赤い雪(前編)
作:Sato
「ちょっと祐一君!」
「えっ?なんだなんだ?」
「どいてどいて!」
おれが、後ろから聞こえてくる声に気がついて、振り返った時にはもう遅かった。ものすごい勢いで、すでに目の前に迫っていた人物とぶつかってしまった。身長差があるのか、おれの背中に相手の頭がめり込む。出会い頭ということもあって、なかなか強烈な一撃だった。
「ぐふっ」
「うぐぅ・・・・どいてっていったのに・・・」
「いてて・・・」
おれは文句をいおうと、改めてぶつかってきた人物をよく観察した。どうやら、女の子のようだった。体格は背が低く小柄で、中学生といったところだろうか。白いハイネックのセーターの上に、ベージュっぽいコートを着ている。手にはミトンの手袋を嵌めていて、手には茶色い小さな紙袋を持っていた。そして何より目に付くのが、彼女が背負っているリュックだった。さっきから白い羽がパタパタとしていると思ったら、羽はリュックに付いているらしい。流行に疎いおれには分からないが、そんなものが今は流行っているのだろうか。
「ってなんだ、あゆじゃないか。どうしたんだ?そんなに急いで」
「祐一君、ヒドイよ・・・どいてくれないんだもん」
「悪い。急だから間に合わなかったんだ。また食い逃げか?」
以前、このあゆ、「月宮あゆ」というのだが、彼女は以前、たいやきを食い逃げしたことがあったのだ。その時がはじめての出会いだったのだが・・・
「違うもん!あのたいやき屋さんとはもう和解したんだよ」
「ほう、そりゃよかった。それで?今日はなにをそんなに急いでたんだ?」
「えっと、祐一君を見かけたから、慌てちゃったんだよ!」
「それがなんでぶつからなきゃいけないんだ?」
「それは、雪のせいで足が滑って・・・・仕方なかったんだよ」
あゆがいう通り、商店街といわず、この街は一面が雪に覆われている。しかし、それはこの街の住人にとっては、冬の日常のはずだ。元々ここの住人ではないおれはともかく、この街の人間なら、こんな状況の中で走ったりしたらどうなるか、分かりそうなものだが――あゆはここの住人のはずなのに――そこがあゆらしいといえばそうなんだけどな。
「いたいよ、祐一・・・」
「ん?鼻なんか押さえて、どうしたんだ?どこかにぶつけたのか?」
「うぐぅ・・・祐一君にぶつかったんだよ!」
目をかっとむいて怒り出すあゆ。表情がコロコロ変わって、見ていて面白いから、ついついからかってしまう。見た目どおり、子供のようなリアクションを見せてくれる。この、おれにとってはイヤな思い出(具体的には思い出せないのだが)の残るこの街にきて、唯一といっていい安らげる時間が、何故だかあゆといる時なのだ。
最初に会った時もぶつかったんだったな。確か、あゆが最初に食い逃げをした時だ。そういえばあの時に・・・・
「それはそうとあゆ、お前、捜し物は見付かったのか?」
「ううん、まだ」
あゆは心底悲しそうにそう答える。あゆがいうには、それは「すっごく大切なもの」らしいのだが、それがなんなのか、あゆ自身にも思い出せないらしい。そんなことが有り得るのか、っていうのが普通の考え方だが、おれには共感できる話だった。おれは昔、この街にいた記憶はあるのだが、その頃の記憶が一部分、ポッカリと抜け落ちているのだ。もしかすると、あゆにも同じ現象が起きているのかもしれない。酔狂なことに、おれはこの当てのない捜索を手伝ってやる気になっていた。
「じゃあ、今日はおれも一緒に捜してやるよ」
「本当!?」
「ああ、どうせおれもヒマだからな」
「ありがと、祐一君!」
結局、商店街を端から端まで捜し歩いたものの、なんの収穫もないまま時間がきてしまった。もう日が傾きかけている。怖がりのあゆにはツライ時間が迫ってきていた。
「おっと、そろそろ日が暮れそうだな。あゆ、そろそろ帰ろうか?」
「えっ?う、うん。そうだね、バイバイ、祐一君。今日はありがと!」
「ああ、またな」
「うんっ!また会えるといいね!」
「・・・そうだな」
ぱたぱたと羽を揺らしながら走り去っていくあゆのうしろ姿を見届けると、おれも帰路につくことにした。それにしても、あゆの探し物っていうのはなんなのだろうか?気にしても仕方がないような話なのだが、おれは妙に気になってしまう。もしかしたら、おれはその探し物を知っているのかもしれない。あゆが捜し物を思い出せないことと、おれの中で抜け落ちている記憶・・・そのことには、何か関係があるような気がしてならなかった。
