体感ゲームにご用心

作:inax




「よ〜し、今日の業務終了っ! 今日はさっさと帰ってトラクエ5の低レベル攻略を進めるぞっと」
 ロール・プレイング・ゲームの大好きな小山君が立ち上がりました。今日は会社の仕事は適当なところで切り上げてゲームの続きをやりたいようです。彼は、ゲームを普通にプレイするだけでなく、データ収集からハイレベルやりこみまでなんでもこなします。先日はトラクエ7の発売日から3日間、トラクエ休暇を取ったものですから、彼のゲーム好きは社内でも知らない人はいません。でも、今日はシステムの立ち上げが終わったばかりで部内の雰囲気は和やか、誰もとがめる人はいないようですね。
 机の上の書類を整理し、上着を着て、かばんに手をかけて今まさに帰ろうとしたそのとき、小山君の机の上の電話が鳴り始めました。彼は内心、あと30秒早く帰り支度を済ませていれば・・と後悔したのですが、もう手遅れです。しぶしぶ電話を取りました。
「はい、システム部の小山です。・・・なんだ、佐藤か。どうしたんだよ、俺は早く帰ってトラクエ5をやらなきゃいけないんだ」
 佐藤君は開発部所属の同期入社のお友達です。彼もゲーム好きが昂じて今の会社に入ったほどの筋金入りです。新人研修のときに知り合って、ゲームについて夜通し語り明かしてからは、仕事抜きでもお付き合いしています。
「おお、小山。今日はトラクエ5をやってる場合じゃないぞ。今俺たちが開発している全身体感型のコントロールシステムの試作品ができたんだ。お前に一番に試させてやろうと思ってな」
「そいつはおめでとう。でもな、お前のチームが作ってるのは格闘ゲーム用のコントローラーじゃないか?俺の反射神経が悪いのはお前も知ってるだろう。他をあたってくれよ」
「心配ご無用、汎用の入出力ポートも作ってあるんだ。ハミコンやスーパーハミコンにも繋げるからお前が好きなトラクエシリーズもできるぜ」
 トラクエシリーズができると聞いて小山君の鼻息はにわかに荒くなりました。
「行く。今すぐ行くから待ってろ」
 帰り支度を放り出し、佐藤君の待つ開発部に急ぐ小山君でした。


・・・


「しかし、気持ち悪いな。このスーツは」
 開発部の佐藤君のところに到着した小山君。早速全身体感型のコントロールシステムを装着しています。でも、ウェットスーツの内側に着いたジェル状の体感フィードバック装置はぐにょぐにょ、ひんやりしていて気持ちのいいものではありません。
「文句言うなよ、それが今回の目玉なんだから。スーツ表面のセンサーから体の動きを読み取るのと同時に、ゲーム機からの信号に応じてジェルの形と硬度を変えてゲームの世界をリアルに体験できる仕組みなんだから。それにゲームが始まっちまえば慣れるよ。それから、そのヘルメットをかぶってくれ」
「これか?お、すごいなまるでゲームの世界の中にいるみたいにリアルだぜ」
「だろ?グラフィックイメージはコントロールシステムが再描画するから古いゲームでもリアリティは下がらないぞ。それから、キャラクターのデータは別口で3Dスキャンした奴だからめちゃくちゃリアルなんだ。ドット絵の姫様が迫ってくることはないから安心してくれよ。ところで、何のゲームをやってみる?」
「愚問だな。トラクエ3に決まってるじゃないか。あれは俺のゲーム人生の原点だからなっ」
「おいおい、えらい古いゲームを持ち出すな。まあ、ゲーム中に俺と連絡を取りたくなったら空に浮いてる「チャット」ウィンドウを使ってくれ。じゃあ、さっそくプレイを始めるぞ。スタートっ」

