柏木家の食卓next
作:inax
「はははっ。今日は貯金を下ろしてこれたぜ。ざまあみろっ、パチンコ屋め。」
「兄ちゃんええなあ」
今日の俺の調子は絶好調だった。大当たりした台はセッティングが変わっていなければまた当たることが多い。それを信じて前回と全く同じ台に座ったのが奏効した。F3000をモチーフにしたその台は500円分の玉を飲み込んだ時点で確変リーチがかかり、そのまま大当たりして結局21連チャン、12万円の貯金を下ろすことができた。隆山に来てからの俺はツイてるな。
しかし、ちょっと粘りすぎたようだ。日はとっぷりと暮れ、満月を少し過ぎた月も昇ろうとしている。やばいっ、夕飯の時間に遅れちまう。梓はうるさいし、初音ちゃんや楓ちゃんも俺と一緒に食べられないとさびしいだろうからな。よし、急いで帰ろう。
柏木家の門をくぐるとよい香りが漂ってくる。
くんかくんか。ほのかな醤油と日本酒の香り。今日は煮物かなにかかな?
「ただいま〜」
「耕一さん、お帰りなさい」
出迎えてくれたのはエプロンをした千鶴さんだった。
「すみません、遅くなりました。あれ、梓の手伝いをしてるんですか?」
「梓は陸上部の会合で夕食を食べてくるそうなんですよ。それで私が作ろうと思いまして。。。」
ぴくっ。い、今なんとおっしゃいましたか。。
千鶴さんは料理がとんでもなく下手なのだそうだ。梓に言わせると作業が遅いから亀姉と呼んでいるだの、調味料の区別がついていない味覚オンチだのとさんざんな言われようである。とはいえ、俺は千鶴さんの料理をまだ食べたことが無いのでなんとも言えないのだが。どうしても身の危険を感じてしまう。。。
「あの、、、千鶴さんが作るんですか?」
「ええ♪今日はきんめだいの煮付けとほうれん草のおひたしですよ〜。」
「そ、それは、どうも。ところで、楓ちゃんと初音ちゃんはいないんですか?みんなにお手伝いしてもらいましょうよ。」
あの2人に作ってもらったほうが千鶴さんの料理よりはまともに違いない。
「楓は今日は遠足で帰りが遅くなるそうなんですよ。初音も友達の家にお泊り会だって言って出かけてしまいましたので。だから2人には手伝ってもらえないんですよ〜。でもだいじょうぶですよ、もうほとんど作ってしまいましたし。ほらっ。」
俺の期待は打ち砕かれた。既に食卓におかずの乗ったお皿が並べられつつある。
「じゃ、じゃあそれは明日にしましょうっ!」
と、さりげなく千鶴さんの料理を回避しようとする俺。
「でも、、、耕一さんもしかして私の料理、食べたくないんですか?」
「いや、そんなことは。。」
さすがに面と向かって、そんなまずそうな料理食えません、なんて言えるわけが無い。そんなことを言ったら最後。。。俺は殺される。
「耕一さんに食べてもらおうと練習してたんですよ(泣)」
「わ、わかりました。」
さすがの俺も、いまにも泣きそうな顔で言われれば了承するしかない。俺の承諾の返事を聞くと、千鶴さんは鼻歌混じりに配膳作業を再開した。その鼻歌は俺も知っているぞ「Brand new heart」だっ。その旋律も今は俺にとっての葬送行進曲のように聞こえてしまう。と、そうこうするうち食事の準備が整い、食卓についた。
目の前には煮魚とおひたし、ご飯と吸い物が並んでいる。芳醇な香りが広がる煮崩れの無いきれいなお魚。予備知識が無ければ喜んで貪り食っているところだろう。しかし油断はできない。つい先日は千鶴さん特製「セイカクハンテンタケ」入りきのこのリゾットを食べた柏木姉妹が別人のようになって大騒動になったのだ。そのときは俺は食べずに済んだわけだが。。。
今回のメニューにはきのこは入っていないようだ。香りからすると味付けもまともに見えるし。。。味はどうあれ死ぬことはあるまい。意を決して煮汁をなめてみることにした。