次の朝。
「朝〜、朝だよ〜」
「朝ご飯食べて学校行くよ〜」
相変わらずの眠気を誘う、目覚ましの名雪の声でおれは目が覚める。起きると、いつも夢を見ていた気がするのだが、起きてしまうとすっかり記憶からは消え去ってしまっている。おれは漠然と、その夢が楽しくて、せつなく、それでいて二度と思いだしたくない話のような感じがしていた。
おれは例によって名雪を起こすと(これがなかなか起きないのだが)、秋子さんの作った朝食を食べ、動こうとしない名雪の手を引きずるようにして、水瀬家をあとにした。
「今日は余裕で間に合いそうだな」
「そうだね。たまにはゆっくりと歩いて行くのもいいよ」
おれたちはいつもダッシュで学校へ行かなくちゃいけないハメになることが多い(ほとんどは名雪が起きないせいなのだが)。しかし、今日はおれが強引に名雪を引っ張り出したため、時間にはまだ余裕があった。おれたちは久々に二人で話しながら、のんびりと通学路を歩いていた。
「祐一君!」
「えっ!?」
「あ、あぶな・・・・」
突然かかった声に振り返ったのがマズかった。名雪の切羽詰った声が聞こえてきたかと思うと、おれは真正面から、後ろから駆け寄ってきたその人物の頭突きを食らってしまった。目がチカチカするほどの強烈な衝撃がおれを襲い、おれはその人物とともに、後ろ向きにバッタリと倒れ込んだ・・・・・
ハズなのだが、おれの上には誰も乗っていないし、おれの背中は道路に降り積もった雪に密着していなければならないはずなのに、そうではなく、背中には何の感触も・・・・ん?何かの感触はあるな・・・軽い、やたらに軽いものが??
名雪が駆け寄ってきた。やっぱりおかしい。おれはいつの間にかうつぶせになっているようだ。確か、後ろ向きに倒れたはずなのだが。
「祐一、大丈夫?」
「??」
名雪はおれではなく、おれの下にいる人物に向かっておれの名を呼んだ。目の前にいる人物は密着しているためによくは見えないが、どうやら男らしいことは分かる。そうすると、こいつがぶつかってきた人物、ということになるのだが、妙な感じだ。おれにはあの声はあゆのものに聞こえたのだが――おれはとにかく、こいつの正体を確認しようと、こいつの身体から離れ、立ち上がった。
「えっ!?なんでおれなんだ!?」
おれの下にいた人物を見て、おれは思わずそう叫んでいた。それはそうだろう、おれの目の前におれがもう一人いたのだから。おれの頭の中に、「ドッペルゲンガー」という西洋の妖怪のことが思い浮かんだ。
「どういうことなんだ・・・お前・・・何者だ?」
おれはそうつぶやいてみて初めて、自分の声がなんだかおかしいことに気が付いた。まるで小学生の頃に、変声期の前に戻ったかのようなソプラノボイス・・・いや、待てよ。この声、どこかで聞いたことがあるような・・・
「祐一!」
名雪は相変わらず「ニセ祐一」のほうに気を取られているようだった。おっ、「ニセ祐一」のやつも目を覚ましたようだ。
「大丈夫なの!?」
「うぐぅ・・・・大丈夫・・・だと思う」
うぐぅ、だって!?どこかで聞いたようなフレーズだ。名雪は安心したのか立ち上がり、おれのほうを向いた。って、あれ!?名雪のほうが背が高くなっているじゃないか!
「やるな、名雪。おれのいない間に秘密の特訓を?」
「訳がわからないよ。あゆちゃん、あんなに激しくぶつかったりしちゃいけないと思うよ」
「あゆ・・・お、おれがか!?」
意外な言葉に、おれは思わず名雪を見上げた。今の名雪はどう考えたって、おれより10センチ近く身長が高くなっている。一体どういうことなんだ?おれはふと足元に目を移すと、なにやらひらひらとしたものが目に入ってきた。ベージュ色をした・・・これはコートなのか?おれもコートを着ていたが、こんな色じゃない。
「ってあれ!?」
さらに下を見たおれは、素っ頓狂な声をあげてしまった。おれの足はいつの間にか、グレーのブーツに納まっていたのだ。そしてその上にはコートのへりまで、素足が覗いている。道理で寒いと思った・・・・って違〜う!!そんなことよりもこの脚!細くて、今にも折れそうなこの・・・・これはまるで女の脚じゃないか!
