされることはありませんっっ。」
「へ?」
「へ、じゃありません。早速女性になってもらいます。梓が言ってましたが、なんでも入れ替わりたい相手に頭突きをすれば精神が入れ替わることがあるらしいですね。私が頭突きすれば。。」
ま、まずい。完全に誤解しているぞ。千鶴さんって思い込みが激しいところがあるからな。
「ち、千鶴さん、人の話は最後まで聞いてよ。俺が言いたいのは鬼の力を制御できるように練習しようって・・・あの聞いてます?」
「善は急げです。
耕一さん、あなたに・・・頭突きします。」
不敵な笑みをたたえた千鶴さんがにじり寄ってくる。
「ちょっとまって!千鶴さんが俺になったら千鶴さんが暴走しちゃうかもしれないだろ?」
「大丈夫です。私はすでに鬼の力を制御できているのですから。一度手なづれけば暴走しません。」
あ、そっか。なるほどな。それならお互いに安全だ・・・ってそうじゃない!
「耕一さん。おとなしくしてください。
私は耕一さんを苦しませたくありません。」
そう言うと千鶴さんは鬼の力を最大限に引き出した。彼女の足元の地面が、徐々に押しつぶされていく。息をもつかせないほどの殺気が迸る!
「やめて、千鶴さん〜」
「問答無用です。」
そう言うと千鶴さんは鬼の怪力で俺を押さえ込み、疾風のごとき速さで俺に頭突きを食らわせた。
がんっ!
俺の脳内に自分の頭が砕けたような大きな音がし、目の前が光ったような気がした。目から火が出るって本当なんだな。と思いながら俺の意識は遠のいて行った。
・
・・
・・・
・・・・・さん
・・こういちさん・・
耕一さんっ!起きてくださいっ。
うう、頭がジンジンと痛む。なんだったんだ、さっきのは。最近リアルな夢をみることが多いからな。夢だ、夢に違いない。
だれかが俺を呼ぶ声がする。もう朝かな?俺は目を開けた。
目を開けると、見知らぬ天井だった。あれ、ここってどこだっけ? そうだ、きれいに整頓された清潔感の漂う部屋、全体的にシックにまとまったアクセサリーや小物類、ここは千鶴さんの部屋だ。そして取り囲むようにして、呆れ顔の梓、心配そうな顔の楓ちゃん、うっすらと涙を浮かべている初音ちゃん、そして俺の姿。ああ、やっぱり夢だったんだな!? っって俺?
ガバッ!
俺は勢いよく布団から上半身を跳ね起こした。
「!!!俺がいる・・・いったい!?」
疑問符を頭に載せて考え込む俺、それを見た梓は、ふーうとため息をつきながら欧米人がやるように両手のひらを上に向けて肩をすくめて見せた。
「悪いね、耕一。うちのバカ姉ぇがそんなことしちゃってさあ。ほら、謝ったらどうなんだよ。」
横で節目がちに小さくなっていた俺(?)がおどおどと言った。
「すみません、耕一さん。私は千鶴です。私が無理やり頭突きをしたおかげでこんなことになってしまって。これから私の体で生きていかなければいけない耕一さんの事なんてぜんぜん考えていませんでした。。。これから耕一さんの生活が困らないように仕事のことから生活までしっかりとお教えしますので・・・」
な、なにっ。さっきのは夢じゃなかったのか? ということは今の俺は・・・。
立ち上がろうと体を揺らした瞬間、肩から黒い糸のようなものがはらりとこぼれ落ち、視界をさえぎった。
長い黒髪。
視線を下に移すと寝巻きにみえる小さな小山が二つ。。。
は、はは、冗談だよね。これ。。。
俺はおもむろに手を胸に置く。ふにゃりとした触覚を手に感じると同時に、胸に沸き起こるこそばゆい感覚。手を動かすのと同調して胸からも肉が揺れる感覚が起きる。
「ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇ〜、女になってる〜〜〜〜〜〜〜!?」