「!!!」
味付けは問題ない。いや、調味料のバランスが絶妙で非常にうまい。
「うまい!うまいよ、千鶴さん。みんな千鶴さんの料理が下手だなんて極端に言いすぎなんだな。」
「耕一さん、ありがとうございます。耕一さんに誉めてもらえるなんて私、幸せですぅ。」
他の料理も想像以上においしく、生命の危険を感じてさえいた俺はほっと胸をなで下ろす。俺は怒涛の勢いで全て平らげた。千鶴さんも喜んでくれたし、よかったよかった。
「どの料理もおいしかったよ。特に、吸い物がよかったかな。何で出汁を取ったの?」
「ああ、きのこ出汁なんですよ〜。ちょうどいいきのこが裏の山に生えていたのでちょいちょいと・・・」
「ぶほっ。」
俺は口に含んでいたお茶を噴出してしまった。きのこ・・・またかよ・・・しかも今度は俺が被害者。。。俺はジト目で千鶴さんを見た。
「いやん(はあと)そんな目で見ないでください〜」
「千鶴さんっ、そんな怪しいきのこを食事に入れないでくださいっ。」
・・・
何か起こるのではないかと身構えていた俺達だったが、しばらく待っても食中毒も怪しい現象も起こらなかったので早めに寝ることにした。
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夢。
夢を見ている。
町を歩き、何かを探している。
そんな夢だ。
ぼんやりと人影があらわれた。
俺によく似た顔、上着から香るタバコの匂い、俺には親父だとすぐ分かった。しかし、親父が夢に出てくるとは珍しいこともあったものだ。親父の葬式や柏木家での出来事など、ここのところいろいろあったから意識に残っているのだろうか。。
夢の中の親父は語り始める。
「耕一、いままで構ってやれずすまなかった。私はおまえが立派な娘に成長してくれて安心だ。柏木の姉妹のことはよろしく頼む。。。」
むすめ!? 親父、何言ってやがるんだ! 俺が息子だぞ。
はっと、自分の姿を見る。
ふっくらとした体つき、ふくよかな胸、すべすべの手足・・・
可憐な娘がそこにいた。
突然場面が変わった。どこかの会社の応接室だろうか。
高級そうな革張りの椅子に深く腰掛けた初老の人物がこちらを振り向く。
千鶴さんから聞いたことがある。彼の名前は足立・・とかいっただろうか。
現在の鶴来屋の社長である。
社長は語りだした。
「・・・耕一君。君が秘書として来てくれることになって本当によかった。
私が手取り足取り教えてあげるから、心配しないでくれたまえ。。」
と同時に奴は俺の尻をぺろんと触った。
「きゃっ」
口をついて出る声は、透き通るような高音。
どうしようもない羞恥心が沸き起こる。
俺は逃げ出した。
突然、俺の前に何者かが現れた。
こいつの顔には見覚えがある。そう、警察官の柳川だ。
紺のタキシードに手には花束。なんと言う格好をしているのだ。
「耕一、おまえを一目見た日から、俺はおまえの顔が頭から離れなくなってしまった。お願いだ、結婚してくれっ。」
「なんでおまえと結婚しなきゃいないんだよっ。」
びしっ!
俺は柳川の顔にげんこつで一発食らわすと駆け出した。
後ろからは3人の男達が追いかけてくる。俺は必死に逃げる。
しかし、ハイヒールでは動きにくくて仕方が無い。
ついに転んでしまう俺。
3人は俺を取り囲む。
「娘よ、成長したな」
「しっかり奉仕してくれたまえよ」
「結婚してくれ〜」
俺はまた逃げた。
・・・なんて夢だ。早く起きてあいつらから逃れたい。
朝になればいつもの日常が戻ってくるんだ。
朝だッ!
朝はまだか!
朝ッ!
朝! 朝! 朝!
朝! 朝! 朝! 朝! 朝! 朝! 朝!
朝! 朝! 朝! 朝! 朝! 朝! 朝!
朝はまだかあぁーッ!
ガバッ!