「な、何がどうなって・・・」
その時、名雪に手を貸してもらって、ようやく起き上がった「ニセ祐一」が、おれのほうを見て、驚愕の表情を浮かべると、そのまましばらく固まってしまった。そして、おれのほうを恐る恐る、といった感じでわなわなと震えながら指差した。
「ボ、ボクがもう一人いる!?」
「そうみたいだな。よく分からんが、どういうわけか、おれが二人存在しているようだな」
「おれ?」
「ん?おれはおれじゃないか。何かおかしいのか?」
「えっと、ちょっといいかな」
しばらくの間、おれたちの会話を傍観していた名雪が、間に割って入る。
「ん?何だ、名雪?」
「えっと、もし私の考え違いだったら謝るけど」
名雪はそういうと、おれのほうに向き直った。
「もしかして、祐一なの?」
「当たり前だ。おれが祐一以外の何者だっていうんだ?」
「ちょっと待ってね。そしてあなたはあゆちゃんなの?」
名雪は右手を差し出しておれを制すると、「ニセ祐一」のほうを振り返ってからそういった。
「そうだよっ!ボクは月宮あゆじゃないか。もしかして忘れちゃったの、名雪さん?」
「えっ!?お前、あゆなのか?」
「どこからどう見たって、ボクにしか見えないと思うんだけど」
「いや、どこからどう見たっておれにしか見えんが・・・」
「えっ、ホント?あっ!」
「ニセ祐一」、いやあゆは、自分の身体を見下ろし、ようやく異常に気付いたようだった。いや、おれにしたって、今、目の前のいるのがあゆだなんて思いもしなかったから、他人のことはいえないが。
「と、いうことは、おれとあゆの身体が入れ替わってしまった、ということなのか!?」
「どうやらそうみたいだよ。今のあゆちゃんの口調は祐一にしか思えないからね」
「うぐぅ・・・・あ、ホントだそっくりだ」
「祐一君、真似しないでよ!」
「あ――」
やおら、名雪が声をあげた。時計を見ている・・・おれも時計を見ようと腕を・・・・って、これはあゆの身体なんじゃないか。腕時計なんかしてない。
「もう時間がないよ。とにかく早く学校に行かないと」
「えっ、な、名雪さん!?」
名雪はおれになったあゆの手を引いたかと思うと、二人して駆けだしはじめた。
「ま、待ってくれよ。おれはどうしたらいいんだ!?」
「また放課後ね!」
「おいおい・・・・」
追いかけたところで、陸上部の名雪と男のおれに、あゆになった今のおれが追いつけるはずもない。おれはこの通学路に取り残されてしまった。
「あっ、そういえばあゆの学校ってどこなんだよ!?」
前に訊いたときに、こっちの方向だっていうのは聞いたような気がする。おれは取りあえずその方向に向かって歩きはじめた・・・・・
「はぁ・・・」
結局、学校なんてどこにも見付からず、おれは商店街をウロウロしていた。どう考えてもそんな時間から、女の子が街をうろついているのはおかしいのだが、不思議なことに、それをとがめるものは誰もいなかった。まあ、今のおれにはそのほうが助かるんだけどな。
それと時計すら持っていないのも問題だ。時間を知りたかったら、いちいち店に備え付けの時計を覗き込まなければいけない。時計を買おうにも、財布の中には1000円ほどしか入っていなかった。昼食を軽めに済ませたのだが(そんなに量は入らないから問題ないのだが)、それでも500円ちょっとしか残っていない。これじゃあ時計なんか買えやしない。
「そろそろかな・・・」
もう結構いい時間になっている。名雪は部活があるからどうか分からないが、帰宅部のおれはもう下校してもいいはずだ。おれが辺りを見回しはじめたその時、辺りに甘い匂いが漂ってきた。これはたいやきの匂いだな。さっきまではなかったんだが・・・今、屋台を開いたのだろうか?おれの足は自然と、吸い込まれるようにそちらに向かっていた。
「祐一君!」
「ん?おお、どこのオヤジかと思ったらあゆじゃないか」
「うぐぅ・・・祐一君の意地悪」
ぷっと頬を膨らませて怒るあゆ。しかし、そんな仕草もあくまであゆの身体だったから似合ったのだ。おれの姿でそんなことをされても、気色悪いことこの上ない。おそらく学校でも・・・