俺はあらんかぎりの声を張り上げ叫んだ。その声もいまや千鶴さんの凛としたソプラノボイスである。どうやら本当に千鶴さんと俺の体が入れ替わってしまったらしい。
いきなりこんな状況におかれてはとても正気を保ってはいられない。俺は両手で今の自分の体をべたべたと触りまくる。色白の細い腕。すね毛一つ無いすべすべの足。本来なら俺の息子が自己主張をしているはずのあそこもつるりと抵抗無く通り過ぎてしまった。
「ああ、俺本当に女になっちゃったんだ。。。」
でも、これで安心かもしれない。女なら鬼の力が暴走してみんなを傷つけることは無いはずだ。
そんなことを考えていると、俺の姿をした千鶴さんが本当に申し訳なさそうにこっそりと耳打ちをした。
「実はあの後別の鬼が現れまして、おまえを殺して命の炎が見たい、なんてぬかすもんですから、へちり倒してしまいました。耕一さんは、連続殺人をしたあの鬼ではなかったんですよ〜。ごめんなさい。。。」
「え・・・俺じゃなかったの?じゃあ、女の体になる必要なんてなかったの・・・あああ」
脱力しきって床にぺたりと腰を下ろす俺。そんな俺を心配したのか、後ろに控えていた楓ちゃんがためらいがちに声をかけてくれた。
「耕一さん、、、今は落ち着いてください。。。梓姉さんが作ってくれた暖かい料理が用意してありますから、下の食堂にいきませんか?」
「耕一お兄ちゃん。。。ぐずっ。。。そんな体になっちゃって、、、私お兄ちゃんのことが好きだったのに。。。私も悲しいけど、お兄ちゃんが一番大変なんだよね。ねっ、ご飯食べに行こう? お兄ちゃん。って、今はお姉ちゃんなのか。。。」
涙をためながら見守っていた初音ちゃんも誘ってくれた。
よしっ。このままみんなに心配をかけていても仕方が無いな。そのうち元に戻れるだろう。ここはひとつ明るくメシでも食いに行くかっ!
俺はみんなと一緒に千鶴さんの部屋を出て、階下の食堂へと向かうことにした。涙のまだ収まらない初音ちゃんの手を握って一緒に廊下を歩き、階段の上に差し掛かったときそれは起こった。
「私、やっぱりお姉ちゃんじゃやだ! 元のお兄ちゃんのほうがいい〜!!」
そう叫ぶと同時に初音ちゃんが俺と(俺の姿をした)千鶴さんのほうに走りこんで、抱きついた。しかしここは階段の上。。。
「は、初音ちゃん、あ、あ、危ない、暴れないで〜」
バランスを崩してしまった俺と千鶴さんと初音ちゃんは折り重なるように階段を転げ落ちていく。その刹那、頭に強い衝撃を感じ、俺の意識は薄れていった。。。
・
・・
・・・
・・・・・さん
・・こういちさん・・
耕一さんっ!起きてくださいっ。
ああ、今日はなんだか痛い夢を見る日だな。さすがにあんなお笑いのような出来事が現実にあるはずないもんな。そっと、俺は目を開けた。
目を開けると、見慣れた天井だった。ここは柏木家の俺の使っている部屋だ。そして心配げに覗き込む梓、楓ちゃん、そして千鶴さんの姿。ほっ。よかったやっぱりさっきのは夢だったんだ。
安心してゆっくりと体を起こす。
俺の肩からはらりと落ちるちょっとウェーブのかかった長い髪。あれ?俺の髪の毛はこんなに長くないはずっっってまさか!
「ご、ごめんなさいお兄ちゃん。まさかこんなことになるとは思わなくって、どうしたらいいか私。ああんごめんなさーい。」
千鶴さんの後ろから申し訳なさそうに小さくなって俺の姿が現れた。てことは俺は今度は初音ちゃんと入れ替わってしまったのか。。。
いったいこれからどうなっちゃうんだろう。。。
ため息をつきながら、小さな胸を、ふにょ、と揉んでしまったりする耕一であった。
おわり
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