痕SS 「恋の予感〜耕一・初音・楓視点」

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SCT1 10/8 PM6:00



 それは、俺がちょっとしたことで楓ちゃんと意識が入れ替わってしまった日の夕方のことだった。

「楓おねーちゃん、一緒にお風呂入ろうよ」
 突然背中に聞こえた明るい声に、俺は一瞬びくっとした。
「あ、は、初音ちゃん・・・いや、初音・・・」
 お、落ち着け、落ち着くんだ、俺。今、初音ちゃんは楓ちゃんに声を掛けているんだから、ここは楓ちゃんとして・・・・・・って、お、お風呂? いや、俺は楓ちゃんだけど本当は耕一で、だからそのなんと言うかさすがにそれはまずいというか千鶴さんに殺されるというか梓にも殺されるというか・・・
「? お姉ちゃん?」
 う。初音ちゃん・・・その純粋な瞳はやめてくれ・・・。・・・・・・でもここで断ると不審に思われるかも・・・。
 ・・・・・・・・・いや、そうだ、そうに違いない! ここは普段の楓ちゃんを装うためにも、爽やかに応じなければ!!
「そ・・・そうだね、初音。一緒に入ろうか・・・・・・」

 なぜそういう結論に達してしまったのかは思い出せないが、とにかくその時の俺はそうしなければいけないという使命感に燃えて返事をしてしまった。

「あ、こ・・楓・・・ちゃんに初音・・ちゃん、2人揃ってどうしたの?」
 その直後、突然背中に男の声。・・・って俺の声だよ。いや、そんなことはどうでもいい。俺の声という事は楓ちゃんだ! まずい!! えーと・・・
 俺が焦っていると、
「あ、耕一お兄ちゃん! あのね、楓お姉ちゃんと一緒にお風呂入ろうと思って」
 俺に代わって、初音ちゃんが言ってはならないことを口にした。
 うわっ、初音ちゃん! それを言っちゃまずいって!!
 しかし、当の楓ちゃんは俺以上に慌てたようだ。
「!!! だ、だめよ、初音・・・ちゃん。そ、そんなこと!!」
 楓ちゃんらしからぬ慌てようだが、振り返って表情を確認するのが怖い。
「? 耕一お兄ちゃん?」
 楓ちゃん(姿は俺だけど)からは、後ろを向いていても分かるくらいの緊張感が漂っている。
 えーと、えーと、えーと・・・
「初音、こっち!!」
 そして、やはり何故そんなことをしてしまったのか分からないが、俺は咄嗟に初音ちゃんを連れて脱衣所に逃げ込んでしまった。さすがに俺の姿で追ってくることは躊躇われたのか、それとも別の理由か、楓ちゃんは俺達を追ってはこない。いや、それどころか声も聞こえない。まさかとは思うけど・・・ショックで倒れたりしていないだろうな?
「楓お姉ちゃん? 耕一お兄ちゃんとけんかでもしたの?」
 事情を知らない初音ちゃんが気遣うように訊いてきた。その純粋な瞳が心苦しい。
「えーと・・・ち、違うの・・・その・・・」
「? まあいいか。それより、一緒に入るの、久しぶりだね、楓お姉ちゃん」
「(ゴクッ) そ、そうだね・・・いや、そうね・・・」
 ええい! もう、なるようになれ!!
 そうして俺は、おそらく禁断であろう世界に足を踏み入れてしまったのだった。



SCT2 10/8 PM6:10



 ゴシゴシ ゴシゴシ・・・
 ・・・そんなわけで、今、俺、耕一こと楓ちゃんは、初音ちゃんに背中を流してもらっている。たぶん、このまま行けば、もうすぐ、俺が初音ちゃんの背中を・・・
 初音ちゃんの背中、初音ちゃんの背中、初音ちゃんの背中、、、初音ちゃんの胸、初音ちゃんの胸、初音ちゃんの胸・・・
『きゃっ、ちょっと楓おねーちゃん、やん、くすぐったいよ〜 あん』
『あら? 初音ったら意外と感じやすいのね。うふふ、ここなんか、どう?』
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
「楓おねーちゃん、どう? 気持ちいい? ・・・・・・・・・・・お姉ちゃん?」
 ・・・はっ! い、いかん、俺今、何か変な想像してた・・・
「う、うん、気持ちいいよ、初音」
「そう? 良かったー。次はわたしの背中もお願いね、おねーちゃん」
「う、うん・・・」
 何とか返事は返しているものの、妄想から現実に引き戻されると、急に今のこの状態がとてつもなくやばい状態であるような気がしてきた。いや、絶対にやばい!
 まずい、まずすぎますよ、初音ちゃん! 楓ちゃんや千鶴さんや梓に殺される〜

 (耕一さん、私と一緒に、死んでください)
 (耕一さん、覚悟・・できていますよね? こんなことになってしまって、残念です)
 (耕一、てめぇー、殺す!!)