俺は勢いよく布団から上半身を跳ね起こした。
「夢か・・・」
俺はポツリとつぶやいた。全身にじっとりとかいた汗が気持ち悪い。ぼさぼさの髪は顔にべったりとへばりつき、不快感を増大させている。シャワーでも浴びてさっぱりしないと今日一日活動する気にならないな。まだ朝飯には早いが、先にシャワーを浴びてくることにしよう。
俺は立ち上がり、まだ薄暗い柏木家の廊下を歩いていく。歩くたびになんだか胸のあたりが揺れるような振動を感じる。最近の不摂生のせいで太ってしまったんだろうか。東京に戻ったら筋トレでもしてシェイプアップしないといけないだろうな。
浴室の前に着き、シャツを脱ぐために服の中に手を入れたとき、それは起こった。
ふにょ。
胸のあたりを手が触れると感じたことの無い触覚が手と胸に。これは太ったから胸が膨れたというレベルではない。グラビアアイドルも真っ青な胸が俺の目の前で揺れているのだ。
慌てて下にも手を伸ばす。
「ない・・・」
俺のかわいい息子は忽然と姿を消していた。。。
つるんとしたあそこの部分には縦に一筋の割れ目が入り、それは男の体にはありえないはずのものであった。
「うわあぁぁぁぁぁ」
俺の黄色い悲鳴が響き渡った。
・・・
浴室の前には先ほどの俺の悲鳴を聞きつけた梓が駆けつけてきた。
「今の声はなに? ていうか、あんた誰よ。」
「俺は耕一だ。それ以外にありえないだろ。」
「耕一は男よ。あんた女じゃないの。」
「だからー、朝起きたら女になってたんだってば。」
「そういえば顔のつくりなんかやしゃべり方は耕一に似ているような気がするわね。でも、一体どうして女になったのよ。」
「絶対千鶴さんが作ったメシのせいだっ。吸い物にきのこ出汁を使ったなんて言ってたからそのきのこの毒で。。」
「げっ。千鶴姉の飯を食ったのかよ。こないだのセイカクハンテンタケのときは私もえらい目に会ったからなぁ。耕一その格好、最高におかしいぜ。うぷぷぷぷぷぷぷ。」
「笑うんじゃないっ。」
「かわいーっ、だーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ」
結局、梓には信じてもらえたらしい。きのこのせいかどうかを確認するために台所できのこを探し、さらにきのこ図鑑で調べてみると。
「えーと、セイカクハンテンタケ。。。。セイベツハンテンタケ。これだ!」
「なになに、食べたり、煎じて飲んだりすると性別を反転させます。・・・そのままだな。」
「これって、耕一だけが食べたわけじゃないんだろ?千鶴姉も・・・」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ」
突然響き渡る野太い男の叫び声。聞こえてきた先はもちろん、千鶴さんの部屋からだ。
俺と梓は千鶴さんの部屋に向かった。そして見たものは、、、花柄のネグリジェに身を包んだ男だった。。
・・・
「・・・ということで、千鶴姉の作った料理に入っていたセイベツハンテンタケのせいでこんなことになってしまったんだ。反省しろっ。」
「す、すみません。。。」
気落ちしてしまった千鶴さんが低い声でつぶやく。
「ところで、元に戻るにはどうすればいいんだろう?梓、きのこ辞典にはなんか載っているか?」
「えー、そんなことはどこにも書いてないぜ。」
「ああ、このまま戻れなかったらどうなるんでしょう。耕一さんっ。この間、私のことを愛してるって言ってくださいましたよね。」
「い、言ったけど。。。」
「じゃあ、私に耕一さんを抱かせてくださいっ。」
「いやだっ。俺は男と寝る趣味は無いっ!」
「そんな・・・ひどい。」
「いやだっっ」
俺のそんな言葉にもめげず、強引に俺に抱きつこうとする元千鶴さん。俺はなんとかその攻撃をかわす。元千鶴さんはゆっくりと近づいてくる。。。
「私のこと、まだ愛してくださいますよね。。。」
「たすけてくれ〜」
俺の悪夢はまだ終わっていなかったようだ。
おわり
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