 ちゃーん、ちゃららっらっらー♪

 佐藤君がゲーム機の電源を入れると軽快な音楽とともにゲームがスタートしました。最初のシーンは、旅に出ようとする「ゆうしゃ」を「ゆうしゃの母親」が起こしに来るシーンです。
「おきなさい おきなさい わたしの かわいい こやま や」
「おお、すごいぜなんちゅうリアリティだ。本当に俺のかあちゃんに起こされてる気分だぜ。それに、俺の姿は本当の姿と全く変わらないんだな。さすが新型コントローラーだ」
 チャットウィンドウには佐藤君のメッセージが表示されていました。
「お前のキャラクターはお前本人のデータを使ってるから違和感無いだろ。じゃあ、俺は外でモニターしてるから自由に楽しんでくれ。あ、それから後でちゃんとレポートしてくれよ。じゃな」
「よしっ。じゃあガンガン進めるぞっ!」
 一通りステータスと装備を確認した小山君はシナリオに沿ってゲームを開始しました。まず、王様に会いに行って、酒場で仲間を集めました。仲間を全員女の子にしたのは小山君の趣味です。3人の仲間は女戦士の「ちあき」、女僧侶の「ちはる」、女魔法使い「まゆみ」。名前と3Dスキャンデータは社内の美人OLからとったものみたいです。3Dスキャンのデータ収集は佐藤君の趣味のようですね。それにしても、いったいどうやって女の子達の3Dスキャンデータを集めたんでしょうね。ほとんど裸にならないとスキャンできないのに。
 準備が整ったところで、小山君は気を引き締めて町の外に出ました。町の外にはモンスターがうようよしているはずですからね。

 ちゃららららっら〜♪

 小気味よい音楽とともにモンスターが現れたようです。相手はどろどろしてるはずなのに頭がとんがっている「すらいむ」が3匹です。小山君は「ちあき」と「ちはる」と「まゆみ」に「すらいむ」に攻撃するように命令しました。そして自分も攻撃します。小山君は最初の攻撃で「どうのつるぎ」を振るって1匹しとめました。剣を振り回す遠心力や鎧の重量感も伝わってきて、小山君は感激しました。
 しかし、次の「すらいむ」が小山君にぬるんと触れてきました。消化液による攻撃です。
「痛って〜〜〜〜!!!!」
 小山君は絶叫しました。それもそのはず、相手の攻撃に対応して体感コントローラが小山君の体を傷つけているのですから。小山君はチャットウィンドウを呼び出しました。
「おいっ、佐藤ッ聞いてるか〜。相手の攻撃が当たると痛いじゃないか!」
「そこが体感フィードバック装置のすごいところなんだよ、キャラクターとの一体感が生まれるだろう?」
「俺は痛いのはイヤなんだよっ」
「仕方ないな、シンクロ率を10%まで下げといてやるよ。これ以上下げるとキャラクターの操作も難しくなるからな」
 その後は、心なしか敵の攻撃が弱く感じるようになりました。でも、痛いのには変わりありません。小山君は仲間の並び順を替えて自分に攻撃の当たりにくい最後尾を歩くことにしました。なんだか卑怯なゆうしゃです。
 その後、小山君はゲームを慎重かつ順調に進めます。それもそのはずです、小山君はトラクエ3のやりこみをゲーム雑誌の「ハミ通」に投稿したり、攻略データを本にまとめて同人誌即売会の「コミパ」で売っていたりするくらいなのですから。ダメージを受けないようにすばやく進むのなんてお手の物です。経験値の稼ぎどころもわきまえているので面白いようにレベルが上がります。盗賊の親分を倒して人質を解放したり、王様の頼みを聞いてお礼に船をもらったり、魔法使いのまゆみを賢者に転職させたりとシナリオはどんどん進むのでした。


・・・


 そして3時間後、小山君は青い宝珠が眠るという「ちきゅうのへそ」という洞窟の前に来ていました。小山君にとってみれば、青い宝珠を取ってくることなど簡単です。でも、ここの洞窟を利用するとアイテム増殖の裏技が使えることを思い出したのです。別に裏技を使わなくてもクリアすることはできますが、あとあと楽になりますし、小山君は痛い思いをするのはいやだったので高価な防具を増やしたかったのです。
「えーっと、まず、仲間を酒場に預けて、洞窟の入り口まで行って、そのまま船で戻ってから酒場で仲間を連れ出して、増やしたいアイテムを受け取ってから戦闘を1回すればOKだったな。そうすれば仲間のキャラが消えるけど、仲間は酒場に戻っていて元のアイテムも持っているし、俺の手元にもアイテムが残るという寸法だったな」
 小山君は記憶をたどりながらその裏技を実行したのです。すると・・・・