 俺の頭の中は、先ほどまでの妄想に取って代わり、初音ちゃんへの罪悪感と、楓ちゃん、千鶴さん、梓の、俺を殺そうとする光景が繰り返し流れている状態だった。
 ・・・ああ、俺の人生もここまでか・・・。つい、出来心だったんだけどなあ・・・



SCT3 10/9 PM8:00



 みなさんこんにちは。初音です。
 最近ちょっと気になることがあるんです。それは楓お姉ちゃんのことなんです。なんか昨日あたりからお姉ちゃん、ちょっと変。どこがどうってほどではないんだけど、何かいつもの楓お姉ちゃんと違うような・・・
 昨日一緒にお風呂に入った時なんて、いきなりわたしの胸を触ってきたり、その、お尻を触ってきたり・・・
 気になったので、千鶴お姉ちゃんに相談してみたんだけど、
「そういう年頃なのかも知れないわね。そのうちいつもの楓に戻るから大丈夫よ」
 などと楽観的なことを言っていました。
 でも、そうなのかなあ? そういうこともあるのかもしれないけど、でも、楓お姉ちゃんだよ? かおりさんならともかく・・・・・・
 はっ、楓お姉ちゃんに限ってそんなこと。いけない、いけない。

 ・・・でも、本当に気になります。梓お姉ちゃんに相談すると大げさなことになりそうだし・・・。
 そこでわたしは耕一お兄ちゃんに相談することにしました。

「耕一お兄ちゃん、ちょっといいかな?」
 そういえばお兄ちゃんも今日はお部屋に閉じ篭もりっきり。何かあったのかな?
「え? 初音・・・ちゃん? あ、うん、いいよ」
 入ってみると、いつもの耕一お兄ちゃんでした。ちょっと安心。
 早速わたしは楓お姉ちゃんのことを相談しました。
 すると・・・
「そ、そうなんだ・・・・・・。そ、それで??」
 ・・・さすが耕一お兄ちゃん。千鶴お姉ちゃんとは違って、まるで自分のことのように真剣に聞いてくれます。ちょっと目が真剣すぎるくらい。

「・・・そういうわけなの。だからお兄ちゃん、お兄ちゃんからそれとなく楓お姉ちゃんに聞いてみてくれないかな? お兄ちゃんになら話してくれるかもしれないから」
「・・・う、うん、わかったよ。お、俺から楓ちゃんに聞いておくよ」
 やっぱりお兄ちゃんは頼りになります。どうか、楓お姉ちゃんが普通に戻ってくれますように。



SCT4 10/9 PM8:30



 楓です。
 初音から耕一さん、ううん、今は私になっている耕一さんのことを相談されました。
 ・・・今の耕一さんに会うと、私、何を言ってしまうから分からないけど、でもやっぱり、このままというわけにもいきません。昨日のことがあってあれ以来会っていないけれど、まずは元に戻る方法を探すことの方が大事です。昨日のは・・・・・・事故、でいいんですよね? 耕一さん?
 とにかく、勇気を振り絞って会ってきます。

 耕一さんの・・・いえ、本来の私の部屋の前に行き、まずは深呼吸をします。
 コンコン。
「耕一さん、ちょっといいですか?」
 耕一さんの声で『耕一さん』と呼ぶと、なんだか変な気分です。
 すると、中から何か慌てたような音とともに
「え、うわ、か、楓ちゃん、あ、あの、その、ちょっと」
 私はその声を聞き、反射的に扉を開けてしまいました。
「・・・って、うわー、開けちゃダメーーー!!!!」
「耕一さん、何を・・・!!!!!!!!!!!!!」



SCT5 10/9 PM8:33



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・・・・」
 耕一さんがさっきから私の声で私に謝っています。私はそれを不思議なほど冷静な気持ちで聞いています。

 ・・・耕一さん、謝って許してもらえると思っているのですか?