「おい、そういえば学校はどうだったんだ?」
あゆはその質問に目をパッと輝かす。
「すごいよ!授業も楽しかったし、お昼ご飯も美味しかったし!祐一君ってあんないいことを毎日してたんだね!」
「授業が楽しい!?マジかよ」
「何をいってるのかはよく分からなかったんだけど・・・でも、みんながいるあの雰囲気が楽しくって」
「お前だって学校に行ってるはずじゃないか。あ、そうそう、お前の学校ってどこなんだよ?結局、見付からなかったんだよな」
「あれ?そうなの?おかしいなあ・・・ちゃんと捜した?」
「そういわれると自信なんてないけどな」
「あっ、それってたいやき?」
急に話を変えるあゆ。なんだか怪しいが、まあ、たいやきは冷めちゃ美味しくないしな。とりあえず、先にこっちを片付けるか。
「ああ、さっきそこで買ったんだよ。お前も食べるだろ?」
「うん!」
おれは袋の中から一つ、たいやきを取り出してあゆに渡した。おれも一つ取り出して口にくわえる。
「おっ!美味いじゃないか!ここのたいやき、こんなに美味かったっけ?」
確かにここのたいやきは美味しかったのは間違いないのだが、どういうわけだか、今日のたいやきは格段に美味く感じるのだ。甘い、という感覚がおれの全身を優しく包み込み、この上なく幸せに感じてくる。
「やっぱり焼きたては美味しいね!」
「そうだな。あゆはいつもと同じ味に感じるのか?」
「うーん、そういえばいつもに比べたら甘くないような気がする」
「やっぱりそうか」
「やっぱりって?」
「ああ、おれたち、身体が入れ替わってるじゃないか。多分、それで味の感じかたも違うんだよ」
「あ、そうなの?舌が違うと味の感じ方も違うんだね」
「そうらしいな。おれも、こんなにたいやきが美味いと感じたのははじめてだったよ」
おれたちはそんなことを語り合いながら、たいやきを全て平らげてしまった。
「ふぅ・・・結構腹が膨れたな。意外とあゆは少食だったんだな」
「意外ってどういうことだよ!ボクだって女の子だもん!」
「ははは、でも今は男じゃないか」
「うぐぅ・・・」
「そうそう、それはそうと、おれは今日どうしたらいいんだ?」
「あ、そういえば・・・」
「お前の家ってどこなんだ?」
「えっと・・・あ!やっぱり祐一君の家がいいよ!もしボクたちが、急に元に戻ったら困るもん」
「なるほど。それは確かにそうかもな。ま、秋子さんだったら一秒でOKだろ」
「そうなの?」
「ああ、名雪もそうだが、心が広いというか、いい加減というか・・・いい人なんだろうな」
「ふ〜ん、じゃあ安心だねっ!」
「よし、じゃあ行こうか」
二人はしゃべりながら雪道を歩き、水瀬家に辿り着いた。冬の日は短い。もうそろそろ日が落ちようとしていた。
「着いたぞ。じゃああゆ、お前がカギを開けてくれよ」
「ボクが?」
「もちろん。今はお前が祐一なんだからな。それに、カギはお前が持ってるんだしな」
「あ、そっか。う〜んと・・・あ、あったよ、カギ!」
「ああ、それだ」
「よいしょっと・・・あ、開いたね」
「おじゃましま〜す!」
あゆは大声でそう名乗りをあげた。
(おいおい、今、お前が祐一なんだろ?「おじゃまします」はないだろうに・・・)
「おじゃまします」
おれも、あゆに倣ってそういい放つ。一応、あゆへ釘を刺したつもりなのだが、もちろん、あゆはそんなことには気付いていないようだった。
おれたちが靴を脱いで中に入っていくと、秋子さんが台所から出てきて、おれたちを迎えてくれた。
「あら、祐一さんおかえりなさい。あゆちゃんも来てくれたのね。いらっしゃい」
ニコリと柔和な笑みを浮かべながら、秋子さんはそういった。ってあれ??
今、秋子さんは最初、おれのほうを見ながら話しはじめなかったか?その後、あゆのほうを見ながら話したような・・・・
「こんにちは!」
あゆはそんなことには気付きもせず、いつもと同じ調子で挨拶をしてやがる。
「あ、秋子さん、ど、どうして知ってるんですか?」
「それは私が話したからだよ」
後ろから名雪のノンビリとした声が聞こえてきた。いつの間にか、秋子さんの後ろに来ていたらしい。いや、そんなことよりも・・・!