「うぉー、何でこうなるんじゃ!」
 小山君は「まゆみ」さんの甲高い声で叫びました。なんと、今の小山君の体は女賢者の格好をした、社内ナンバー1のぐらまらすなまゆみさんの体になってしまっていたのです。
 小山君は慌てふためいて自分の体を探索しました。どうぐに入っていた「らーの鏡」を取り出して自分を映して、「これがボク?」なんてやってましたし、途中の町で6万ゴールドをつぎ込んで買った「えっちなみずぎ」を装備してみたりもしていました。まるでスイカが入っているかのようなまゆみさんの胸は小山君には刺激が強すぎたのでしょう、鼻に「やくそう」を詰めながら胸を揉みしだいていました。
 一通りお約束をやったあと、落ち着いた小山君は自分のミスに思い当たりました。小山君は操作ミスをしていたのです。最後の戦闘の時には自分が先頭で戦っていると、後ろのキャラクターが消えてアイテムも増殖するのですが、小山君は痛い思いをしたくないばかりに自分を最後尾にしていたのです。すると消えるのは小山君のキャラクターで、残るのは仲間のキャラクターです。
 このバグが発動してしまうと「ゆうしゃ」のキャラクターともちものが消えてしまうので、重要アイテムをゆうしゃが持っているとクリアができなくなってしまうのです。どうぐを点検した小山君は紫の宝珠と黄の宝珠がなくなっていることに気がつきました。これでは伝説の不死鳥を復活させられません。小山君は観念してチャットウィンドウを開きました。
「おーいい。佐藤ー。助けてクレー」
「おお。なんだ、小山その格好は。ははは。似合ってるぜ」
 小山君は操作ミスでクリアできなくなってしまったこと、途中でゲームを終了させてほしいことを伝えました。
「しょうがないな、今強制終了するから待っててくれよ」
 そういうと、佐藤君はコンソールに向かって作業を始めようとしました。飲んでいたコーヒーを机の上に起きキーボードに向かった瞬間。

がつん。
だば〜

 コーヒーがこぼれてキーボードにかかってしまいました。
 そして、コーヒーの水分でショートしたキーボードはとんでもない出力を吐き出したのです。

 シンクロ率 1000000000 %

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 その時、体感フィードバック装置の中の小山君の体がこの世のものとも思えない恐ろしい悲鳴をあげたのです。体感フィードバック装置が、小山君の体を3Dスキャンしたまゆみさんのデータどおりに変化させるために、最高出力で動き始めたのです。


・・・


 1時間後、佐藤君と、すっかりまゆみさんの体になってしまった小山君は途方にくれていました。
「体感フィードバック装置は最高出力で動かしたおかげで完璧に焼け焦げちゃったし」
「俺はこんな体になっちゃったし、一体これからどうすりゃいいって言うんだよ!責任取れっ!」
「まあ、お前は社内ナンバー1のまゆみさんの美人な体でよかったじゃないか。再就職も問題なくできるから安心しろよ」
「できるかっ。そういう問題じゃないっ」
「とにかく、いいデータが取れたよ、ご協力感謝する。じゃあなっ、俺はもう帰る」
 まゆみさんな小山君から逃げ出した佐藤君。
「まてっ、逃げるな。無責任だぞーーーー。”い・お・な・zoooon♪”」
 追いかけようとした小山君。苦し紛れにゲームの中で覚えたばかりだった攻撃呪文を叫んでいました。

 ♪ちゅどーん♪


・・・


 あれから1週間経ちました。佐藤君はおしりにやけどをしたそうで、包帯で着膨れたヒップのあたりが痛々しげです。
 え?小山君はどうなったのかって?小山君は元通りに男性の姿で会社で仕事をしていますよ。といっても、元に戻れたわけじゃないんです。毎朝”模写す”の呪文を使って元の姿に変身してから出勤しているんですよ。どうしてなのか理由はわかりませんが、ゲームの中で習得していた魔法が現実世界でも使えるようになってしまったんです。小山君は瞬間移動の呪文があるから通勤が楽になったなんて言ってるし、夜はぐらまぁなまゆみさんの体でお楽しみをしているみたいですから、結構今の生活が気に入ってるんじゃないかなあ。
 じゃ、またなにか面白いことがあったらお知らせしますね。




        TSシステムエンターテイメント株式会社
                 開発部アシスタント 小林 千春


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