 私の髪がふわりと揺れます。服の裾も風をはらんだかのように波打っています。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・って、うわっ、楓ちゃん、それはダメーーーーー!!!!!!」
 耕一さんが蒼白な顔になって叫びました。

 くすくす。耕一さん。そんなに怯えることないのに・・・

 私の爪が伸びていきます。体の筋肉が盛り上がっていきます。瞳の色も変わっているかも知れません。
 ・・・そう、今の私は耕一さん。この耕一さんの体に流れるエルクゥの血が、私を『鬼』に変身させていきます。
「か、楓ちゃん、お願いだ。そ、それだけは!! も、元に戻って!!!」
 耕一さんがますます怯えていきます。
 くす。大丈夫ですよ、耕一さん。私は、この力を、セーブできますから。・・・本来なら、ですけど。それに、私の体を痛めつけるわけにもいきませんし。
 そして私は耕一さんの前に立ちはだかりました。



SCT6 10/9 PM8:34



「ちょっと、お姉ちゃん、どうしたの!!?」
「は、初音ちゃん、た、たすけてーーー!!」
 楓お姉ちゃんの悲鳴を聞き、わたしは急いでお姉ちゃんのお部屋に駆けつけました。
 あれ? でも今のお姉ちゃんの声・・・『初音ちゃん』? ううん、今はそんなことを気にしている場合じゃない!
「お姉ちゃん!」
 わたしはお部屋に飛び込みました。
「お姉ちゃん! ・・・お、お兄ちゃん? ど、どうしたの??」
 あろうことか、鬼となった耕一お兄ちゃんがそこにいました。
「は、初音ちゃん! お願いだ、楓ちゃんを止めてー!!」
 ???????
「お姉ちゃん?」

「どうしたの、楓!」
「楓! さっきの悲鳴は何だ!」
 そこに、千鶴お姉ちゃんと梓お姉ちゃんも飛び込んできました。
 何が起こったのかは分からないけど、これからもっと大変なことになりそうな予感。どうなっちゃうのかな?



SCT7 10/9 PM9:03



 ・・・あれから、元に戻った耕一お兄ちゃん、ううん、楓お姉ちゃんと、楓お姉ちゃんだった耕一お兄ちゃんから事情を聞きました。
 2人が入れ替わっていたなんてびっくり。
 千鶴お姉ちゃんはさっきから泣いているし、梓お姉ちゃんは耕一お兄ちゃんをどこかに連れて行っちゃうし(耕一お兄ちゃん、可哀想。でも、自業自得だよね?)、楓お姉ちゃんもあれからお部屋に閉じ篭もったきりだし、やっぱり大変なことになっちゃった。
 もちろん、わたしも大変。
 だって、だって、その・・・昨日一緒にお風呂に入ったのが耕一お兄ちゃんだったなんて。
 もう恥ずかしくて死にそうです。しかも、その・・・・・・あう。恥ずかしすぎて思い出したくもないや。
 ・・・・・・耕一お兄ちゃん、ちゃんと責任取ってくれるのかな? まあ、梓お姉ちゃんに殺されていなければ、の話だけど。
 殺されちゃっても仕方ないかな、なんて思ったりもします。だってだって、ホントに恥ずかしかったんだもん。もうどういう顔でお兄ちゃんに会ったらいいか分からないや。

 ・・・・・・・・・・・・。
 嘘です。やっぱり耕一お兄ちゃんが大好き。わたしだけじゃなく、千鶴お姉ちゃんも梓お姉ちゃんも楓お姉ちゃんも、みんなみんな耕一お兄ちゃんのことが大好きなんだ。お兄ちゃん、幸せ者だね。
 でも、いつかは1人・・・できればわたしを選んで欲しいな。だからお兄ちゃんも、いつまでもわたしの大好きなお兄ちゃんでいてね。お兄ちゃん、わたし、待ってるよ。

 ・・・あ、そうそう、そういえば、結局楓お姉ちゃんがあそこまで怒った理由は分かりませんでした。
 何だったのかな?


The End





※本作品は、もともとinaxさんへ送っていた個人的なメールのタイトルを基本的には繋げただけのものです。手抜きですみません(^^;