「話した!?全部?」
「そう、全部」
「うぐぅ」
「あ!またマネした!」
おれはこの一家のことをすっかり忘れていた。この一家には秘密なんてないのだ。バカ正直というか、仲がいいというか・・・・ま、秋子さんは聡明な人だから、名雪に教えられなかったとしても、じきにバレたとは思うけどな。というより、あゆのやつが演技も何もしてないし。おれは、自分だけがピエロになっているような気がしてきた。
「そんなわけで、お世話になります!」
おれは改めて深々と頭を下げた。秋子さんは微笑んだ表情を動かさずに、おれのほうを向いた。
「気にしなくていいのよ。だって、あなたは見た目はあゆちゃんだけど、祐一さんなのでしょう?それに」
秋子さんはあゆのほうを向いた。
「あなたもどう見たって祐一さん」
「うぐぅ・・・」
あゆはおれの「うぐぅ」をモノマネなんていうが、むしろ、今のあゆが「うぐぅ」ということのほうが、よっぽどモノマネじゃないかと思う。だが、おれがそれをいうとややこしくなるから、いわないけどな。
「だから、私にとっては二人とも祐一さんだから。気にせず、ゆっくりしていってね」
秋子さんは笑みを絶やさずにそういった。うしろから名雪もうんうん、と同意の意思を表現している。まったく、お人よしにもほどがある親子だ――おれはあゆの涙腺が緩いせいか、涙を堪えるのに四苦八苦していた。
「ありがとうございます!お世話になります」
「秋子さん、ありがとうございます!」
おれとあゆは、口々に礼をいった。今日のことばかりではなく、この親子にはいつも救われる思いがする。なのにおれは、ここだけには帰ってきたくなかったのだ。それは何故なのだろうか?おれの記憶の途切れた部分に、その答えが隠されているに違いない。
「さて、晩御飯にしましょうか。名雪に聞いていたから、ちゃんと4人分用意してますから」
「その前に着替えてきなよ。あゆち・・あ、祐一はそのままでもいいけど」
「そうだな。じゃああゆ、着替えてこいよ」
「えっ?ボクが?ボク、祐一君の部屋なんて知らないよ〜」
「あ、そうか。よし、おれも一緒に行ってやるよ」
「へぇ・・・祐一君の部屋ってこんななんだ。なんかさみしい感じがするね」
「まあ、まだ引っ越したばかりだからな。荷物もまだ全部は出し終わってないんだ」
「そうなんだ・・で、着替えはどこ?」
「ああ、ここだ。取りあえずこれに着替えてくれ」
おれはあゆに部屋着を渡した。スウェットだから着替えるのもカンタンだ。あゆがどんなにどんくさくても、これなら問題ないだろう。着替えを受け取ったあゆは、おれのほうをちらちらと見ている。
「どうしたんだ、あゆ?なにか問題でも?」
「えっと・・・祐一君はずっとそこにいるの?」
「え?あ、見られるのがイヤだってのか?」
あゆは無言のままこくりと頷く。大の男が背中を縮こまらせて、そんなポーズを取っているってのは、その身体の持ち主としては情けないこときわまりない。
「それはおれの身体なんだぜ!?見られてどうってことはないんじゃないのか?」
「でも、やっぱり恥ずかしいもん!」
「ふう・・・分かったよ。じゃあ先に下に行ってるから。着替えたらこいよな」
「ありがと、祐一君」
食事を終えたあと、しばらくリビングでくつろいだおれたちは、二階へ上がると、おれの部屋(空いている部屋をあゆの「身体の」ためにしつらえてもらった部屋だ)に入り、今後について話した。
結論としては、元に戻るまではこの家に居てもいいこと、あゆは名雪と学校に行くこと、あゆの学校は明日から休みらしいので(あゆ曰く)、おれは秋子さんの手伝いをしさえすれば、あとは自由にしていい、ということだった。
あゆの失態は、名雪がある程度、フォローしてくれることを信じるしかない。おれのほうは空いた時間で、例の「捜し物」をすることに決めた。
「さて、お風呂が沸いたようだね。どうする?先に入る?」
「誰が?」
「祐一が」
「いいのか、あゆ?」
「・・・・・イヤだけど、仕方ないよ。ボクの身体が汚くなるのはイヤだもん」
「じゃあ、先に入らせてもらおうかな」
「あんまり見ないでよね」
「ああ、なるべくそうするよ」
そうはいっても、気になるものは仕方がない。おれは身体を隅々まできれいにする途中、目に入るあゆの身体を観察してしまっていた。
あゆの肌は意外なほどきれいだった。病的に感じるほど白く、肌は木目細やかだ。この地方は、夏でも日差しは強くはないだろうから、日焼けはしにくいのだろうが、この白さは少しおかしい気がする。まるで、日の当たらない場所で生活しているような、そんな感じなのだ。あゆは一体・・・・
おれが風呂からあがると、あゆと名雪は順に風呂に入っていき、その後は各自の部屋に戻った。布団に入り、明日からのことをあれこれと考えているうちに、気が付くと眠ってしまっていた――
つづく